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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

同一世界線A

私の、最高の先輩~娼婦フォーリャのとある非日常~

作者: えばりぃ


 時々、考えることがある。本当に無意味なことだけど、それはどうしても私の頭から離れてくれない。

 もし──あの人みたいにこの仕事を楽しめたなら、少しは生きるのが楽だったのかなって。


 稼ぎがいいし、慣れれば難しくもない仕事だ。

 でもどうしても、気持ちが悪い。

 私の仕事は、身体を売ることだ。


 この町に娼館はひとつしかない。それが私の職場、フルールだ。競争相手が居ないから客が他に流れることは無く、設備が綺麗で給料も多い。お金が必要なら、ここが一番手っ取り早かった。


 借金を返しきるまでには、まだまだかかる。というか貯金も無いと困るから、この仕事は当分やめられない。この先もずっと、一人で生きていかなくちゃいけない訳だし。あいつはどうせ、帰ってこない。酒とギャンブルに溺れ最後には残りのお金全部持って夜逃げした親なんて、帰ってこられた方が困る。


「……フォーリャは、凄いわねぇ」


 どうしてこの仕事をしているのかと聞かれ身の上話をしたら、フィラーネ先輩はそう言った。先輩は、指名ナンバー1の人気娼婦だ。だからとても嫌みっぽく聞こえてしまう言葉だったけど、きっとこれは本心。そういう性格の良さも、私の劣等感を余計に増幅させる。


 でも、私は先輩が嫌いじゃなかった。ワンサイドアップの綺麗な巻き髪も、濃すぎないしっかりメイクも、全て完璧で、私ですら見惚れてしまう程綺麗だったから。それに、新人の頃は色々と教えてくれたし、落ち込んでいると毎回毎回気にかけてくれた。いつも、慰め方はどこか下手くそだったけど。


「先輩は、どうしてこの仕事を?」


 聞かれたから聞き返した、それだけだった。でも、少しだけ興味はあった。私みたいな境遇の人もいるから、中々こういうことが話題に出ることは無い。

 いつも笑顔の先輩も、本当は辛い何かを抱えているのかもしれないと思ったら、俄然気になった。

 でも、先輩は。


「私はねぇ、ただこの仕事が好きなだけなのよぅ」


 フィラーネ先輩は、好きでやっているだけという珍しいタイプだった。お金にも全く困っていないらしい。「どうしてもダメになったら、私を頼ってねぇ」と言われたけれど、流石にそれは出来ない。


「普段の姿だと誰も相手にしてくれないから娼婦になったのよぅ。フォーリャも薄々気づいていると思うけれど、私は人と話すのが上手くなくてねぇ。変装して人間関係を再構築して誘って……なんて面倒だしぃ、娼婦になればやりたいことだけ出来るじゃない?」

「えっ、と、誰も相手にしてくれないってどういうことですか?先輩レベルの美人が放っておかれるなんて……」

「なんでかしらねぇ……不思議よねぇ……」


 うーん、と可愛くうなりながら先輩は首を傾げる。

 指名トップのフィラーネ先輩が男性に不人気なんて、そんなことある訳がない。正直意味が分からなかった。でも、嘘をついている様子もない。


「多分、女の子らしい口調とか、可愛らしさとか、そういうのが足りないのよねぇ。守ってあげたくなる感じが無いからよねぇ」

「フィラーネ先輩は全部揃ってますけど……」

「素の私の話よぅ。フィラーネは演技だもの」

「素の先輩ってどんな感じなんですか?」


 言ってから、間違えた、と思った。

 みんな客の前なら必ず演技する。でも仕事仲間の前では普通、あまりしない。だってする必要がない。だから多分、フィラーネ先輩のこれは、何か意味があることで。


「……フォーリャ」


 優しく窘めるような声色だった。「すみません」と謝ると、頭をぽんぽんとされる。


「怒っている訳じゃないのよぅ。こちらこそごめんなさいねぇ。私は、ここではフィラーネなの」

「……どうして、とかは聞いちゃダメですか?」

「私はフルールの皆が大好きだからぁ、避けられちゃったら悲しいの、それだけなのよぅ」


 フィラーネ先輩はきっと、物凄く不器用な人なんだろうなと思った。私だって先輩のことが大好きだから、もしすっぴんが不細工でも、口が悪くても、避けたりなんてしないのに。そういうことじゃ、ないのかもしれないけれど。先輩は本当に分からない。


 先月、先輩はここを辞めた。理由もフィラーネ先輩らしいというか、よく分からなかった。

 客の中に、今までで一番相性のいい人が居たらしい。何がとは言わないけれど、先輩の方がハマってしまうほどだったそうだ。

 その人がフルールに来たのは一度きりだったけれど、たまたま外で遭遇。あの時の娼婦だと言って迫り何度か関係を持った結果、惚れられてしまったのだと。


「恋人が出来たから辞める、なんて素敵です」

「えへへ、そうかしらぁ」

「幸せになってくださいね」


 なれるかしらねぇ、と言って笑った先輩は、今までで一番と言っていい程に綺麗だった。


 笑顔で先輩を送りだしてから1ヶ月。きっと先輩はとびきり幸せになっていると思うけれど、私の生活は変わらない。というか、寧ろ悪くなった。

 先輩が居なくなって、仕事への嫌悪感が増した。

 ただでさえ楽しくない仕事が、さらに楽しくなくなった。前より同僚と話すようになったけれど、愚痴ばかりで気が滅入る。先輩は何でも明るく話す人だったから、こんな気持ちにはならなかったのに。


 先輩に会いたい。連絡先は知っているから、出来ない訳じゃない。でも、フィラーネは演技って先輩は言っていた。やっと本当の自分を愛してくれる人を見つけた先輩に、また演技をさせるのかと思うと、なんだかそれはいけないことのような気がした。


 漸く借金を返しきったのに、あまり気は晴れない。

 まだまだ貧乏な私は、ここから離れられない。



◆◆◆◆◆



 いい日なんて無いけれど、今日は特に悪い日だ。

 休日まで、こんな目に遭うなんて。


「フォーリャちゃん、だよね、えっ?俺、昨日の」

「っ、人違いです!離して、っ」

「いいやフォーリャちゃんだ!俺が見間違える訳ない!私服そういう感じなんだ?でもかわいい……」


 目の前には、見覚えのある不細工な顔。逃げようと踠いても、男の力には敵わない。路地裏の汚い建物の壁に強く押し付けられて背中を打った。好きだって言うんなら、もう少し扱い方を考えろよ。


 たまたま買い物に行った店の店員が、昨日の客だった。でもここで普通追ってくる?どんだけ常識無いのコイツ。腕を引っ張られ、抵抗虚しくここまで連れてこられ、もう詰みだ。

 仕事と同じように、受け入れてしまった方がマシ?


「どうしてそんなに嫌がるの?外だから?家近くだからウチ来る?」

「あぁもう、あなたが嫌いだからってどうして分からないワケ!?」

「フォーリャちゃんどうしちゃったの?昨日は俺のこと、好きだって何度も言ってくれたのに!」


 捕まれた手首に、男の爪が食い込む。このままだと酷くなりそうだ。もう、諦めよう。大丈夫、謝ってコイツの家行って、やることやって、帰る。仕事と大して変わらないんだから、大丈夫、きっと──。


「──離せ」


 よく通る、怒りの滲んだ低い声。決して大きな声では無かったのに、私も男も思わず動きを止める程の迫力だった。


「その子を、離せ」


 コツ、コツ、コツ、と足音を立てながら、少しずつその人は近づいてくる。男は私の腕を離し、脚を震えさせて尻餅をついた。

 見覚えがある。あれ、この人って、もしかして。

 目の前にやってきた彼女はするりと剣を抜き、勢いよく振り下ろし男の喉元を捉える。ひぃ、と男は情けない声を上げた。


「私の大切な存在に手を出すとは良い度胸だな」

「ぇ……っ、ぁ」

「おい」

「っひゃ、はい!」

「……二度とこの子に近づくな」

「ひぇ、ぁ、わ、分かりましたっっ!!」


 瞬き一回した後にはもう、そこにあの男の姿は無かった。代わりに、私を助けてくれた彼女がゆっくりと剣を収め、すぐ傍までやってくる。


「たまたま、路地に連れていかれる君を見かけて、つい追ってきてしまった。大丈夫だったか」

「は、はい」

「怪我は」

「無いです」

「それは良かった」


 ふっ、と彼女は優しく微笑する。細められた青い瞳が綺麗だった。鮮やかな碧眼、茶髪のストレートなハイポニー、そして端正な凛々しい顔立ち。ほぼノーメイクみたいだけど、本当に美人な人だ。間違いない──この人は。

 姿勢を軽く正し、彼女に深く頭を下げた。


「本当にありがとうございました!えっと、その、戦乙女様……ですか?」

「知っているのか」

「勿論です。この国で知らない人なんて居ません」


 現在最強とまで言われる元冒険者、戦乙女シュヴィア様。現役時代の冒険者ランクは最高のS。狂暴な魔物も屈強な大男も、その圧倒的な力でねじ伏せてしまうことで有名だ。今でも国王陛下の頼みなら、戦場に姿を現すことがある。


「君に知られているというのは、存外悪くない」

「……えっと」

「どうした、フォーリャ」

「戦乙女様は、どうして私をご存じで……?」

「……」

「あの……」

「……ガインがフルールの常連だったから、フォーリャのことも聞いたことがあった」

「あぁ、あの、冒険者ギルドの、ギルドマスターの……」


 いや、無理があるでしょ、と心の中で思った。目は泳いでいるし、知っているだけで大切な存在、とはならない筈。

 でも、本当にどうして?まさか戦乙女様は同性愛者で、フルールで私指名を考えてた……とか?いや、そんな訳。


「……では、私はこれで。困りごとがあれば、いつでも頼って欲しい。フォーリャなら大歓迎だ」

「あっえっと!改めて……戦乙女様、ありがとうございました!」


 すたすたと歩いて行ってしまう戦乙女様の背に向かって、もう一度感謝を伝えた。ぴたり、と歩みを止め振り返った戦乙女様は、嬉しそうな、悲しそうな顔で私を見る。

 どうして、そんな顔するんだろう。


「──フォーリャ、連絡が来ないと寂しいわぁ」

「ぇ」


 ──空耳が、聞こえたかと思った。でも今のは間違いなく、あの人の声で。でも、あれ、え?


「もしかして、本当は私のことが苦手だったのかしらぁ?それとも単に、連絡するという行為が面倒だっただけ?私は相手の気持ちを読み取るのが下手だから、分からなくて」

「いいい、戦乙女、様っ?」

「……その呼ばれ方は割と気に入っているのだけれど──出来れば、シュヴィアか先輩で頼む」


 今までの記憶が、走馬灯のように思い出される。

 女の子らしい口調、可愛げ、それに守ってあげたくなる感じ──確かにどれもイメージと違う。彼女は守られる程弱くない。誰も相手にしてくれないってそういうことだったのか。畏縮させてしまうから、ってこと?


「それって、その……」


 呟いた時にはもう、そこに先輩の姿は無くて。

 とんでもないことを知ってしまった、と思うと同時に、秘密を知れたことを堪らなく嬉しく思った。


 帰ったら、すぐフィラーネ先輩と連絡をとろう。

 最初の一言はこうだ。


「私も、寂しかったです──先輩」


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