農地法その後
農地法を無事成立させたカエサルは、同僚執政官ビブルスの脱落の機会を生かす。
農地法の成立移行、ローマは熱気に帯びていた。
農地法施行により、ポンペイオスの旧兵に退職金に相当する土地の分配が行われることで、ローマ近辺に仮住まいしていた多くの兵士たちが移動すること、一部で無法者化していた地方がポンペイオスの旧兵が土地を与えられることで安定するであろうこどなどが見込まれた。
そして、各地の酒場で訳知り顔で囁かれたのは、新時代派とも三頭派とも言われたカエサル、ポンペイオス、クラッススの三人の実力者が同盟を結んだこと。元老院も民会も彼らに牛耳られてしまったとのうわさが広まる。
実際に、農地法を完全な形で世に送り出したカエサルを賞賛する越えは強く、逆に農地法を国家施策として承認したことで、門閥派側は精神的にも実際にも大きなダメージを被り、カエサルと同格の執政官ビブルスはその後、元老院に参加しなくなった。
反カエサルの一人として送り出されていながらカエサルに好き放題されていた彼は、農地法の成立と新時代派という巨大な敵に気づけなかったことから自己喪失して自宅に引きこもったようだ。
政敵が大きなダメージを受けている間にもカエサルは政治を止めなかった。
カエサルが主執政官をする月が終わってもビブルスは戻ってこないため、カエサルはこの機会を生かして、実質上単独の執政官として活動をし続けた。
それに対して元老院からも反論の意見は出ず、民会はカエサルの政治手腕を褒めたたえていたため何も問題は起きなかった。
4月に入り、カエサルは国家公務員法にいくつかの付帯事項をつけたり、属州統治のための属州法も改定をする。国家ローマの手足となる属州統治の納税などの細部にわたっての改革に着手する。
さらに、エジプトから亡命してきたプトレマイオス12世の処遇についても対応を行う。ポンペイオスの東方制圧の際にもローマの友邦として放置されたエジプトだったが、ポンペイオスとの協議の結果、「ローマの同盟者」という名を受けて帰国することになった。
共にクラッスス、ポンペイオスからの希望もあり、カエサルとしては国家ローマの経済的な発展や近隣諸国との安全保障上からも必要と思われる手を打ったことになった。
実現したい施策を次々に着手できて満悦な気持ちになっていところ、ローマ市内の状況を見ていたプブルがカエサルのもとにあわててやってきた。
カエサルはプブルを迎え入れて話を聞く。
「カエサル、ローマ市内でもローマ郊外の街でも、結局はポンペイオスが裏で糸をひいているんだという話になっています。」
「もう少し詳しく話をしてもらえないか?」
「あなたの功績のすべて、元老院議事録も、公務員法も農地法も、ポンペイオスが暗躍した結果だと言っているやつらが多いんです。」
プブルはさぞ悔しそうに言った。
自分のために怒りを感じてくれている若者を見て、カエサルは嬉しさがこみあげながら言った。
「そうだろうな。ポンペイオスと私では知名度、国家への貢献度が違う。そう思いたくなる気持ちはわかる。」
「しかし、せっかく執政官になってあなたが名をあげているのに、すべてポンペイオスのおかげだ、と言う話になっているのは許せません。」
「気にしてもしかたないさ。プブル。人は信じたがっているものを信じる。女ったらしの借金王がすべてを画策したというよりも偉大なるポンペイオスが考えた、と言いたくなるのもわかる。ところで、その噂を門閥派も信じていそうかい?」
「そこまではわかりません。ただ多くの人がそう言っているので門閥派もそれを聞けばポンペイオスが黒幕だとおもうかもしれません。」
「そうか、彼らもポンペイオスが黒幕説に乗ってくれれば楽だったんだけどな。」
「カエサルは名声をあげることに無関心すぎます。」
「そんなことはないさ、ただ今は仕方ない部分もあるさ。待つしかないね。それよりも、プブル、いいところに来てくれた。どうもガリアが怪しい感じがする。ガリアの通商を担っているマルセイユに行ってきてくれないか。いくつかの部族に怪しい動きがあるようだ。」
「マルセイユですか。わかりました。しかし何が起こっているのですか?」
「反ローマ派の動きが加速しているようだ。情報部の者たちと合流して商品の仕入れ状況など含めてマルセイユの商売がどうなってきているか見てほしい。」
マルセイユは、ローマ街道の開通と海賊討伐作戦の結果、海が安全になったことで海上輸送の活発化することで、ヒスパニア、そして奥ガリアとの交易が一挙に拡大してガリアの入口として交易都市として近年発展を続けている街である。ガリアの各部族やヒスパニアの部族も多く出入りしており、情報収集にもうってつけだった。
プブルはマルセイユにいくことは良しとしながら、浮かない顔でカエサルを見る。
「カエサル。」言いづらそうにしながらも声を出した。
「なんだい?」とカエサルは質問した。
「私はあなたが来年属州総督として着任されるときは旗下の武将として参じたいのです。」
「わかっているさ。プブル。クラッススからもテルテュアからも頼まれているしね。」
これは失敗だった。父母の両方に心配されているからお前を取り立てるんだ、と言ったようなものだ。
憮然とするプブルに対して、カエサルはすぐにフォローを入れた。
「いや、もちろん、それ以上に君の才能を私は頼りにしているんだ。だから今はその前段階で情報をしっかり集めるタイミングだ。マルセイユに行き、ヒスパニア、ガリアの情報を集めてきてくれ。そしてマルセイユの商人たちが気にしている情報も。」
カエサルの素早いフォローに気を取り直したプブルは、「わかりました。それでは準備ができ次第、マルセイユに行ってきます。」と言った。
ローマの噂話ががまんできなかったために文句を言いに来たプブルだったが、カエサルに他の仕事を頼まれてその場を去っていった。
「ふう、私を支持してくれるものが増えるのはありがたいが、ポンペイオスとローマ人の話のネタの主導権争いをする気なんてまったくないんだよな。さてさて。」
と言いながら次の仕事にとりかかろうとしたところで、情報部の頭領インゴドより連絡が入った。
内政、外政においてやりたかった政策を次々に実現したカエサルは、来年の属州統治、そしてそれ以降の新時代派による国政支配のための検討をはじめていった。




