蠢動。蠢く者たち
カエサルがガリア全土に影響力をおよぼすようになって多くの部族はそれに反抗できなくなってきていた。
ゲルマニアもブリタンニアもガリアに手を出せなくなってきていた。
ガリア北部も冬が空けると、少しずつ緑が増えてくる。
老人は新しい命が芽吹くのが大好きだった。茶色い外套を纏っていつものように川岸を見回り、異常がないかを見張る。
ここ数年は何も起こることなく、新緑が目を癒す。
少しずつ年をとり、身体のふしぶしが痛くなって年齢を感じるこの頃、生の息吹を感じるこの時期を老人は生命を感じる時期として好き好んでいた。
水面に反射する光を受け、鳥たちが人の気配で飛び立つ。
子虫が少しうるさいがこれも生命の勢いか。
いつもとコースを変えて川沿いを歩いた。
湾曲した部分を回って、いつも池のように水がたまっているところに行き、異変を感じる。
「底の方まで乾いておる。水が少し足りんか。いや、これは全く足りておらんな。此れは良くない兆候じゃな。」
はるか昔、ドルイドがまだ若いころに師が教えてくれた。いつも見えない岩が露わになるのは、今年は雨が降らないという印だ、と。
師から受け継いだ知恵を領主に伝えようと急いで村に戻っていった。
領主はドルイドの意見を受け入れなかった。
「水が少し少ない?干ばつの可能性がある?」
「おじい、それは何年前の話じゃ?そんな呆けた記憶で言われてものう。それに万が一起きるとしてわしらにできることなぞなあ。」
お前の貯めた財産で、今のうちに小麦を買い足しておくこともできるだろう。
太った領主を見てそう思ったが干ばつになるときまっているわけでもない。
予想だけで動けんだろう。天気は下り坂だ。午前中は晴れていたが、少しずつ曇ってきており、この後は雨が降りそうだ。
「雪解けの水も川に流れ込む。気にせずともすぐに水の量は回復するであろう。」
そう言って放置することが決定した。
領主はローマに留学してローマ式の統治や技術、知識を学んだと言うが、一年やそこらで何を学んだというのだろう?
老ドルイドはそう思ったがこれ以上言っても仕方ない。頭を下げて席を外した。
干ばつの兆候はある。
最近はローマ軍が各地に駐在しており、食糧はいつも以上にかかる。
ローマ軍さえいなければ・・・。
そう思ったがローマ軍はゲルマン人たちを追い出して、道路を一部整備してくれてもいる。部族間の闘争さえ抑え込んだ。何より総司令官のユリウス・カエサルはガリアの諸部族を抑えながら精霊信仰に対して文句を全く言ってきていない。
ガリアの信仰はガリア人たちが大切にすればよい。ガリアで尊敬されたものであれば私とて膝をつこう、そう言ったという。
そんなことを言うのであれば、ローマの将軍は話の分かる人かもしれない。干ばつは来てしまっては遅いのだ。共倒れになるよりは、相談をしてみるか。
そう思ったドルイドはローマの将軍に会うにはどうすればよいか、を考えることにした。
「春になってきたな。」
ガリアの近隣、ゲルマニアとブリタンニアは抑える目処がたった。今年こそ全ガリアがローマに傅く時が来るのではないか。
そんなことを思いながら歴戦の司令官は自分の禿げた頭を撫でて、すっかり年をとったことを寂しくも思った。
だが、自分たちはローマのために、偉業を成し遂げようとしている。それだけで胸を張れる。男として生きていくことに価値を感じていた。男の名前はクィンティウス・サビヌス。騎士階級から元老院議員にまでなったが、どこにも依るところがないサビヌスに手を差し出したのは、その実直な性格をカエサルが大切にしてくれて、軍団司令官まで成り上がることができた。だからサビヌスはカエサルを信頼しローマ人であることを誇って今まで生きてきていた。
最近、カエサルが若手を重用するのを見て少し苦々しく思っていたが、理解も示していた。
その一人はクラッススの息子。
彼は父親と違って物分かりもよく、かわいい男だった。
そしてもう一人はデキムス、ブルータス
彼は知的で、ローマの貴族を理解し、立場を弁えている男だった。
他にも貴族の若者がどんどんとローマから来て合流していた。
今年もそうだ。
冬越が終わる頃に指揮官候補として十人ほどの若者が来ていた。
毎年のように来る若者たちは下士官として百人隊長に付く。そして下士官とは名ばかりの彼らは洗礼を受けるのだ。鍛えぬかれた兵士たち全員から敬意と尊敬を持って扱われる現場の最高指揮官である百人隊長の実力を。
ローマで貴族の若者は軍団の指揮官になるため鍛えられる。そのためここまで来た若者たちが人並み以上であることは分かっていた。
皆ギラついているな、とも思った。
禿げ頭を撫でながら、鍛えられた自分の身体を見て、まだまだ若い者には負けぬ、そう思ったサビヌスは、身体をゆっくりと伸ばして、従者にマッサージを頼む。それから百人隊長たちを集めるように指示をした。
服を着て、身だしなみを整えてから、集合で揃った百人隊長たちを前にして言った。
「諸君、我々はカエサルの精鋭である。毎年何人かの貴族のお坊ちゃんを指揮官候補として迎え入れているが今年もそんな時期になった。これは我々にとって必要なことである。貴族のお坊っちゃまたちは基礎的な体力、知識を持ってきている。だが、それは平和なローマでの話だ。我々が彼らに本番を教えてやらねばならん。わかるな。遠慮は入らん。彼らが生き残り我らも生き残るため、本気で向き合え。」
百人隊長たちの顔つきが厳しくも不敵な笑顔を見せる。
こうして春になった。
毎年のことであるが、今年も厳しい訓練は始まった。
若者たちの多くは百人隊長たちと仲良くなり、互いに信頼できる戦力となって見せた。
思った通り、ローマ人のローマ人たる所以だ。
サビヌスはうまく部下たちに発破をかけた。そんなに伝え方がうまくはなかったが、その分、部下たちから信頼されていた。
トレボニウスは、中年になり髪の毛が白く細くなってきて今までほどに身体が動かないことを少しずつ感じていた。それを鍛練で何とかしようとするのはサビヌスのような男で、自分は知恵と必要な食事でバランスよくしたいと考えていた。もともと頭の出来もよく秀才と目されていたトレボニウスは裕福な騎士階級出身者として元老院議員にはなったものの、民衆派としてのレッテルを張られて苦慮していた。そこへ現れたのが異次元のように存在感を示していたカエサルだった。
女ったらしの借金王という恥ずかしいあだ名を持ちながら、痩身の男は自分の道を違えなかった。
元老院への登庁を時には早く出て、帯の付け方、飾りの付け方にまでこだわりを見せたかと思うと、多分女の家にいたのだろう。遅れて参加することもままあった。その時も服装には十分に気をつけているようだったが、女たちの好む香水をつけていることさえあった。
カエサルは一人戦っていることも多かった。
一人では立ち向かえない巨大な力を持つ門閥派を中心とした頭の固い連中にさえ、常にカエサルは背を向けることなく卑劣な手段を取ることもなく戦ってきた。その仲間になりたい、と申し出たとき、カエサルは心底喜び私を必要としてくれた。
それから、三人の体制が安定するため護民官として法を提案し、これで門閥派からは完全にトレボニウスは睨まれる。
それでも、自分はカエサルについていく。ローマの未来も自分の未来もカエサルと共にあると信じていたから。
妻とも死別して後は惜しむことはない。カエサルと共に歩むだけだ、そう思っていた。
そしてガリアでの日々も、カエサルは自然体を貫く。
尊敬している。
私も彼のようになりたい、と。だからこそさまざまな面で私の出来ることを手伝って来ていた。
そこで増えたカエサル派の仲間たちは心地よかった。
仏頂面で面白くもないラビエヌスも、口だけは兄と同じく冗長なキケロ弟も。頑固者のサビヌスも。そして弟分的なデキムス、ブルータスややんちゃな剣闘士のようなアントニウスたちも。
皆でカエサルを支え、カエサルも私たちを信頼してくれている。そう思った。
サビヌス、トレボニウスは共にカエサルに忠実であった。
軍団長という重役を担ってガリア全土を移動、転戦している間も、カエサルとの連絡を密にすることでうまくいっていたが、ある時、2人のもとに信じられない情報が届く。
カエサルはガリアの王になり、ローマに攻め入るつもりだ。
ガリアの中で、様々な思惑が蠢いていた。
それは大きなうねりとなってカエサルを脅かすのだろうか?




