かけひき
農地法をめぐるかけひきが行われる。
門閥派は、カエサルの勇み足とみていた。
勢いあまったな。
カピトリヌスは顎をさすりながら笑いを噛みしめていた。
今まで慎重に事を進めているように見えたカエサルが、ここで大きなことをしようとして失敗した。
我々が勝つ。そしてカエサルとその支持者たちを従えよう。
カピトリヌスの面前では、門閥派の仲間たちが勢いをとりもどしたように意見を出し合っている。
カトーや現執政官であるビブルスたちが喜びながら次の算段を話あっている。その一方で門閥派でも大きな力を持つルクルスが顔を見せなくなってきていることも気になっていた。
その横に身体の大きなナシカが来て話しかける。
「さてさて、カエサルには手を焼きましたがこれで彼の首に縄をつけられそうですな。」
「若き執政官に縄をつけるなど、ナシカ殿も手厳しいな。」
カピトリヌスは自分にも言い聞かせるようにいう。
カエサルを敵と見てやることなすこと許せないとするカトーたちと違い、カピトリヌスはカエサルを評価している部分もあった。少なくとも彼はローマのためを考えているのは間違いない。ただし手段が元老院をないがしろにしているのだ。彼の手腕、知名度をうまくこちらに入れることができればローマをよりよくしつつ安定化できるのではないか、そう考えることもあった。
「彼は獣だと思いますよ。少なくとも元老院を大切に思う我々とはあわない。それよりも動きの見えないポンペイオスを巻き込むことを考えましょう。」
「彼こそ、元老院を無視し続けた現況だろうに。」
カピトリヌスにとっては、そして多くの門閥派にとって、ポンペイオスは特別すぎた。ナシカはポンペイオスはもともとスッラのもとで戦った仲間で、そこまで政治的な人間でもないから、ポンペイオスを再び元老院の守り手としてあつかうべきだと主張していたのだ。
結局そのあとはナシカとの話は適当にきりあげて、カピトリヌスは反カエサル、反農地法で一色になった門閥派の輪の中に入っていった。
門閥派は、他の元老院の者たちにも声をかけて、農地法への反対の仲間を増やしにかかった。
カエサルは、農地法を成立させ、運用をしっかりさせるため、最も良い点は元老院も含めて合意を得ることだと考えていた。
そのため、100年前にグラッスス兄弟が提示して、当事者たちが殺された内容から幾分か表現も項目も受け入れやすくしていた。
法案可決のための行程においては、グラッスス兄弟の時には提案者である兄弟が法案の審議のための議論の中に入り主導した。しかし、カエサルは自分は審議のための議論には入らないことを決める。元老院の選ばれた有識者たちで議論をすすめてもらうようにする。
さらに既得権益についても配慮を示し、半島の中でもカラブリア州など肥沃な台地がひろがり、すでに多くの農地があり、多くの元老院議員たちが既得権益を持つ地域を対象外にするなど、譲歩を示した。これには新しく元老院に入った護民官あがりの民衆よりのなかの強硬な者たちから反発が出るほどだった。
それだけ配慮を示したのは法案が成立しても実施されなければ意味がないからである。
実際、グラッスス兄弟の時は強硬な採決をすることで法は一度成立していたが、実行力を持たなかった。強硬な採決をした後で兄弟が殺されたためである。
成立させて効力を発揮させていき市民たちがその法にのっとって土地を分配されるまでが、法の成立であると、カエサルは冷静に見ていた。
しかし、これらの全体を見渡したカエサルの配慮は、本人の弱腰ととらえた元老院議員たちの間で議論は深まらず、農地法への反対姿勢だけが見えて、本質的な課題に向き合う姿勢は持たなかった。
意見を言う議員もいたが、多くが門閥派の影響を受けており、本質的な議論に発展することはなかった。有力議員の中では、ポンペイオス、クラッススともに姿を見せていたが彼らの従える議員たち含めて議論に積極的に参加する姿は見せなかった。門閥派を代表してカトーが意見を長々と話すことはあったがまとまりはなかった。誰もが危険な法案への積極的な関与をしたがらなかった。
規定の日が過ぎて、全く深まらない議論にカエサルは怒りを見せる。
「これほどまでに国家ローマの問題に対して眼を逸らすのか?」
そういって議会を一括する。
そしてまを置いてため息をつくように言った。
「残念だ。心底残念に思う。」
誰も何も言わなかった。
カエサルはゆっくりと議員の一人一人の顔をみて口を開いた。
「あなた方には国家の責務を議論する気がないことが明らかになった。この件に関して元老院にて積極的な議論が成されないので私はこれを民会にて議論することとする。」
それだけ言うとカエサルは議場を後にした。
その後、門閥派、穏健な良識派など、さまざまな会が催されて、近日中に開かれるであろうカエサルの民会にどう対処するかの議論が成された。
元老院での成立を目指していたカエサルの配慮は効果を示さなかった。
元老院に失望したカエサルは、無理に新時代派をここで動かすこともせず、民会にて最終的な話し合いがもたれることとなる。




