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昼寝病

作者: 泉田清

 昼過ぎ。

 ガツン!頭をこん棒で殴りつけられたような、強烈な眠気に襲われる。原因は悪夢のせいだ。


 まるでジャングルのように、生い茂る雑草や雑木の枝葉が道を狭める、街外れにそんな通りがある。「ジャングル通り」オレはそう呼んでいる。公用車の窓を開けると何となく甘い香りが漂う。きっとあそこからだ、通り沿いにある「古い住宅」から。

 眠くて仕方がない。もうダメだ、そう思ったら昼寝をする。「ジャングル通り」から少し逸れ「溜池」のある場所へ行く。公用車を停め、シートを倒し、目を閉じれば直ぐにも夢の中。あまりの熟睡に夢なんてみないのだが。


 三十分後。目覚ましが鳴る前に目が覚め、配達再開だ。請負契約の配達員なんてロクな仕事じゃない。毎日10時間とか11時間働いて残業代も無し。それでも周りの目とかを気にせず自分のペースでやれるのはいい。眠くなったら寝れる。その分終わるのが遅くなるが。

 次の配達先に向けハンドルを切る。オレが悪夢を見るようになったのは何年か前からだ。昨夜は「ゴミ捨て」に関する争い。「出る前に持って行ってよ!」、「これから仕事の人間に押し付けるのか」。こういう感じで、夫婦生活の、日常のちょっとした諍いを毎晩のように演じさせられる。現実のオレは独りだというのに。妻の、女のイヤな部分ばかりを押し付けられる。勘弁してくれないかな。おかげで安眠とは程遠いというわけだ。


 夜。「古い住宅」にスーツケースを配達に行った時の事。玄関前に紐が張り巡らされ、洗濯物が干してある。明かりのついた玄関先はガヤガヤと騒がしい。スーツケースの宛先は全てアルファベットで書いてある。

 引き戸をノックする。きつすぎる甘い香りと共に、浅黒い肌の女が出てきた。東南アジア系の人種だ。感謝のこもった「ドウモ、ドウモ」と共に伝票にサインする。公用車に戻ってスーツケースを運ぼうとしたら、女もついてきた。「ソコニオイテクダサイ、ドウモ、ドウモ」親愛を込めて女はいった。なかなか愛嬌のある可愛い顔をしている。「じゃお願いします」思わず笑顔になった、今日初めての。と、女はスーツケースを担いで運び始めた。感動した!「じゃ、物置にいれてもらって」ついさっき、小娘にペッドボトルの炭酸水を3箱ほど運ばされたばかりだ。

 彼女たち、東南アジア系の女達は山の上の牧場で働いている。牧場に配達に行った際彼女たち?を見かけた。ある夕方、彼女たちが買い物袋を手に「ジャングル通り」を歩いているのを見た。「古い住宅」から2キロメートルほどのところにショッピングセンターがある。歩いて行くの!?驚愕した。2キロは歩いて行けないこともない。が、マイカーが足の、今時の田舎者にはキツ過ぎる。母親の世代なら当たり前だったのかな。


 今、この国でかつて「女の美徳」と言われたものは「東南アジア系の女」が体現している。女の悪夢に苛まれるオレが、感動するのも無理はないというものだ。


 昨夜の悪夢は酷かった。新婚生活に行き詰った妻が「甲斐性なし!」と叫んでオレの股間を蹴り上げた。まったく、使い物にならなくなったらどうするつもりだ?蹲るオレ。今までの悪夢で性的満足を得られたことなぞ一度もない。悪夢にそんなことを期待してもしょうがないが。

 そういう訳で「溜池」にやってきた。もう先客が居て、つまり、同業の公用車が停まっている。帽子を被った配達員が中で寝ていた。コイツも病に侵されていたという訳だ。先客の隣に停め、オレも目を瞑った。


 昼寝で、初めて夢を見た。オレはスイレンの咲き乱れる池の畔で寛いでいた。そこへ、浅黒い肌の、半裸の天女たちがやってきた。もう飲めや歌えやの大騒ぎだ。皆で裸になり、草上での、何度目かもわからない悦楽に浸った。時折、悪夢に出てくる女が池の向こうから何やら叫び声をあげる。どうせ「低所得者!」とか「ロクデナシ!」、「怠け者!」辺りだろう。まあ、その通りだ。

 酸欠で頭痛を覚え、目が覚めた。股間の辺りが生温かく濡れている。夢精したのだ。史上最高の夢だった。空はキレイなオレンジ色。隣の同業者はとっくにいなくなっている。ハッとした。もう夕方だ!生臭い車内の窓を開けると、微かに甘い香りがした。今のオレにとって、後ろの荷物の山をどうにかする事よりも、帰ってパンツを代える方が大事だった。事実そうした。


 睡眠障害、という診断で配達員をクビになった。さてどうするかな。クビになってから悪夢は見てない。見なくなると寂しいものである。夜はグッスリ眠れている。現実であれ夢であれ、どんな女であれ、オレと女の接点は完全に失われてしまった。

 というわけですることもない。マイカーでブラブラと、「溜池」にやってきた。あの「史上最高の夢」が忘れられない。ところがだ「溜池」の周りには先客がいた。公用車が3台も停まっている。駐車スペースなんてどこにもない。窓を開けても、ジャングルのような草の臭いがするばかりだ。


 夢の中、池の向こうで女は何を叫んでいたのか。寝惚けたオレを起こそうとしていたのかな。とするなら、この国の女の美徳は未だ失われてはいないのかもしれない。今となっては悪夢も「史上最高の夢」も霧散した。

 空だけはあの日のオレンジ色である。もう、日が暮れていた。 

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