もう一つの『真実』
それから数日後、
しっかりと休息を取ったクラークによる舌鋒鋭い記事により、王都に激震が走った。
長期取材による丁寧な裏取りが作り出す臨場感のある内容。
何よりも微に入り細を穿つ現場検証と『剣聖』による詳細な解説。
圧倒的な説得力を持つその記事に、マイクが何もしていなかったという『勇者』アルヴィンの主張は覆された。
更にはアルヴィンが何もしていなかったのではないかという疑惑も提起されたのだが、それすらも前振り。
アルヴィンにこれらの愚行を唆した、隣国工作員の存在まで明らかにされたのだ。
マイクが公爵邸に担ぎ込んだ工作員リーダーは、公爵家の専門家によりじっくりと『尋問』され、かなり抵抗したものの色々としゃべってしまった。
結果、アルヴィンにマイクを追放させたのは、真の使い手であるマイクを『聖剣』に触れることの出来ない立場に追いやるのが目的だったことが判明したのである。
アルヴィンとしては、魔族幹部を討ち果たしたことで聖剣はお役御免、後数十年は出番がないだろうと軽く考えての行動だったらしい。
確かに魔族幹部は滅多には現れない。だから聖剣が使われないと考えるのもわからなくはない。
ただし、聖剣が振るわれる相手が魔族だけであれば。
「我が国に攻め入りたいお隣さんが、当方最大の戦力である聖剣を使い物にならなくしようとしていた、だなんてまあ、それ自体は考えつかないのも責められないんですがね。
流石に、聖剣を使えなくしてしまうってのがどういう意味かは考えて欲しかったですなぁ」
などと、記事を書きながらクラークはぼやいたものだ。
元々マイク自身も、彼が聖剣を振るいながら名誉をアルヴィンに持って行かれてしまうことに同意はしていた。
その分の給金も出されていたし、何よりも。
「『勇者』のパーティとして、エステル嬢と行動を共にすることが出来る。
身分の違うマイクさんとしては、それが一緒に居る唯一の方法だったわけですからね……」
あくまでも子爵家の護衛でしかなかったマイクは、王国有数の白魔術士であるエステルが『勇者』パーティに選ばれてしまえば、本来ならついていくことが出来なかった。
そこにこんな話が持ちかけられたのならば、飛びついてしまったのはわからなくもない。
そして、アルヴィンが持ちかけたのも、わからなくはない。
「まさか、聖剣にあんな秘密があったとはねぇ」
記事による告発を受けて、まず慌てたのはそれらを把握仕切れていなかった王家だった。
下がった求心力を少しでも取り戻そうと利用した魔族幹部討伐の成功という吉報に、まさかの大スキャンダルである。
即座に伯爵と息子であるアルヴィンを呼び出し問い詰めるものの、最初はのらりくらりと言い逃れをしていた。
だが、その場に居た公爵から「ならば実際に剣を左手で振って見せてくれ」と言われて大弱り。
しかし拒否も出来ず、近衛騎士の訓練場で聖剣を振って見せることになったのだが……振ることが出来なかった。
というか、そもそも抜くことが出来なかった。
「おかしい、これは何か細工をされている!」
などとアルヴィンが騒ぎ立てたのだが、その場に呼ばれていたマイクが手にすれば、あっさりと抜けた。
その左手によって。
実はこの聖剣、『左手でしか扱えない』という制約があったのだ。
それだけであれば『使える人間が少ない』というだけで済んだはずなのだが、そこからがややこしい。
まず、最初に聖剣の秘密を知る人間の子孫が、色々な理由をつけて「左利きは右利きに矯正すべきだ」という風潮を作り出した。聖剣を自分達だけで独占するために。
そしてそのことをカモフラージュするために、聖剣の使い手達は双剣使いの振りをしていた。
だが途中でその家が断絶、秘密がきちんと伝えられることのないまま『双剣使いが使っていた』ことだけが一部の人間に伝わってしまう。
名門であるアルヴィンの伯爵家もその情報を握っており、だから双剣使いであるマイクを引き込んだのだ。
それ自体は正解で、結果としてトロルドラゴンを少人数で撃破、という偉業を成し遂げもしたのだが……そこからがいけなかった。
欲が、出てしまったのだ。
エステルを自分のものにしたい。そのためにはマイクが邪魔。
その彼を役立たずのレッテルを貼って追い出せば、今後自分を脅かすこともない。
エステルと名誉、両方に手を伸ばすよう隣国の工作員から唆された、というわけだ。
それらが暴かれた結果、アルヴィンがやらかしたことは国家を揺るがす外患誘致にまでなってしまった上に広く報道されてしまったのだから最早誤魔化しは効かない。
アルヴィン自身は見せしめのために公開処刑、その家族も連座で毒杯を賜ることになった結果伯爵家はお取り潰し。
祝勝会で偽証し加担する形になった子爵令嬢エステルは貴族籍剥奪の上王都からの追放。
ある程度事情を知りながら婚約を承諾した子爵は男爵へ降爵となったのだった。
「何とも、後味の悪い結末になっちまいましたなぁ」
「流石にこればっかりは、どうしようもないかと……」
呟くように言えば、隣で聞いていたリズが溜息交じりに言う。
結局、関わった人間は皆不幸になってしまったのだから、言いたくもなるだろう。
「往々にして世の中そんなものですよ。
っと、いけねぇ、こんな時間だ。ちょっくら出てきますんで」
「え、あ、はい、行ってらっしゃいませ?」
窓の外を見て日の傾き具合を見たクラークが少々慌てて立ち上がり、上着を掴んでいくのをリズは見送る。
クラークの相棒を自称する彼女だが、常につきまとっているわけではない。
彼女の距離感覚は鋭く、そして、ここは彼一人を行かせた方が良い、となんとなく思ったから見送った。
「夜の打ち上げまでには帰って来るのかしら」
そんなことをぼやきながら。
リズに見送られたクラークは、やや足早に歩き……やがて、王都の西門に辿り着いた。
そこから伸びる街道は、どちらかと言えば寂れた地方へと向かうもの。
夕暮れ時ともなれば行き交う人もろくにおらず、門番すら詰め所に引っ込んでいるくらいなのだが……そんな場所に、珍しく若い女性が立っていた。
クラークが近づけば、その気配に気付いたか振り向いて、ぺこりと頭を下げる。
それは、王都追放となった元子爵令嬢、エステルだった。
「こうしてきちんとお会いするのは初めてですね。改めまして、新聞記者のクラークと申します。
旅立ちの直前にお時間を作っていただいて申し訳ございません。最後にどうしても聞いておきたいことがありまして」
「いえ、急ぐ旅でもありませんから。……それで、今更一体、何をお聞きになりたいと?」
そうクラークに返すエステルの表情は……意外なことに、絶望も失意も感じられなかった。
あるのは、どこか吹っ切れたような、諦めたような、そんな空気。
その顔を見て、クラークは確信した。
「今回の一件、アルヴィン氏を誘導して追放騒動を起こさせたのは、あなたですね?」
咎めるでもなく、詰るでもなく。淡々と確認のように告げたクラークへとエステルが返したのは、淑女の微笑みのみ。
つまりはノーコメントであり、それが社交界で意味するところは。
「あの祝勝会の時から違和感はあったんですよ。特にあの、アルヴィン氏の持ち上げ方。
アルヴィン氏の道化っぷりに隠れていたが、あなたのあれも、中々におかしなものでした。
だが、こうして答えが出たら納得もしましたよ。今回の事件、あなただけが利益を得ている」
クラークが言い募れば、それを聞いていたエステルの口から小さな笑い声がくすりと漏れる。
それは、淑女の仮面にヒビが入った音のようにもクラークには聞こえた。
「おかしなことをおっしゃいますね。私は貴族籍を失い、王都追放となりました。
今までの全てを失ったというのに、私が一体何を得たというのです?」
不思議そうに小首を傾げるエステル。
だが、その瞳が僅かに揺れていることをクラークは見逃していなかった。
「アルヴィン氏と結婚せずに済む未来を」
クラークが答えれば、エステルの眉が小さく動く。
言われた内容からすれば怪訝な顔にでもなりそうなものだが、彼女が浮かべているのは取り繕ったような淑女の微笑み。
……あるいは、それしか作れなくなっているのかも知れない。
「ま、アルヴィン氏との婚姻が死んでもご免ってのはわかります。ありゃぁ俺の目から見ても不良物件、男の中でも下から数えた方が早い人間だ。
だが残念なことに彼は伯爵家、家の力だけはある。恐らく、前々から迫られていたのでは?」
「……夜会などで度々お声がけいただいていたのは事実ですね」
少し調べればわかることだからだろうか、エステルは沈黙を破って答えた。
それに小さく頷いて相づちを打てば、クラークは言葉を続ける。
「そのアルヴィン氏が、魔族討伐の『勇者』として出征することになり、あなたが呼ばれ、何故かそこにマイク氏もいた。
この討伐が成功すればアルヴィン氏の名声は不動のものとなり、あなたは逃げられなくなる。
だが失敗すれば、前で身体を張っているマイク氏がまず最初に死ぬのは間違いない。
どちらの結果でもあなたにとっては不幸を招く最悪の状況だったところに、連中が接触してきた。
そこであなたは見出したんだ、このどうしようもない状況を何とかする僅かな可能性を」
静かに語るクラークに対して、エステルは何も言わない。
肯定も、否定も。
表情だって、動いていない。
だが、その瞳は、語っている。揺れている。
「子爵家のあなたから、伯爵家に対して婚約解消を願い出ることなど出来やしない。
であれば、伯爵家が没落するように仕向ければ良い。
例えそれが、国の存亡に関わりかねない陰謀に加担することになるのだとしても。
だからあなたは、連中に協力する振りをしてアルヴィン氏を誘導した。
そして、連中にもばれないようにアルヴィン氏を持ち上げる形であの場にいた記者達に呼びかけた。
あのトロルドラゴンを調べてくれ、と。違いますか?」
それは、問いではない。様々な証拠、状況から、ほぼ間違いのないことを確認するだけの言葉。
返ってきたのは、どこか吹っ切れたように響くクスクスとした笑い声だった。