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『勇者』の暴挙

「っと、申し訳無い、もう一人話を聞いておきたい方を見つけましたんで」

「うん? ……ああ、なるほど。そうだね、君が行くのが一番だろうし」


 クラークの視線を追った公爵も、納得顔で頷く。

 では、と軽く挨拶をしたクラークはリズ達から離れ、壁際へと向かっていった。


「失礼、お一人ですか?」

「……ええ、ご覧の通り。……あなたは?」


 彼が話しかけたのは、短く切った黒髪の無骨そうな顔をした男性。

 パレードで『勇者』一行の末席に立っていた、剣士のマイクだった。

 流石に服装は、この場に居ても許される程度の服に着替えてはいるが……着ているのか着られているのか、慣れていないことだけは間違いない。


「これは申し遅れました、私は新聞記者のクラークと申します。

 『勇者』パーティで唯一の平民、言わば平民の星であるあなたに少しばかりお話を聞けたらと」


 いきなり声をかけられて少々警戒心を滲ませていたマイクだったが、クラークが名乗ったのを聞けば肩の力が一瞬抜ける。

 だが、すぐにその表情は改められた。


「なんだ、新聞記者か……こんなところにもいるもんなんだな。悪いが、俺が話せることなんて大してないぞ」


 口調が砕けたのは、同じ平民とわかって気が抜けたか。

 しかしその表情の動き、言い方、目線の動き。

 なるほど、どうやら余計なことを言わないように言い含められているらしい。

 それも、あの『勇者』様に。

 自己顕示欲が強くて思慮が浅い印象だったが、どうやらその程度の知恵は回るようだとクラークは結論づける。

 となると今、かの『勇者』様の目が届く場で根掘り葉掘りとは聞けないところだろう。


「なるほど、ならせめて握手をしていただけませんか。これは記者としてでなく、平民出身の英雄に憧れる一人の平民として、です」

「まあ、握手くらいなら……」


 クラークが右手を差し出せば、渋々といった様子でマイクも握手に応じた。

 もちろん、クラークが本気でただ握手を求めたわけがない。


 ぐ、と握った感触は堅く、力を入れていないにも関わらず、その手からは底知れぬ力強さを感じる。

 これは、修練に明け暮れた手。そして、鍛えた末に人の極みに近い力を手に入れた者の手。

 彼がその気になれば、クラークの手など跡形も無く握りつぶされてしまうことだろう。

 そんな情報を、握手一回で手に入れていた。 


「こいつは何とも有り難い。もしよろしければ、名高い双剣使いの左手とも握手させていただければ……」

「あんたも物好きだな、わざわざ左手でだなんて」


 呆れたようにマイクが左手を差し出せば、クラークはありがたがってか、丁重にその手を握る。

 そして、感じる違和感。ぴくり、と一瞬だけ眉が動く。

 だが、その違和感について尋ねる前に、彼の手が離れた。


「おっと、そろそろ式が始まるな」


 マイクの言葉に壇上を見れば、『勇者』一行が出てくるところだった。……三人だけで。

 

「うん? マイクさんはここに居ていいんですかい?」

「見ての通り。平民はこの場に招かれただけでもありがたいと思え、だとさ」

「それを言ったら、何の功もない俺も居るんですがねぇ」


 呆れたように言いながら、クラークは壇上を見る。

 『勇者』である伯爵令息、その仲間の子爵令嬢、男爵子息。

 よくよく見れば、男爵子息はやや後ろ。『勇者』様は見目麗しい子爵令嬢を隣に侍らせた格好。

 なるほど、あの『勇者』様であればやりそうなことだと軽蔑一歩手前の目で、しかし身に染みついた癖で身体が勝手に観察を進めていく。


 男爵令息は元々そういう性格なのか我関せずの様子。若干だけ気を悪くしてはいるようだが、この扱いへの慣れも感じる。丁度隣に居るマイクのように。

 そして子爵令嬢は、貴族令嬢らしい微笑みを浮かべているが……本心からのものではない。

 一瞬だけ視線がこちらへ向いた瞬間に、感情の揺らぎを感じたのは……クラークを見たから、であるはずがない。

 ちらりと横を見れば、何かを堪えるような顔をしたマイク。

 平民である彼は、感情を顔に出さない訓練などしていないのも仕方のないところ。

 そして、その彼がそれでも堪えようとした感情とは。


 確かめようにも、式典が始まってしまった今、まさかお偉いさんがしゃべっているのを無視してマイクに尋ねることも出来ない。

 ならばこのまま待って、終わり次第尋ねようか。

 

 そんな心づもりは、すぐにご破算となってしまうのだが。


「ご来場の皆様、盛大なる拍手をありがとうございます」


 功績を読み上げられ、国王陛下からお褒めの言葉が与えられれば沸き起こる拍手。

 本当ならばそれを受けるべきでない男が、晴れがましい顔でそれを受け、謝辞を述べている。


 反吐が出る。

 と言い捨ててしまいたいところだが、まさかこんな誰が聞いているかもわからない場所ではそうもいくまい。

 憤懣やるかたないのを飲み込みながら式典を見ていたクラークは、次に伯爵令息がのたまわった言葉に眉を上げる。


「さて、この場をお借りして皆様にお伝えさせていただく! 私とこちらの子爵令嬢エステルは、この度婚約することと相成りました!」


 は? と思わず口に出しそうになったのを必死に押さえ込みながら壇上を凝視し。

 子爵令嬢エステルが一瞬だけ見せた悲しみに曇る顔を捉え、すぐさま隣に立つマイクの顔を横目で伺えば……予想通り、苦渋に満ちた貌。

 最早それだけで、クラークが聞きたかった感情は確認出来てしまった。こんな形では知りたくなかったが。

 さて、後でなんと声を掛けようかとクラークは頭の中で様々な慰めを考え出していたのだが……それもまたすぐ無駄になった。


「そしてもう一つ! 平民の剣士、マイク! 貴様を我がパーティから追放する!」


 最早物理的に抑えるしかなく、クラークは慌てて手で口を押さえた。

 そうしなければ、思い切り悪目立ちするところだった。公爵ですら取りなすのに手間がかかるであろう程に。

 それくらい信じられないことを言い出した『勇者』様は、一人悦に入っている。


「貴様は荷物持ち程度の役にしか立っていないにも関わらず、厚かましくも当たり前のように凱旋パレードに参加したな!

 平民の分際で許しがたい傲慢さ、我慢ならん! 討伐も終わり、最早貴様がパーティに居る意味もないのだ、去れ、二度と我らに近づくな!」


 まさかの宣言に続く、まさかの発言。

 この場でいきなりこんなことを言い出す、それこそ傲慢な態度にクラークは目を剥きそうになり。

 しかし、すぐに渋い顔になった。


「くっそ、随分といやらしい真似しやがる……」


 祝勝式典に乗じての婚約発表、そしてマイクの追放宣言という暴挙が、ではない。

 まだまだ法治主義というものが十分には行き届いていないこの国において、名門伯爵家という貴族社会でも真ん中より上の人間が言い放ったことは半ば事実となり、それより下の人間が覆すことが難しい。

 もしも反論しようとすれば、それに足るだけの十分な物証が必要となるのだが……討伐の旅の道中、誰がどんな働きをしていたかなど、監視者でもいなければわからないのだから。


 更に、論点が『道中で十分な働きをしていたか』にずらされてしまった。

 これでは、クラークが記事にしようとしていた「アルヴィン伯爵令息は本当に『勇者』なのか」という内容と今手持ちにある証拠の類いでは覆しきることが出来ない。

 まして、そういった情報収集手段を十分に持っていない下位貴族であれば。


 つまりこれは、子爵以下がほとんどを占める武官がアルヴィンの鍛えられ方を見抜き、本当に『勇者』なのかと疑問を呈すことを防ぐことになる一手。

 これに利権が絡みでもすれば上位貴族が放っておかないだろうが、伯爵家が『勇者』の栄誉を得る程度であれば先程の公爵のように静観を決め込むことだろう。


 となれば、平民のマイクが反論することなど出来るわけも無く。


「……わかりました。これにて失礼させていただきます」


 怒りで顔が歪みそうになるのを必死に抑えながら、マイクはそう返答し頭を下げ。

 身を翻すと、会場の外へと向かって足早に歩き出した。


「あ、ちょっ、マイクさん! ああくっそ、ほっとくわけにゃいかねぇし……」


 苦虫を噛みつぶしたような顔をしたクラークは、離れてしまったままのリズを見やる。

 その視線に気付いたリズは、ぐっと力強い表情で頷いて返してきた。

 どうやら、クラークが何をしようとしているのか察してくれたらしい。


「すんませんね、今度埋め合わせはしますんで!」


 聞こえないだろうが、せめて口の形だけでもと動かせば、リズがもう一度頷き返してきた。

 ……そういえば、王妃教育の一環で読唇術も身に付けたとか言っていたような。

 となると、きっと伝わったことだろうと思って、クラークもまた会場の外へ……マイクを早足で追いかけていく。


「ったく、こいつはヤバイ事件になる予感しかしねぇ……」


 思わずぼやきながら会場を後にする彼のことを気にする者は誰もいない。

 壇上では未だに茶番劇が絶賛進行中だ。


「アルヴィン様は本当に素晴らしい『勇者』様なのです、あの恐ろしいトロルドラゴンを地の底から引きずり出して見事に成敗を!」


 背後で聞こえる、『勇者』を称える子爵令嬢の声。

 それは明るい声音のはずなのに、どこか悲痛な色が滲んだ気がした。

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