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『真実』は時に細部に宿る

「しっかし、よく来てくれましたね。おかげで助かりましたが」


 地べたに尻餅をついたまま、なんなら身体を支えるために両手をついたままという力の抜けきった格好で、クラークが尋ねる。

 いや、実際既に魔力も体力もすっからかんに抜けきっているのだが。


「……あの『英雄』様に一泡吹かせられるかも知れないと言われたら、気にもなる」


 そう言いながら、マイクは意識を失っているリーダーの手足を縛り、口に猿ぐつわを噛ませる。

 取材に出る直前、クラークはマイクの元を訪れて取材に同行しないかと誘っていた。

 その場で即答はしなかったマイクだったが、やはり気になって後から追いかけてきたのだと言う。

 おかげで、間一髪クラークの危機に間に合ったわけだ。 


 この後すべきは尋問、その前に自殺されないよう口の自由を奪うのは常套手段。

 ではあるのだが、それを当たり前のようにしているあたり、やはりマイクはただの剣士ではないのだろう。


「へぇ。その縛り方、縄抜けがしにくいってんで知り合いの騎士がよく使ってるやつですな」

「ああ、雇われ剣士はこういうことも出来ないといけない場面は普通にあるからな」


 マイク曰く、護衛などをしていると刺客を捉えることも、ままあるそうだ。

 当然、そんな相手に普通の縛り方では逃げられてしまうとあって、かつて先輩に厳しく教え込まれたらしい。

 

「剣を振ってるだけで飯が食えると思うな、と厳しく仕込まれたもんだ……ああ、不意打ちを仕掛けることもあるからと、屋外で身を隠す技術とかも教えられたな」

「ああ、それで……なるほど、色々と納得ですよ」


 酒場でマスターが言っていたのは、そういう鍛えられ方の結果身についたものなのだろう。

 つまり彼は、実戦の場で磨かれ続けてきたのだ。

 だからこその剣の冴え、というところもきっとあるに違いない。


「ちなみに、尋問は得意です?」

「いや、あまり」

「でしょうな。いや、性格的にそうじゃないかとね。

 それ以上に……こいつをしゃべらせるのは多分中々難しいですよ」


 そう言いながら、クラークはアゴで未だ気を失っているリーダーを示した。

 言われてリーダーを見下ろしたマイクは首を傾げ、不思議そうな顔になる。


「そんなにか? 大したことのない奴だと思うが」

「いや、あなたから見たらそうでしょうけども」


 何しろあの人数を一人で斬り倒す程の腕を持つマイクだ、男達とは天と地ほどに離れた実力の持ち主なのだろう。

 そんな彼から見れば、彼らの腕前など大したことが無いのも当然のこと。


「だがね、中々しゃべっちゃくれないと思いますよ。なんせこいつら、多分お隣の工作員だ」

「何だと? なんでそんなことがわかる?」

「それはですね……よっこいしょっと」


 ようやく少しばかり回復したのか、かけ声と共にクラークが身体を起こし、立ち上がる。

 それから腰に手を当てて背筋を伸ばし、はぁ、と大きく息を吐き出した。


「あたた、年は取りたくねぇなぁ……っと、失礼。ええとですね……お、あったあった」


 ぶつくさ言いながらクラークは斬り伏せられた男の一人の懐を探り、短剣の鞘を取り出した。

 時折向きを変えたりしながらそれをじっくりと観察したクラークは、うん、と一人頷く。


「やっぱりだ。こういう連中は服だなんだは現地で調達することが多いんで、一見よそ者とはわからない。

 武器だって、目立つもんはそうしてることが多いんですが……いざって時のためにあるこういう短剣だとかは、手に馴染んだ自国のものを持ち込んでることが少なくないんですよ。

 そんでもって、こういう革はなめし方が国によって微妙に違いましてね」


 クラークがそう説明すれば、マイクは驚いた顔を見せた。

 屋外での活動には慣れているようだが、こういった情報の読み取りにはクラークの方に一日の長があるようだ。


「なるほど、そういうことか。で、それはあんたの見立てでは隣国のもの、と」

「ええ、まあ十中八九。といっても、そう見せるための偽装で持っていたに違いないだとか言い訳されたら、それ以上あちらさんを追求するのも難しいんですが。

 ま、そこら辺の政治の話は、俺には関係のないこってす」


 その短剣を証拠品として懐にしまい込んだクラークは、そう言ってあっけらかんと笑う。

 それは、マイクからしてみれば意外なことのように思えた。


「なんでだ、ほっとくわけにはいかないんじゃないのか?」

「お国としては、ね。ですが、どう落とし前をつけるかは……例えば公爵閣下にこいつを手土産として渡せば、それはもう上手いこと国に有利な条件やらを飲ませるに違いありません。俺の出る幕じゃないんですよ。

 俺がやるべきは、あの『英雄』様の茶番に隣国が一枚噛んでたってことを知らしめること。

 相手が何を言おうと揺るがないくらいに証拠揃えて『真実』を明らかにすることなんでね」


 楽しげにクラークが言うのを、マイクは呆気に取られた顔で聞いていた。

 数秒ほど、無言でクラークを見て。それから、口を開く。


「あんた、馬鹿なのか?」

「こいつはご挨拶だ。だがまあ、賢い生き方はしてませんやねぇ」

「だろうな、大して顔を合わせていない俺でもわかる。そんなもん明らかにしたって、あんたにゃ何の得にもなりゃしないだろうに」

「ははっ、一応飯の種にはなってますよ。何とか食って生き延びられる程度には、ね」


 呆れたように言われて、クラークはおどけた様子で肩を竦める。

 だが、そんなクラークの言い分を聞いてもマイクは納得がいかないようだ。

 ある意味当然のことではあるが。


「それで、死にかけたじゃないか」


 もしもマイクが間に合わなければ、ほぼ間違いなく今ここで倒れているのはクラークだった。

 こうして立っていられるのはマイクの気まぐれによるもので、クラークがどうこう出来たことではない。

 そんなことは百も承知だろうに、クラークは得意げな笑みを作った。


「だが、生きてる。今までもそうだったし、多分これからもそうなんでしょう。

 仕方ないんですよ、俺はこうやってどうにかこうにか命を拾ってくしかない人間なんで」

「そんな生き方じゃ、家族を養うにも苦労するだろうに」

「剣士なんて稼業の人に言われたくはないですが、おかげで今もフラフラ独り身ですよ。

 こんなヤクザな生き方に付き合わせるのも申し訳無いですし。

 しかし、するってーと、マイクさんはいずれ落ち着きたいと?」


 突然水を向けられて、マイクは言葉に詰まる。

 願望がないわけではない。しかしそれは叶わない。

 言葉にしてしまえばそれが明確になってしまいそうで、なんとも躊躇われる。


「失礼、意地の悪い質問でした、忘れてください。

 ま、こんな生き方についてこれそうな、ガッツのあるタフな女がいたら考えますがね」


 言ってから、脳裏をよぎる一人の女。

 ガッツはある、少なくとも精神的にはタフでもある。

 だが、他の問題がありすぎる、と首を振る。


「さて、おしゃべりはこの辺にして、行きますか。ああ、すんませんがそいつを担いでもらえますか。日当は払いますんで」

「……それは構わんが、安くはないぞ?」

「そこはほら、『勇者』様をぎゃふんと言わせる手間賃で相殺ってことで一つ」

「それはあんたのやるべき仕事で、俺は頼んだ記憶がないんだが」


 そんな軽口を叩きながら、マイクは縛り上げた男を担ぎ上げる。

 先に立って歩き出したためにクラークからは見えなかったが……その唇の端は、少しばかり上がっていた。

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