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明かされた真相

「いやはや、こいつは大したもんだ」


 長期取材から帰ってきたクラークが最初にしたのは、リズの記事とその影響を褒めることだった。

 何しろ当初は、クラークが取材に行って帰っての約一ヶ月の間、アルヴィンが強引に婚姻へと進めてしてしまうことを止めることが出来たら、くらいを期待していた。

 それが蓋を開けてみれば、婚姻を止めるどころか婚約のやり直しを迫り、正式な婚約式を二ヶ月ずらさせてしまったのだから恐ろしい。

 これでクラークは、取材から帰ってきて早々に慌てて記事を仕上げる、などという必要もなくなったわけだ。


「うふふ、お褒めに預かり光栄です」

「ほんと助かりましたよ、これで徹夜もせずにじっくり記事を仕上げられる。

 もちろんのんびりともしてられないが、シャワーの一つも浴びる時間が出来たってもんです」


 コロコロとスズを転がすような声で笑うリズに、クラークは素直に感謝する。

 撮影してきた『絵』を元に記事を書くだけでなく、新たに判明した事実も盛り込むとなれば、二日三日泊まり込みで書かねばならぬと覚悟していたところ。

 しかし婚約式まで約一ヶ月というこの状況であれば、一週間かけてじっくり仕上げてもおつりが来る。

 『勇者』様を仕留めようというのだ、どれだけ丁寧にやってもやりすぎということはないのだから、これはとてもありがたい。


 そしてもちろん、リズもそのことはわかっていた。


「冗談でなく、ほんとにちゃんと汗を流して、今日はゆっくり休んでくださいな。

 明日からバリバリ働いていただかないといけないんですし?」

「いや~、しかしですな、今日の内にやっておきたいこともいくつか……」

「大体わたくしでも出来ることか、明日でもいいことじゃないですか。

 作業の仕分けだけはしてもらった方がいいですけど、それが終わったらさっさと帰ること!」


 びしっと指を突きつけながらのリズの迫力に、たじたじとなるクラーク。

 反論しようにも、リズの言うことが正論過ぎて突破口が見えない。

 勢いで押し切ろうにも、それを許さないだけの迫力を感じてしまう。

 となれば。


「へいへい、わかりましたよ……んじゃ、これはこれで、っと」


 白旗を揚げるしかなくなったクラークはしぶしぶといった顔で折れ、作業の仕分けを始める。

 実際、こうして整理していけば、今日やらなければいけないことなどほとんどないこともわかる。


「では、これとこれとこれは、わたくしが今日しておきますね」

「すんませんがお願いします。あ~……何だか落ち着かないもんですな、人に任せるのは」


 ぽそりと呟きながら、クラークは頭を掻く。

 何しろ無茶な取材もすることのある彼だ、ついてこれる人間も少ないため基本的には全て自分一人で処理し、記事にしてきた。

 なのにリズは、こうして臆することなく手伝ってくれる。もちろん、彼女の実家が実家だから恐れるものはそうそうない、というのもあるだろうが。

 それでも、こうして経験してみれば何ともありがたいものだった。

 

「ふふ、これから段々慣れていっていただかないと。わたくし達、相棒、みたいなものでしょう?」


 と、ありがたみを感じているのを見抜いてか、リズが笑いながら確認のように言ってくる。

 問いかけではないし、実際リズの指導役として組まされてもいるわけだが……相棒とは、言えない。

 まだ、と付け加えそうになる自分に驚いて、クラークは苦笑を零してしまう。


「いやぁ、それは流石に恐れ多すぎるってもんですが。ま、今日の所はありがたくお言葉に甘えますよ」


 おどけたように肩を竦め、大人しく引き下がる。

 これ以上ここに居ては、絆されるばかり。危機感にも似たものを感じながら、クラークは久しぶりの我が家へと足を向けたのだった。





 それを見送ったリズは、新聞社での作業を終えると公爵邸へと向かう。

 父である公爵とこの事件の情報共有を図るのが一つ。

 そして、もう一つ。


「ご無沙汰しております、先生」

「お久しぶりですなぁ、お嬢様。お元気そうで何よりですじゃ」


 執務室で公爵と一緒に待っていた、好々爺然とした老人へとリズが頭を下げれば、老人もまた頭を下げて返す。

 元公爵令嬢であるリズに対して随分と砕けた様子だが、公爵もリズも全く気にしていない。

 それもそのはず、彼は公爵やリズに護身用の剣を教えてきた、言わば師匠なのだから。

 この老人に会うのがもう一つ。


「それで、この老骨に一体どういったご用でしょうか?」

「ええ、実はこちらの『絵』を見て頂きたいのですが……」


 と、クラークが撮影してきた『絵』を見せながら、おおよその事情とクラークが立てた仮説を説明すれば、なるほど、と納得顔で頷き、『絵』をじっくりと観察しだした。

 一枚、二枚と進むにつれその顔には真剣味がまし、検分する時間も長くなっていく。

 少しも見落とすまいとするかのような老人に、公爵もリズも黙って見守るばかり。

 どれくらい時間が経っただろうか、ついに最後まで見終えた老人は、大きく頷いた。


「ええ、そのクラークさんとやらの見立ては間違っていないでしょう」

「では先生、これらの傷は……」

「はい、これらの傷の中でも特に深い、聖剣によるものと思われる傷痕を付けた際、その剣は左手で振るわれております」


 老人がそう言えば、リズはほっとした顔になる。

 何故ならば。


「ありがとうございます。かつて『剣聖』と呼ばれた先生からお墨付きをいただけたのならば百人力です」


 そう、この老人はかつて『剣聖』と呼ばれた王国一の剣士であった。

 四十を越えた頃に現役を引退、公爵家の剣術指南役として雇われたという経緯がある。

 だから公爵やリズが頭の上がらない数少ない存在となっているだけでなく、今でも剣術に関する彼の発言はかなりの影響力を持っている。

 その彼が認めたのだから、それに異を唱えられる人間はいないと言っても差し支えがないだろう。


「となると、どう見ても右利きである『勇者』アルヴィが付けたものではない。

 そして、『勇者』の一行には一人だけ、左手で剣を振るうことが出来る人間がいる」

「双剣使いのマイクさん、ですね。これでもう、アルヴィン氏の主張である『何の役にも立たなかった』が覆されます。

 それどころか、トロルドラゴンに致命的な傷を与えたのはマイクさんですらあるわけで」

「左様。それどころか……この傷を見るに、右手による傷痕も双剣使いが付けたものに思えてなりませぬ。

 であれば、むしろ『勇者』アルヴィンこそが何もしていなかったに等しいのではないかと」


 得られた情報を纏めていたところで投入された爆弾発言に、公爵もリズもギョッとした顔になって老人を見る。

 この二人がこれだけ感情を露わにすることなど珍しいのだが、老人は気にした様子もなく「ほっほっほ」と軽い調子で笑って見せた。


「例えば近い位置にあるこの二つの傷。こちらが左手で振るったもの、こちらは右手のもの。

 ほとんど同じタイミングで刻まれたようなのですが、もし二人の人間が付けたのであればどうなりましょう」

「……それだと、互いの身体がぶつかってしまいそうですね……?」

「その通りでございます。そして、トロルドラゴンを打ち倒すような手練れが、そのような初歩的なミスを犯すとは思えませぬ。

 であれば、この傷は一人の人間が二振りの剣を振るったと見るのが自然なことかと」


 ほっほっほと気の良い笑い声を上げる老人を、リズと公爵は言葉も無く見やることしか出来ない。

 言われてみれば、ドラゴンの身体に刻まれた傷痕は、同じ体格の人間によって刻まれたように見えるもの。

 マイクとアルヴィンは頭半分ほどの身長差があったことを考えれば、自ずと答えは見えてくる。


「功績を奪い取ったであろうことはわかっていたが、一太刀も浴びせていなかったとは、な。

 なのに祝勝会でのあの振る舞いとは、彼は『勇者』よりも役者が向いているんじゃないかね?」

「役者の方に失礼ですわ。誰かが描いた筋書き通りにだけでなく、自分でも演技を考えるそうですから」

「なるほど、それもそうだ、失礼だな。……彼は本当に何も考えていなかったのだなぁ」


 面白く無さそうに、公爵は一つ息を吐く。

 『勇者』の名誉を掠め取るだけであれば、看過しても構わないと思っていた。

 だが、『双剣の英雄』を追放したことはいただけない。それが意味するところを考えれば、ありえない手だとわかっただろうに。


 などと公爵が考えていると、撮影された『絵』を見直していた老人がぽつりと零す。


「それにしても……これを撮影してきたクラークとかいう者は、剣の心得が相当あるように見えるのですが……本当に記者なのですか?」

「え? は、はい、本人曰く、『ペンより重い物を持ったことがない』そうですから、剣を握っていたとは思いにくいのですけれど」


 リズは思わず、クラークの外見を思い出す。

 痩せぎすの身体、不健康な顔色と、どう考えても剣を握って修行していた人間には思えない。

 強いて言えば、取材の時の健脚ぶりは並外れているが……それだけと言えばそれだけである。

 しかし、リズの返答に老人は納得しきれていないようだ。


「ふーむ、それにしては、いずれの『絵』も良く撮れすぎておりましてなぁ」

「良く撮れすぎている、と言いますと?」

「撮っている角度、距離が絶妙で、まるで現地で見ているかのように剣筋が見やすいのです。

 これは、剣筋を見る際にどう見ればいいかがわかっている人間、すなわち剣の心得がある人間が撮影したもの、と思ったのですが」


 言われて、『絵』を見返してみれば……わかるような、わからないような。

 リズは護身術の一環としてそれなりに剣術を修めてはいるが、剣を見る側に立ったことはない。

 だから、はっきりとはわからないのだが。


「先生がそうおっしゃるなら、そうなのでしょう。クラークくんのあの度胸も、そうであれば説明がつくし。

 だがそもそも、彼が剣士だったかどうかは、今となっては大した問題でもないしね」

「そう、ですわね。クラークさんは、クラークさんですもの。

 今振るってもらうのは、剣ではなくペンという大鉈なのですから」


 公爵がそう結論づければ、リズもまた頷いて見せる。

 彼が手にするのは剣ではなくペン。そして、それを振るう相手は、『真実』を隠蔽しようとする連中。

 今回もまた、豪快に斬って捨ててくれることだろう。

 そんな期待とともに、リズは持ち帰るために資料を纏めなおした。

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