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革新期のユリウス・カエサル  作者: くにひろお
北伊三州総督ユリウス・カエサル
101/105

最初の疑念

カエサルが王になる

そんな不穏なうわさを耳にした二人に軍団長は何を考えるのだろうか。

カエサルがガリアの王になり、ローマを攻める。

その報告を得たトレボニウスはまだ道に積もった雪が溶けきる前にサビヌスに連絡を取った。


旧知の二人、トレボニウスの逗留地からサビヌスのところまで遠くない。雪解けの途中の道を抜けてトレボニウスは指揮下の部隊を連れてサビヌスと食糧調達と人員の引き渡しという名目を作って状況を把握するためにサビヌスの下にむかっていった。


サビヌスの陣地に無事ついたトレボニウスは、今までと変わった雰囲気がない同僚の軍団長の立派な体躯と笑顔を見て少し安堵した気持ちになった。

だが、カエサルの情報部がどこで網を張っているかわからない。味方でいることは頼もしいが、敵になるかも知れないと思うと情報部の見えない動きは危険だった。

周りへの警戒を怠らず、サビヌスに招かれて彼の幕舎に入っていく。

個室に入り、サビヌスは兵士たちに、幕舎の周りを確認し、怪しい者がいないかチェックをしろと部下たちに指示を下した。

それから、やっとトレボニウスと自分のために葡萄酒を出して、落ち着きを取り戻した。



トレボニウスは、サビヌスの鍛えられた岩のような身体に眼をやりながら、相変わらず実直な男を素直に心の底で賞賛しつつ、もう一人の男に眼を移す。

その男はサビヌスがカエサルの情報部を参考にして作った諜報要員と紹介された。

小柄で存在感が薄い小男は、卑屈になることもなく堂々としている。


「では、具体的に話を聞かせてもらおうか。」

そうトレボニウスがサビヌスと小男に促した。

小男はサビヌスに眼をやり、サビヌスが顎で話をするように促す。

「私の仕入れた話ではカエサル閣下はガリア制圧した後で、ガリアの軍勢をまとめてローマに攻めいるという話でした。」

「その話をどこで仕入れた。」

「怪しい話を最初に耳にしたのは、冬にラヴェンナで行われたカエサル閣下の身内による宴会でした。私はサビヌス閣下の従者の一人として参加しておりましたが、そこで他の従者たちと情報交換を行っていました。そこには新しいカエサル閣下の情報部の長官もいました。」

「ああ、ルクレイア、ギリシャの古代天文学と方位学をまとめて地図作成の境地を開いた、女ながらカエサル閣下に天才であると言われた傑物か。」とトレボニウスが思い出しながら口を開く。

「そうです。その後、ルクレイア、彼女とも挨拶を交わし、カエサル閣下の従者でもあるダイン殿たちとも話をしました。」

「ダイン殿か、カエサル様が若いころから信頼している従者だな。彼が言ったとなるとだいぶ核心に迫るな。」

「そうでしょう。そうでしょう。私もそう思います。ダイン殿が言うには、カエサル閣下が真にローマを変革するため。そうおっしゃってました。」小男がそういう。

「だが、すでにローマはカエサル閣下と偉大なるポンペイオス、金持ちクラッススのものであり、彼らに出来ないことなぞない。ダインの言葉とはいえ、少し夢の話のような気もするな。」とトレボニウスは疑問を投げかけた。

「カエサル閣下自身が更なる権力を持つことと、ガリア人たちを完全に自分の部下にするため、と言われてました。」

「なるほど。ガリアを併合して彼らの力を持ってローマを変革する、か。ダインは実直な男だ。主人の意に沿わぬことを言葉にするはずがない。」とサビヌスもカエサルの側仕えのことを思い出して言った。

「しかし、それはあまりカエサル様らしくないな。」

「というと?」

「カエサル様はいついかなるときも対話を重視されていた。意見を言うにしても自由である、と。それが反カエサル色の強い門閥派たちがいるからと力で抑えようとするのはカエサル様らしくない。」そうトレボニウスも反論する。

「私も最初は信じられませんでした。ですが、アントニウス、ブルータスを中心として若い軍団長たちを攻めに、ベテランをガリアの抑えに使うとの計画です。」

「いつだ?」

「はい?」

「その計画はいつから動き出す?」サビヌスが抑えきれないように聞いた。

「すでに動き始めています。両閣下もすぐにでも動くべきかと」興奮気味に言う小物にサビヌスが立ち上がってのしのしと歩みより、

「そんなことがあるものか!」

大きな声が響いた。

報告しに来た男は驚き腰を抜かす。

「我らに秘密にして閣下がそのような大きな決断を行うはずがない。」

そういって叫ぶようにして男を殴り付ける。サビヌスの鍛えぬかれた腕から繰り出される怒りに男は顔がつぶれるような痛みを覚えてぐちゃりと言う音と共に後ろに飛ばされた。


大きな手が、熱くなった身体を冷まそうと身体を拭いているのがわかる。

重い頭を持ち上げると、ぼんやりとトレボニウスが自分の身体を拭いてくれているのが見えた。

サビヌスは乾いた口を開く。

「すまん。」

「気にするな。あいつは我らの閣下を侮辱したのさ。」

「そうだな。」

まだ身体が熱い。

何か悔しいような悲しいような熱さが身体を駆け巡ったのだ。しかし今やサビヌスは身体が疲れて脱力感だけが残っていた。

「トレボニウスよ、お前はどう思う?」

「何を?」

「カエサル様の話さ。」

「嘘だね。何か大きな食い違いがあった。そうとしか思えない。」

「しかし、本当かもしれないぞ、過去にも予想をしないことをやってのけた人だ。」

「そうかもしれん、だが、我らに話をせずに動く人ではない。」

「そうだな。そうにちがいない。この話は我らの心の底にしまっておこう。情報をもってきた者は、功名心からか適当なことを言って来ているに違いない。」

元気なく笑ってサビヌスは自分の疑問を心の底にしまった。


殴りとばされた小男は、畜生、何で報告しただけでこんな目に合わなければならねえんだ、と怒りを感じつつ、その場を去って行った。

情報のほとんどは自分でしっかり集めてきたものだ。ダインも言っていた。

動き始めている、と言うところだけは少し話を盛りすぎたかもしれないが、ダインの話が本当であればブルータスやアントニウスは動き出しているはずだ。

この

もうローマ軍にいる気にもなれない。

そうだな、情報をくれた男のところに行こう。そいつはカエサルの情報部と関わりがあるに違いない。

そう思うと激情的な気性を持ち、部下の頑張りを踏みにじるサビヌスの下で働くよりもよっぽど良いように思えて小男はケガをした部分を抑えながら陣営を後にした。


カエサルへの忠誠をあらためて思った二人。

だが、疑念が残らないわけではなかった。

そんななかでカエサルは先に進もうとしていた。

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