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『勇者』を名乗る者の帰還

「こりゃまた、随分な人出ですなぁ」


 大勢の人がひしめき合う大通りの端で、遠くを見ようとするように額に手をかざしながら痩せぎすの男が言う。

 年の頃は三十過ぎ、手入れのあまりよろしくない焦げ茶の髪の下にはギラつくような鋭い目が、普段ならばあるのだが。

 周囲のお祭り騒ぎもあってか、今日は物見遊山とばかりに少々緩んでいる様子。


 そんな男の隣には、まるで彼に似つかわしくない女性。

 服装こそ職業婦人然としたパンツスーツだし、髪も短く肩の辺りで切り揃えられているのだが、緩く波打つそれが放つ金の輝きは高貴な色。

 整った顔立ちに施された化粧は薄いが、上等なものを当たり前のような自然さで使っている。

 何か理由があって働いている貴族女性としか思えない彼女は、しかし隣に立つ絵に描いたような平民男性へと砕けた様子で言葉を返した。


「それはそうですよ、何しろ英雄様のご帰還なんですもの。パレードを一目見ようと王都中の人が来てるんじゃないですか?」

「英雄様、ねぇ。ま、話に依れば幹部級魔族の討伐なんて二百年ぶりとも言われてんだ、騒ぎにもなりますやな」


 どうにも言葉の通りに聞こえない響きの声で答えながら、男は目を細めて大通りの向こうを見やる。


 数百年前に封印されたという魔王、その復活を企む魔族の幹部。

 そんな御伽話のような話が、この世界では実話として存在する。

 もっとも、人間がこれだけ栄えていることからわかるように魔王が封印されてから魔族は衰退の一途を辿り、魔王復活を狙った活動もすっかり下火。

 今回も一体の上位魔族が単独で動いていたため、『勇者』とその仲間達だけで討伐が完了したくらいなのだから。


「国が煽っているところもありますけどね。軍を動かさずに済みましたから軍事費もあまり掛かっていませんし、それでいて『勇者』ここにありと他国への牽制もできて国民へのアピールにも繋がるとなれば、豪華なパレード費用くらい、ぽんっと出しますよねぇ」

「ははっ、こないだでっかいスキャンダルもありましたしね、リズ女男爵閣下?」

「もう、それはいいっこなしですよ、クラーク先輩」


 揶揄うように男、クラークが言えば、リズと呼ばれた女性が唇を尖らせる。

 きっと、ほんの数ヶ月前の彼女であれば決してしなかったであろうその表情に、クラークの顔にもどこか楽しげな笑みが浮かんだ。


 数ヶ月前に王都を騒がせた、王太子の婚約破棄騒動。

 隣に立つリズ女男爵こと元公爵令嬢エリザベスは、その渦中の人、婚約破棄を突きつけられた婚約者という立場だった。

 しかし、それが罪を捏造してのものだったこと、隣国の策略が裏にあったことなどが明るみに出て王太子やその側近などが処罰されたのだが……その際に一役買ったのが新聞記者であるクラークだった。

 その際に二人は出会い、クラークに惚れ込んだエリザベスが男爵位を譲り受けて公爵家を飛び出しクラークのいる新聞社に入社、周囲に根回しをしてじわじわと彼を追い詰めている最中だったりもするのだが。

 流石にその時のことを蒸し返されると、エリザベスとしても複雑なものがあるらしい。


「まあしかし、王家としてはこれを利用しない手はない、ってのはそうでしょうな。何しろ『勇者』様が長らく王家に仕える名門伯爵家の嫡男だってんだから」


 クラークにしてみれば、それがどうにも胡散臭くて仕方がないのだが……大通りを埋め尽くす民衆にはそうでもないのだろう。

 皆一様に、『勇者』一行が通るのを今か今かと待ち望んでいる様子である。


「むしろ、そのために『勇者』として彼を選出したんじゃないかって思ってるんですけどね。何しろ……あ、来たみたいですよ」


 エリザベス……リズが指さした方を見れば、このために用意されたのだろう豪華な馬車……というか山車というかな乗り物の上に『勇者』一行と思しき男女が立っていた。

 一番前、つまり一番目立つところに立って手を振っているのが『勇者』である伯爵令息アルヴィンなのだろう。

 金色に近い明るい髪、スラリとした長身、何よりも整った顔立ち。

 二十になるかならないかの若き『勇者』は、実に見栄えがする。

 

「なるほど? 看板にはうってつけのお顔立ちですなぁ」


 おどけたようにクラークが言えば、リズは小さく苦笑を漏らす。

 看板、その意味するところをリズも察したのだろう。というか、彼女もそんな印象を持っているからこその先程の台詞なわけで。


「彼が貴族学園で勇名を馳せたとは寡聞にして存じませんから」

「リズ閣下とほぼ同学年に見えますがねぇ?」

「実際、彼は私の二つ上、一年だけ在籍時期が被ってます」


 それを聞けば、クラークは小さく肩を竦めて見せる。

 被っていて聞いたことがないということは、つまり。

 それを口に出す程、クラークも迂闊ではない。

 周囲に比べて随分と温度の下がった目で、『勇者』と同年代の男女で構成された一行を見る。


「……ふむ、鎧や着てるものはそれなりにくたびれてるから、同行したのはしたようですな」

「流石に、行って帰って来る間、ずっと隠れてるわけにはいかないでしょうし。それでも……」


 『勇者』の隣で控えめに手を振る女性や無愛想な男性魔術師、目立たないように控えている男性剣士を見れば明らかにくたびれ方が違う。

 特に男性剣士は元々あまり品質のよろしくなさそうな鎧に、あちこちヒビや煤がついてしまっている有様だ。


「おお双剣使いマイク、我らが平民の星よ。無事の帰還に心からの賞賛を」

「何ですか急に。……いえ、でもわからなくはないです。あの様子を見るとなおのこと」


 いきなり芝居がかった様子で語り出したクラークへとジト目を向けたリズは、すぐに表情を改める。

 回復・支援などを得意とする白魔術師エステルは子爵令嬢、攻撃魔術を得意とする黒魔術師ジェファーソンは男爵家の人間。

 唯一剣士のマイクだけが『勇者』一行の中で平民なのだ、道中肩身が狭かっただろうと貴族令嬢であるリズですら思う。

 まして同じく平民であり時折貴族社会に顔を突っ込むクラークからすれば、マイクの気持ちは痛い程わかるところだろう。


「どんだけこき使われたのやら、一人ボロボロになっちまって……それでもまあ、こうしてパレードに参加させてもらえるだけましってもんなんでしょうよ。

 参加させて大丈夫なのか、と要らん心配もしちまいますがね」

「大丈夫か、とは……ああ、もしかしてバレバレだってことですか?」


 はて、と小首を傾げるものの、すぐにリズも気がついたようだ。

 ベテラン新聞記者のクラークはともかく、駆け出しであるリズですら違和感を感じるのだ、現役の騎士や兵士はすぐにわかることだろう。


「ええもう、見る人間が見れば一目瞭然、これをどうやって誤魔化すのか……それとも押し通すのか。お手並み拝見ってところです」

「クラーク先輩、随分と悪い顔になってますよ?」

「申し訳無い、こいつは生まれつきってもんでしてね」


 これっぽっちも思っていないこと丸わかりな謝罪に、リズも苦笑で返すしかない。

 『勇者』の活躍を国威高揚に使うのは理解できるが、更に名門貴族から作られた英雄を出そうとまで企むのは、流石に欲張りすぎというものだろう。


「……陛下は、そこまでバランス感覚に欠けている方ではないと思っていたのですが」

「ふむ。……それは、確かに」


 リズの呟きに、しばし考えてクラークは頷いて返した。

 長いこと政治部の記者としてやってきた彼だ、直接会ったことはないものの、国王の手腕から人となりはそれなりにわかっている。

 基本的には無難、中庸な政策を取り、政治的バランスを崩さないように進めることが多い。

 ただ、決断スピードはやや遅く、王太子のやらかし事件などのように後手に回ることもあるのが玉に瑕というところだろうか。


「となると、陛下を言いくるめた人間がいるか、あるいは……」

「……虚偽の報告で騙しているか、ですか?」

「ぱっと考えつくのはその辺りですなぁ。……こいつは何とも何とも」


 ニヤニヤとした笑みで、クラークは群衆に手を振って応える『勇者』、伯爵令息アルヴィンを見る。

 もし想像の通りであれば、彼は『真実』の追求を身上とするクラークからすれば許しがたい相手だ。

 想像の通りであれば。


「ま、それもこれもきちんと裏を取ってからの話、思い込みで記事を書くわけにはいかんですしな」

「ええ、ですから……今夜の祝勝パーティのエスコート、よろしくお願いしますね?」


 と、リズがとてもいい笑顔で確認するように言えば、クラークは途端に苦虫を噛みつぶしたような顔になった。


「……やっぱり、そうなりますか」

「もちろん。だって、伯爵令息に直接会えるチャンスですよ?

 まずは当事者の話を聞かないと始まらない、ですよね?」

「くっ……確かにそう、なんですが……」


 にこやかなリズと対照的に、クラークの表情はどんどんと重くなっていく。

 彼自身、今まで幾度も貴族のパーティに潜り込んだことがあるのだ、今更参加することに怖じ気づいているわけではない。

 ただ、そういう時は大体男爵令嬢や婦人など、貴族としては身分の低い女性の添え物としてこっそり参加するのが常だった。


 しかし、今回エスコートするのは元公爵令嬢であり現女男爵であるリズ。

 人目を引く美貌、高い身分、十以上離れた年齢差。


「三重苦過ぎませんかね、流石に……」


 思わず、ぼやいてしまう。

 彼とて決して悪い容姿ではないのだが、リズと比べれば月とすっぽん。

 身分と年齢はどうしようもなく、三重苦な格差があるリズと並んで会場に入れば、これ以上なく視線を集めることだろう。

 いや、集めるのが視線だけであればまだまし、かも知れない。


「大丈夫です、問題ありません。あくまでも今の私は男爵、しかも市井で働いている身なんですから」

「そりゃ、建前的にはそうですけどもねぇ」


 この国では、領地無しの男爵などは役所や商会で働いていることも少なくない。

 その教養を見込まれて新聞社で働く者もいるのはいるし、リズもそのパターンではある。

 だが、女男爵でというのは極めて珍しいし、公爵家出身となればほぼ前例がないと言っていい。

 となれば、そういう意味でも目を引くのは想像に難くないところだ。


 しかし。


「はぁ……しかし、わかっちゃいるけど止められない、ってね。行かにゃ拾えないネタがゴロゴロしてそうですし」

「そうですよ、今夜のパーティは間違いなく色んな意味でネタの宝庫のはずですから。

 ですから、よろしくお願いしますね?」


 諦めたようにクラークが言えば、リズがとてもいい笑顔でトドメを刺しにきた。

 そして、クラークはこれ以上言い返すことも出来ず、何とも締まらない顔で頷くしかなかったのだった。

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