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現場百回、蛇を出す

 そうやってリズが稼いだ時間を使って、クラークは長期取材に出ていた。

 公爵家から借りた魔道具を手に、『勇者』一行の道のりを辿っていく日々。

 流石に一ヶ月以上経過した場所であれば戦闘の形跡などほとんど残っていなかったのだが、最終目的地に向かうにつれ、僅かながらも状況が見えてきた。


 そして、ついに辿り着いた魔族幹部トロルドラゴンとの決戦の地。

 そこには、彼が期待していたものがあった。


「こいつが、トロルドラゴン……いやはや、なんて大きさだよ、全く」


 ぼやくように言いながら彼が見上げるのは、巨大な石像。

 ちょっとした砦かと思うほどの巨体は、それが元は生物だったなどとても思えない程で。

 まして、それが人の手によって討ち果たされたなど、とても信じることが出来るものではない。

 それでも、確かにこのトロルドラゴンは討ち取られたのだ。

 

「……こいつが致命傷、か。こりゃまた随分と深くまで食い込んで……核に届いてるわけだな、ずっぷりと」


 ぶつぶつと言いながら、石像と化したトロルドラゴンの身体を検分していくクラーク。

 そうしていながら、勿論魔道具で撮影していくことも忘れない。

 

 小一時間ほどもそうして撮影と検分を繰り返しただろうか。

 一段落付いたところで、クラークは大きく息を吐き出した。


「やっぱりそうか。こいつは、何よりの証拠になるぜ……」


 彼が予想した通り、トロルドラゴンの身体にはある特徴的な痕跡が残っていた。

 後はこれを専門家に見せてお墨付きをもらえば、何よりの論拠となることだろう。

 見せられれば、だが。


「ってことで、邪魔しないでそこを通して欲しいんですがねぇ?」


 ぽりぽりと頭を掻きながらクラークが振り返れば、いつの間にやら現れた、ゴロツキにも見える男達が十人ばかり。

 あまりの熱烈歓迎ぶりに、思わずクラークは遠い目をしてしまう。


「通してもいいぞ? お前の持っている魔道具と取材メモを置いていけば、な」

「なるほど?」


 つまり、クラークがここで何をしていたのかわかっている。ということは、恐らく見張られていたのだろう。

 すぐに出てこなかったのは、流石に全員でここに張り付いていたわけはないだろうから、呼び集めるのに時間が少々かかった、というところだろうか。

 であれば、連中が根城にしている場所もあるはずだ。


 そこまで考えるとクラークは大きく息を吐き出した。


「残念、そいつは無理な相談ってやつだ。このメモと魔道具は、俺の命よりも大事なもんでね」


 大げさに肩を竦め、メモをこれ見よがしに胸ポケットに入れれば、にやりと唇を曲げて見せる。

 言うまでもなく、虚勢である。

 こんなところに拠点を作って見張っているような連中だ、どこぞの国の工作員か何かなのだろう。

 であれば、一対一でも勝てるかどうか。十人相手にするなど、どう足掻いても無理なのは間違いない。


 それでも、クラークは意地を張り通す。彼は、そういう男なのだ。


「そうか、ならば一番価値の低いお前の命から奪ってやろう」

「うわ、他人から改めて言われるとムカつくな、くそったれ」


 吐き捨てるように言いながら、クラークは袖を捲ってみせる。

 ペンより重い物を持ったことがないと嘯くだけはある細い腕は、しかしよく見ればしっかりと筋肉が付いていた。

 といっても、対峙する男達の腕と比べるべくもなく、彼らがその気になれば、簡単に折られてしまうことだろう。

 それをわかっているからか、男達はクラークの身支度が終わるのを待つ余裕すら見せている。

 だからクラークは、それに乗じてゆっくりと袖を巻き上げ、少しでも動きやすいようにと整えてから、男達に向き直った。


「さて、死ぬ準備は出来たようだな」

「けっ、数を頼みにしてるくせに偉っそうに。玉無しじゃないってんならタイマンできやがれってんだ!」


 下品な罵倒を口にしながら、クラークは懐に手を入れて、護身用のナックルガードを取り出す。

 右手に嵌めて、ずいと突き出すように構えた姿は、存外様になっているが……あくまでも素人にしては、というもの。

 これならば、確かに一対一であろうと雑作も無く仕留めることが出来るだろう。


「よかろう、その減らず口に免じて、俺が直々に殺してやる!」


 そう言いながら、リーダーらしい男が剣を片手に突っ込んできた。

 鋭い出足、ブレることのない体幹を見るに、かなりの腕前。

 下手をすれば、クラーク程度の腕では受けようとしてもナックルガードごと斬られてしまいかねない。

 それは、男もクラークにもはっきりとわかった。


 だから。


「これでもっ、食らえっ!!」


 だから、一瞬だけ、男に油断が生じた。

 突き出された拳にだけ気をつければいいと視線と意識がそちらに誘導されたところに、視野の隅、死角と言っていいところからクラークの左手によって放たれたコインを認識するのが遅れた。

 それも、魔力によって加速され威力が増したものを。


 平民出身で貴族に比べれば大したことのない魔力のクラークだが、ほんの一瞬で一発だけに全魔力を込めれば、馬鹿に出来ない威力が出せる。

 勿論普通の平民にそんな魔力操作は出来ず、これはクラークが修羅場をくぐり抜ける内に身に付けた切り札のようなもの。

 まさかそんな技を平民のクラークが持っているとはこれっぽっちも思っていなかった男は、間合いまで後半歩という至近距離に来たところに飛来したそれを避ける事が出来ず、額に直撃。

 勢いよく突っ込んだところにカウンターでそんなものをもらったのだ、男の意識は一瞬で吹き飛び、「ぐぁ……」と小さな呻き声を零しながら地面へと倒れ臥した。


「っだぁっ、はぁっ、ざまぁ、見やがれっ!」


 当然そんな無茶な魔力の使い方をしたクラークの消耗は激しく、悪態を吐きながらも荒くなった呼吸のせいで肩が上下に動くのを止められない。

 それでも震えそうになる脚に活を入れて踏ん張り、力が抜けそうになる手でナックルガードを握り直す。

 

「後、九人……さぁて、面白くなってきやがったぜ」


 奥の手は使ってしまい、急激な魔力消耗のせいで体力もすっからかん。

 だというのに、クラークは笑っている。獰猛な……追い詰められたネズミの殺気を纏いながら。

 それに気圧されたか、残る男達は間合いを取り直そうと一歩だけ後ろに下がった。

 

 下がってしまった。

 それが、運命の分かれ道だった。


「ぐぁっ!?」

「な、なんだ!? なっ、貴様、どこから湧いて出た!?」


 連中の中で一番後ろにいた男が突然上げた悲鳴に、全員がそちらへと顔を向ければ……そこに居たのは、新たな男。

 ぶっきらぼうな表情、左右の手にそれぞれ握られた剣。

 双剣の英雄、マイクがそこに立っていた。


「どこからも何も、普通に後ろから来たんだが。お前等が鈍いから気付かなかっただけじゃないか?」


 馬鹿にした様子もなく、淡々と事実だけを述べる口調に、男達は二の句が継げない。

 確かに、全く気がつかなかったのだ、マイクの接近に。

 そして、今こうして向かい合っていてもどこか掴み所が無い。彼という人間が掴みきれない。


「……その双剣、貴様が『勇者』一行にいた、剣士のマイクか……」

「不思議なもんだ、お前等に知られていても、ちっとも嬉しくないぞ」


 興味なさげにいいながら、無造作に一歩、二歩と進んでくるマイク。

 それに押されて、男達の動きが止まる。

 突如現れた猛虎のごときプレッシャーを放つ男と、猫を噛みそうな窮鼠の殺気を放つ男。

 彼らに挟まれ、間の悪いことに判断を下すはずのリーダーが昏倒中とあって、彼らの判断が遅れた。

 ほんの一瞬。しかし、彼相手にそれは、致命的なまでに遅かった。


 さらに一歩進んだ、次の瞬間。

 マイクがあっという間に近づいたと思えば、二筋の光が走り、止まっていた二人の男が悲鳴を上げる暇もなく崩れ落ちる。

 目にも留まらぬ早業、に見えたのはクラークだけではなかったようだ。

 驚きで硬直した男達が、さらに二人斬り伏せられて。


「に、逃げろ!」


 そう声を発した男がマイクに背を向けた瞬間、胴が両断された。

 鉄で出来た普通の剣でしかないはずだというのに、やすやすと人の身体を切り裂くその技量は人の常識を遙かに超えたもの。

 

「……そりゃ、トロルドラゴンだって斬っちまうわけだなぁ」


 呆れたように言うクラークへと、男達の一人が視線を向け、せめてクラークだけでも殺すべきかと一瞬迷い。

 ほんの僅かな逡巡の間に追いついたマイクが、男の首を刎ねる。

 

 残りは二人、しかし相手も流石はその道のプロ……仲間が斬られている間に逃げることを選択した彼らは、命からがら離脱することに成功していた。


「ち、逃がしたか……追うべきか?」

「いやぁ、大丈夫でしょう。何しろリーダーがいないんだ、一度戻って上の指示を仰がにゃ動くに動けない。

 そんくらいの判断力はあるが、それくらいしかないとも言える。そんなとこでしょうよ」

「なるほど……確かに、それはそうだ」


 クラークの言葉に頷くと、マイクはまだ意識を失っているリーダーを見下ろす。

 結果として、クラークがこの男に一発かましたことが功を奏した形になったと言える。

 ここまで考えていたのか? と感心した顔を向ければ……その視線の先で、クラークはへなへなと尻餅をつくところだった。


「どうした?」

「いやぁ……ほっとしたら急に力が抜けましてね。あ~……死ぬかと思った」


 そう言いながらクラークが見せたのは、情けない台詞と不釣り合いなスッキリとした笑顔だった。

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