元老院議事録
執政官になったカエサルはローマをよりよくするために
さっそく動き始める。
その第一歩を進め始めた。
「元老院での協議内容を早く正確にローマ市民に伝えるため、元老院議事録を今日から開始するよう通達を出します。」
執政官通達とは、執政官が事務連絡的に出すものである。
それをカエサルはわざわざ元老院の議員たちにも意思として伝えた。
挨拶の一部分のような感じで言われたその言葉は、元老院の人たちをざわつかせた。
頭の回転の早い議員からすぐに疑問が出されたが、カエサルは一つひとつ丁寧に回答した。
議員たちの反論があまり深まらなかったのは、ローマ市民のために、正確な情報を素早く伝えるという理由づけだった。
元老院での議論を元老院の議事として出すよりも正確ではやいものはない。
結局、カエサルの言う、早く正確にローマ市民に伝える、ということに対して議員たちはNoをいうことができずに、通達はすぐに実行に移された。
今までにない客観性を持った情報発信の誕生は元老院も市民も予期せずに唐突に起きた。
そして、市民たちは元老院議事録の作成に大喜びだった。
特に元老院が決定する法に影響を受ける可能性のある人たちは元老院議員たちに情報を集めるために動く必要がなくなり客観的な事実を知ることができて大喜びとなる。
反対に、元老院議員たちは自分たちが会議内で話されたことまでわかるようになり、困ることになる。自分の支持者たちから自分が期待通りに発言しているかなどが丸わかりになるのだ。
今まで、元老院での話し合いは、いわゆる偉い人たちの密室の会議で終わっていた。
メディアというものがなかったため、市民たちは偉い人たちの言葉を拾っていくしかない。
決まった内容や議論内容を議員が市民集会で話をすることを聞いて判断するしかなかった。しかも又聞きであるためにその情報が脚色されていたり、都合の良いように解釈されていることも多かった。
言葉を武器に戦うことを得意とする弁護士あがりの議員、キケロやホルテンシウスなどが都合の良い解釈を市民に伝えていたが、それができなくなったことも痛かった。
また、どんな議論がされたかがわかるようになると、市民が議員を判断する材料にもなる。口ではいいことを言いながら元老院で意見を言わない議員も多かったことから、議員を見張る意味でも有効だった。
誰も予期しないタイミングで始まった直後は誰もその効果を図れていなかった。
通達を出したカエサルはまだ20歳になるかならないのころ、スッラの追手からエフェソスに逃避行した際に、すでに会議の開示が必要ということで、アシア属州の属州総督ミヌチウスのもとで、会議を開示したことがあった。その効果を感じ、それをもとにローマ全体を巻き込んだ形で元老院議員の会議の開示をおこなったのだ。
もちろん、その効果を十分に推測することもできていた。
状況を悟ったキケロが即座にカエサルに元老院議事録の撤廃を求めて会おうとするが、カエサルは忙しさを理由にキケロを無視した。
キケロが焦ってなんとかカエサルに会おうとして努力をした。
議事録が始まってやっと一週間が経過したとき、キケロはカエサルを捕まえることに成功した。そして、なんとかカエサルに議事録の撤廃を申し出る。
カエサルは笑顔でキケロの意見を受ける。
「キケロ、君の懸念はわかった。だが、私と君だけで決めることではないと思う。市民のために開示した元老院議事録だ。市民の反応を見てみようじゃないか。」
そういって議事録の張り出されたところを見に行くと多くの市民が集まり、議事録を読んでいた。
「どうだろう。懸念点はあるにせよ、議事録の必要性はローマ市民が示していないかい?」
キケロはそれでも反論しようとしたが、カエサルとキケロがいることに気が付いた市民が、
「カエサル、元老院議事録は素晴らしい政策だ、今後もぜひ続けてほしい。」
「ああ、誰がどんな提案をしているか、までわかるなんてすばらしい。」
「もっと複製を作って大量に針だひてもらいたい。」
「そうだ。」
そういった元老院議事録に対して前向きな意見、賞賛の声をあびてキケロも笑顔で受けるしかなかった。
カエサルは元老院議事録が浸透し、市民に必要と思われるまで数日の時間はかかると思ってキケロを避けていた。
1週間ほど。
なんとか市民がその有用性を感じてくれるまでにかかる時間をそう読んでいた。
そして有用性を感じているだろうと想定してキケロと一緒に行った。
笑顔でキケロを見ながら、
「君と一緒に視察に来て、市民たちが必要と感じてくれていてよかった。」
そういってその場を去っていった。
キケロは何もいえず、ただ、ああその通りだな、と言ってカエサルの後を追っていった。
カピトリヌスの家の会議場にて
門閥派の議員たちが集まっていた。
「元老院議事録は、市民からの人気を大切にするカエサルのやりそうなことだ。」
「しかし、実際、議事録が始まったことで市民はカエサルの取組を評価しているし、次に何をするのかも期待しているぞ。」
「今、キケロが議事録の撤廃の相談にカエサルのところに行っている。その結果をまとう。」
「しかし、カエサルにも困ったものだ。議事録などを実施するなら前もって我々に相談すべきだろうに。」
「やつは人気とりのためだったらなんでもしますからね。油断なりませんよ。」
さまざまな意見が出る中で、最年長者であるカピトリヌスが言った。
「やはり、カエサルは我々を敵視している。皆も認識すべきだ。」
しかし、カピトリヌスの意見に対しての全体の反応はいまいちだった。
敵だとは思いつつ、女ったらしの借金王が門閥派である実質的な権力を持つ自分たちにたてついたところで大したことにはならない、という意見が優勢なのだ。
「キケロがうまくやってくれるでしょう。」
「議事録は妙案であり、我々も動きにくくなりますが、カエサル一世一代の妙案はこれでおしまいですよ。」
などカエサルの力は限定的であるとの意見が大勢を占め、会議を終わらせた。
門閥派が議事録についてあれこれ討議している間もカエサルは次のことを考えていた。
元老院議事録によって、議員たちの議論の内容や結果がわかりやすくなり市民たちから評価を得たカエサルだったが、門閥派からの反発は強くなった。
これから、どのような改革を進めていくのだろうか。