高利貸しよりも怖いもの
翌朝。
新聞社へと出社したクラークは、早速リズと情報共有を図った。
予想通りのこともあったが予想外のこともあったため、リズも驚いてはいるようだが。
「なるほど、そんなことが……。
あ、わたくしはあの後お父様に帰りのエスコートをしていただいたのでご心配なく?」
さらりと毒を滲ませながら、リズはにこやかに笑って見せた。
もちろん状況を理解しているから本気で気分を害しているわけではないが、それでもちくりと言いたくもなってしまう。
それもまた乙女心である。多分。
「あ~……それはその、申し訳無い。その分情報は集められたってことで、一つ……マイク氏の家もわかったんで、追跡取材も可能になったわけですし」
あの後、酔い潰れたマイクを介抱したクラークは、足下の覚束ない彼に肩を貸して送って行った。
筋骨隆々とした彼を支えるのは、「ペンより重いものを持ったことがない」と自称するクラークには重労働だったが、それだけの見返りはあったと言えよう。
何しろこの国は前述の通り法治がまだまだ行き届いて折らず、平民、それも雇われ兵士のようなヤクザな職業の人間がどこに住んでいるかを知るには、聞き込みをして探る羽目になることが多いのだから。
それは『平民の英雄』であっても例外ではなく……いや、むしろ『勇者』からの使われ方を見るに、普通よりも人に見られないよう気をつけながら生活していた可能性も低くはない。
そう考えれば、あの時マイクを追ったクラークの判断は正しかったと言えよう。
「まあ、それはそれでよしとして。今後については、どういたしましょう?」
さくっと切り替えたリズは、すっかり真面目な表情。
この辺りは流石元公爵令嬢、公私の区別はきっちり付けてくる。
そしてクラークもまた、そんなリズの変わり身に面食らうことなく。
「まず大前提として、『勇者』様の偽りを暴くって方針に変わりはありません。
そのためにやることが増えちまったのが問題っちゃ問題なんですが……あの雰囲気だと、婚約から短期間で婚姻まで持ち込みかねないのが面倒なところで」
「それは、確かに……事の発端がアルヴィン氏の一方的な恋慕だとすれば、一気に進めてしまう可能性はありますね。
ですがそうなってしまえば、身内となってしまったエステル嬢にも累が及ぶ可能性が出てきてしまう、と……。
わかりました、そちらはわたくしが何とか牽制してみましょう」
「すんませんが、頼みます。俺じゃそっち方面はどうにも難しいもんで」
リズが応じれば、クラークは小さく頭を下げる。
何しろ平民のクラークと違って元公爵令嬢、それも王妃教育を長く受けていたリズだ、貴族社会に対する説得力が違う。
出自を利用するようで心苦しいが、しかし、今それが出来るのはリズしかいないのも事実なので、クラークは頭を下げるしかない。
もっとも……。
「ええ、お任せください。これでクラーク先輩に貸しが作れるとなれば、わたくしとしても望むところですし」
と、リズはむしろ前向きですらあるのだが。
そんなところがおっかなくもあり、頼もしくもあり。
かつてクラーク自身が言った「こんなものじゃない」という発言が今更ながら身に染みる。
もっとも、状況が状況なのでありがたく受け入れるしかないのだが。
「後は、如何にしてマイク氏とアルヴィン氏の働きぶりを明らかにするか、なんですが……こいつばっかりは、現地に行かないとわからないところです」
「あの……現地に行っても、わかるものでしょうか?」
「難しいでしょうな。戦闘はとっくに終わってますし、雨風で痕跡も消えてしまってるかも知れない。
ただ、今回ばかりは何とかなる、かも知れません。何せ相手はトロルドラゴンなんで」
言いながら、クラークは昨夜マイクを追いかける時に聞いた子爵令嬢の言葉を思い出す。
魔族幹部のトロルドラゴン。名前の通り、トロルというモンスターとドラゴンの性質を併せ持つ怪物である。
洞窟の奥深くなどに生息する人型のモンスターであるトロルは、恐るべき再生能力を持っている。
話によれば、剣で斬ってもその端から即座に傷が塞がっていき、一体倒すのに何時間もかかることすらある程。
そこに鉄よりも硬いドラゴンの鱗、その恐ろしい生命力、人を遙かに凌駕する魔力と怪力が加われば、その戦力は一国の軍隊にも匹敵する程であろう。
ただし、良いことばかりでもなく。
「トロルが洞窟の奥深くに引っ込んでるのは、日の光を浴びると石化してしまうという性質のため。
だから今回のトロルドラゴンも、基本的には夜に活動していたらしいんですが……そいつを、昼間の洞窟の外におびき出したってんなら、どうなってると思います?」
「あ……石化、している……?」
「恐らく、ですけども。後はその石化したトロルドラゴンに刻まれた傷痕から何かを読み取る……ことが出来りゃいいんですがね。こればっかりは、実際に見てみないとなんとも」
リズが口にすれば、クラークも頷いて返す。
あくまでも可能性でしかないが、トロルドラゴンの身体に傷痕が刻まれていれば、何かを読み取ることが出来るかも知れない。
……出来ないかも、知れない。こればかりは、現地に行かねばわからない。
「ってことで、申し訳無いんですがね、リズさんから公爵閣下にお願いしてもらいたいことがありまして」
「もしかして、撮影の魔道具を貸して欲しい、ということですか?」
「流石、よくおわかりで。俺だけじゃわからんこともあるでしょうから、戻って来て色んな人に見てもらえるように、と。
恐らく、公爵閣下も今回の件で色々と疑いを持たれたでしょうし」
撮影の魔道具。端的に言えば、魔術で動くカメラである。
開発されてからそれなりに時間も経過しているが、まだまだ一般に出回っているとは言いがたく、クラークの新聞社も一つ所持しているのみ。
当然そんなものを社外に持ち出そうとすれば、申請を挙げて延々会議されてと時間がかかる上に、却下される可能性も低くはない。
特に今回のケースでは伯爵家に喧嘩を売ることになるのだ、上層部が及び腰にならないとはとても言えない。
であれば、と考えたのが公爵家が所有する物を借りることだった。
「確かに……今回のアルヴィン氏のやりよう、とても彼一人が考えたこととは思えません」
「正直、あのお坊ちゃんにあんな考えを巡らす頭があるとは思えない。
っていうか、多分意味わかってなかったでしょ、あれ」
「ええ、あの後の言動を見るに、軍人への牽制になっているとはわかっていないようでした。
ということは、彼に吹き込んだ誰かがいる。それも、真の目的を隠して」
リズが口にしていることは、当然公爵もわかっている。だからクラークは、魔道具を借りる事が出来ると踏んだわけだ。
このままアルヴィンが咎められることなくエステルと結婚してしまえば、口を封じられた軍部にはしこりが残る。
何より。もしも本当に聖剣を使っていたのがアルヴィンではなくマイクが使っていたとすれば、王国は聖剣の使い手を放逐することになる。
それは、国防上大きな問題になることは間違いない。
「ってことで、お国のためにも『真実』を明らかにしなきゃならんわけですよ。そうなれば、閣下も快くお貸しくださるんじゃないですかね?」
「それは間違いないですね。ましてそれが、クラークさんからとなれば」
リズが微笑みながら言えば、クラークは一瞬言葉に詰まる。
公爵から信頼されていることは間違いない。そして、今回の件で真相を暴けば、ますます信頼は高まることだろう。
それはつまり、ますますリズとの間の障壁が薄くなることを意味するわけで。
かと言って、彼の信条的に、ここで引くわけにはいかない。
自分から沼の深みにはまりに行っているような錯覚を覚えながらも、クラークは頷くしかなかった。
そして翌日。
クラークが旅立った朝に発行された新聞の一面を、リズの記事が飾った。
『勇者の婚約に対する疑念』と題されたそれは、真っ向からアルヴィンの婚約宣言を批判するもの。
といっても根拠のない言いがかりではなく、あくまでも王国貴族の通例、慣習に沿って論は展開されていた。
例えば、王家主催の夜会において婚約発表という私的な行為を行うことの是非。
これは王家の人間であればともかく、それ以外の貴族が行うのは問題がある。
許されても王家の血を引く公爵家がギリギリであり、一滴たりとも入っていない伯爵家が行うなど前代未聞と言っていい。
本来であれば祝福されるべき『勇者』とその仲間の婚約だからこそ、きちんと慣例に則った形式でやる必要があり、そうでなければ何か急がないといけない裏があるのか、などという余計な憶測を呼びかねない。
それを払拭するためにも、両家は改めて婚約式を執り行うべきである、と。
他にもアルヴィンの言動には細々と慣例的に問題のある部分があり、それらを事細かに指摘している記事は、ややもすれば揚げ足取りに見えたかも知れない。
だがそれが、公爵令嬢としての教育に加えて王妃としての教育を長年受けていたリズによって書かれたものであれば話が変わってくる。
しきたりや慣例慣習に関しては王国有数、下手なマナー講師など足下にも及ばない知識を持つ元公爵令嬢エリザベスが物申した。
このことは市井はともかく貴族社会では重く受け止められ、アルヴィンとエステルの婚姻には大ブレーキがかかり、形式に則った手順を踏み直すことが決定。
二人の婚約式が、二ヶ月後に行われる流れになっていく。
「時間は稼ぎましたよ、クラーク先輩。だから、後はお願いしますね」
あれやこれやを思い出し、かつて使っていた典礼集などの資料をたった一晩で調べ直して記事を書き上げたリズは、それらの動きを確認した後、満足げに微笑みながらデスクへと突っ伏したのだった。




