王太子だった俺がドキドキする理由・短編
僕と彼女の出逢いは偶然だった。
街にお忍びで遊びに来ていた僕は護衛とはぐれてしまった。
道を横断しようとして馬車にひかれそうになった僕を、助けてくれたのが彼女だった。
「急に飛び出したら危ないでしょう! 死にたいの!」
と言って本気で叱ってくれた彼女に僕の胸はときめいた。
「道を横断する時は左右を確認する! 子供でも知ってることだよ!」
彼女は眉間にしわを作りそう言った。
「すまない。いつもは護衛が前後左右の確認をするので道を横断するとき左右を確認するという習慣がなかった」
王太子である僕にはいつも護衛がついていた。
僕が道を歩く時は護衛が左右を確認してくれた。
「はぁ? 何それ? 本気で言ってるの? だとしたらあなた相当いいところのおぼっちゃまだね」
そう言って呆れたように笑う彼女の横顔に胸がキュンとなった。
彼女は食堂で働いている平民の少女でラーラといった。
ラーラは栗皮色の髪に琥珀色の瞳、すっと通った鼻筋、形の良い唇、折れそうな細い腰、華奢な体躯、笑顔が可愛い可憐な少女だった。
僕はお礼を兼ねて彼女を食事に誘った。
「こんな服で高級レストランに入れない」という彼女にドレスとアクセサリーと靴をプレゼントした。
レストランで出される料理全てに「美味しい!」と言って顔を綻ばせる彼女を好ましく思った。
くるくると表情の変わるラーラは見ていて飽きなかった。
その後も僕は何度もラーラに会いに行った。
ラーラは僕に下町を案内してくれたんだ。
見るもの聞くもの全てが新鮮で、ラーラと一緒に過ごす間、終始僕の胸は高鳴っていた。
ラーラとずっと一緒にいられたら……だが僕には親が決めた婚約者がいる。
クロル公爵家の令嬢ナディアだ。
ナディアは銀色の髪にラベンダー色の瞳の同い年の少女。
ナディアは美人だと思う。しかし僕はナディアに対し心が華やぐような感情を抱いたことがない。
ナディアとは月に一度婚約者の公爵家を訪れ、一定時間一緒にお茶を飲むだけの関係だ。
ナディアの方は僕に惚れているようだが、僕はナディアに興味がない。
いつも笑顔を浮かべて僕の話にコクコクと頷くだけの綺麗なだけのお人形、それが僕のナディアに対する評価だ。
このまま行けば卒業後すぐにナディアと結婚することになる。
決められたレールの上を進むのが嫌で、僕はラーラにプロポーズした。
「ラーラ僕と結婚して欲しい。
僕は王太子だから親の決めた婚約者と結婚しなくてはいけない。
君は平民だから側室にはできないけど妾として囲うよ。
一生暮らしに不自由はさせない。
身分の差が邪魔して君を正室にできないのは口惜しいけど僕の心は君だけのものだ。
君だけを永遠に愛するよ!」
愛するものを妾として側に置き正室より寵愛する、それが僕の精一杯の反抗だった。
僕がプロポーズすると、ラーラは不機嫌そうな顔をした。
「他の女と夫を共有するなんて考えられない。私を愛しているなら私だけを妻にして」と。
市井出身の彼女に夫を共有するという価値観はないようだ。
僕の王族としての考えをラーラに押し付けるわけにはいかない。
どうせ反抗するなら思いっきりやってやろう。
「わかった婚約者との婚約を解消するよ」
僕がそう言うとラーラは花が綻ぶように笑った。
その天真爛漫な笑顔に僕の心臓は撃ち抜かれた。僕は生きてる間何度でもラーラに恋をするだろう。
クロル公爵家は国で一、二を争う権力を持つ。ナディアとの婚約を解消して平民のラーラと結婚すると言ったら父は怒るだろう。
王太子の地位と王位継承権を自ら返上し臣籍に降下しよう。
そうすれば親の敷いたレールの上を歩く人生から解放される。
僕はナディアとの婚約解消に向けて動き出した。
そんなときラーラが何者かに襲われた。
ラーラが仕事を終え家に帰ろうとしたとき、誘拐されそうになったのだ。
幸い僕がラーラにつけていた護衛が、誘拐犯を撃退したのでラーラは無傷で保護された。
しかし護衛は誘拐犯を取り逃してしまった。
だが僕には犯人の目処はついている。
こんなことをするのは僕の婚約者のナディア以外に考えられない。
ナディアは僕に心底惚れている。僕に他に愛する人ができ、僕がナディアとの婚約を解消しようとしていることを知り、犯行に及んだのだろう。
なんと醜く自分勝手な女なんだ!
ナディアとの婚約を円満に解消しようと思ったが止めた!
卒業パーティーでナディアに恥をかかせてやる!
僕は卒業パーティーにラーラを連れて参加することにした。
ナディアにダメージを与えるため、ナディアとの婚約解消を宣言した直後に、ラーラを新しい婚約者として皆に紹介する。
卒業パーティー当日、僕はラーラと共に壇上に立ちナディアの悪事を白日のもとに晒した。
ナディアが嫉妬にかられ、ラーラを誘拐しようとした醜い女であることを大声で話した。
ナディアとの婚約破棄を宣言し、新しい婚約者としてラーラを紹介した。
ナディアは小刻みに震えながら呆然と立ち尽くしていた。そんなナディアの姿を見て僕は胸がすっとした。
☆☆☆☆☆
卒業パーティーが終わり城に戻ると、国王である父に謁見の間に呼び出された。
「父上、僕には愛する人ができました。
ラーラという平民の女性です。
彼女と結婚するためにナディアとの婚約を破棄してきました。
王太子である僕が平民のラーラと結婚できないことはわかっています。
なので王太子の地位を弟のイムレに譲り王位継承権を放棄します」
僕は開口一番そう宣言した。
イムレは僕の二つ下の弟だ。僕ほどではないがそこそこ優秀なので、彼を王太子に推薦しても問題ないだろう。
父は眉間に深いしわを作り、長いため息をついた。
父に婚約を勝手に破棄したことを部屋で反省するように言われた。
僕は一カ月間部屋に閉じ込められた。
その間ラーラに会えなくて辛かった。
一か月後、僕は再び謁見の間に呼び出された。
父はラーラと結婚するための条件を出してきた。
「結婚後、いかなるパーティーにも出席しないこと」
「イムレより先に子を作らないこと」
「一代限りの男爵の地位を与えるが、このことに異議を唱えないこと」
「この先何があっても男爵領から出ないこと」
「離婚は認めない。どちらかが先に亡くなったとしても再婚することは許さない」
一代限りの男爵位か、せめて伯爵ぐらいの地位がほしかったな。
ラーラは平民だし、僕の身分が高すぎると堅苦しい思いをするかもしれない。
地方でゆっくり過ごしたい僕には男爵領から出られないことも苦にはならない。
問題は子供が爵位を継げないことだな。
しかし僕とラーラの娘なら可愛いから、嫁ぎ先に困ることはないだろう。
娘が生まれたら良家に嫁がせればいい、息子が生まれたら剣術を教え騎士団に入れよう。
息子を騎士団に所属させれば功績を認められ、簡単に陞爵されるだろう。
そう考えると、一代限りの男爵位でもなんの問題もない。
「わかりました! その条件を呑みます父上!」
このときの僕は事態を軽く考え了承の返事をした。
男爵の暮らしがどんなものなのか想像することもなく……。
☆☆☆☆☆
僕は王都から離れた田舎に小さな領地を与えられ、そこにラーラと二人で住むことになった。
母が何人か使用人を手配してくれた。
僕とラーラの結婚式は地方の教会でひっそりと行われた。
王族も貴族も出席しない簡素な式だった。
ラーラは地方での生活にも、質素なウェディングドレスにも、参列者の少ない結婚式にも、不満だったようだが僕はそのことに気づかないふりをした。
愛らしい奥さんと田舎での平穏な生活……これが僕の望んでいたこと。
贅沢はできないが慎ましやかに暮らそう。
だがその生活は結婚後たった一カ月で破綻することになる。
「お金がないとはどういうことだ?!」
僕は家令に問い詰めた。
「申し上げた通りの意味です」
家令は悪びれもせずしれっと答えた。
「旦那様と奥様が贅沢なさったのでお金がないのです」
「僕は慎ましやかに暮らしていた!」
「私にはとてもそのようには見えませんでしたが」
「王太子だった時、一回の食事で百品は出ていたが三十品に減らした。
王太子だった時は毎日のように服を新調していたが、一週間に一度に減らした。
そんなに節約しているのになぜお金が足りなくなるんだ説明してくれ!」
家令は残念なものを見るような顔をした後深く息を吐いた。
「まずお食事ですが、一回の食事の品数が三十品というのは多すぎます。
その上一品の量が多すぎます。
旦那様は一品につき一口か二口食べると、食べるのを止め残してしまいますが、あの行為に意味はあるのですか?」
「僕の好物が分かったら毒を入れられるだろ?
だから食事の品数は一回に付き最低三十品は必要なんだ。
好きなものが分からないように一品につき一口、二口しか手をつけない。
それに残った料理は使用人が食べているんだろう?
料理人は王太子の残したものしか食べられない決まりだからな」
「旦那様はもう王太子ではございません。
男爵の暮らしに慣れてください。
一回の食事に三十品も出したら破綻するのは当たり前です。
それから使用人は主と同じものを食しません。
主がローストビーフを食べてる時、使用人は茹でた鶏肉を食べているのです」
「そうだったのか、知らなかった」
僕はまだ王太子時代の癖が抜けていないようだ。
「それから注文する服一着一着の値段が高すぎます。
男爵がオートクチュールの服を作ることなどそうありません。
あるとすれば結婚式や国王陛下の誕生日のパーティーに出席するときぐらいです。
旦那様は結婚されていますし、国王陛下よりパーティーには出席するなと命じられています。
オートクチュールで服を作る必要はないでしょう」
家令に窘められてしまった。
「特注の服を着ることが多かったから、既製品は肌に合わないんだ」
「慣れて頂くしかありません」
「分かった」
「それからお金が無くなった一番の原因は奥様の浪費です。
奥様は毎日市井に出向かれては、宝石やドレスなど大量に買い込んでおります。
ご存知でありませんでしたか?」
家令に突きつけられた事実に僕は愕然とした。
「このままでは男爵家は破産。
家屋敷を手放し借金の返済にあて、旦那様と奥様は外で寝起きすることになりますよ」
「分かった。ラーラには買い物を止めるように言う。
僕も食事を質素にし服を新しく作るのを止める」
これからの生活を考えると胸がざわめいた……貧乏とは辛いものなのだな。
☆☆☆☆☆
―半年後―
男爵家の破産の危機は僕とラーラの宝石や衣服を売り、使用人の数を減らすことでかろうじで脱した。
家令から財政難を告げられた日から食事はパンと、豆のスープと、じゃがいもと玉ねぎのキッシュのみになった。たまに茹でた鶏肉が出てくることもある。
生活が質素になってからラーラの機嫌が悪い。
「田舎にはなんの楽しみもない。
買い物もできない、美味しい料理も食べられない、綺麗なドレスも着られない、世話をしてくれる使用人の数も少ない、新婚なのに子作りもできないなんて最低!」
王都を出るとき「弟に子ができるまでラーラとの間に子供を作らない」と父と約束した。
だからラーラと子供ができる行為をするわけにはいかない。
弟のイムレはまだ学生だ。婚約者もいない。
弟が婚約者を見つけ結婚するのは学園を卒業した後になるだろう。弟に子供ができるのはもっと先になる。
避妊薬を使えば子供ができるリスクを回避できるが、今の生活レベルではとても買えない。
「僕が男爵位を賜ったとき、ラーラはあんなに喜んでくれたじゃないか」
「あのときは貴族に順位があることも男爵の暮らしがこんなに貧しいことも知らなかったのよ!
貴族はみんな一緒だと思ってたの!
毎日宝石やドレスを買って大勢の使用人にかしずかれて、贅沢な暮らしができると思ってたのよ!」
「なら僕がプロポーズしたとき黙って受け入れれば良かっただろう!
そうすればお前は王太子の愛人になり贅沢な暮らしができたんだ!」
「愛人になるなんて嫌よ!
私は正妻の地位もお金もどっちも欲しかったの!」
貧しくなってからラーラとの口論が増えた。
ラーラと一緒にいても前ほどときめかない。
「喧嘩しても仕方ない、気晴らしに街の散策でもしよう」
ラーラをデートに誘ったが、
「買い物するわけでも、ご飯を食べに行くわけでも、劇を見に行くわけでもないのに、こんな田舎の街を散策して何が楽しいのよ!」
断られてしまった。
僕も庶民の暮らしを見ても前ほど胸が高鳴らなくなっている。
王太子だったとき庶民の暮らしを見てわくわくしたのは、庶民の暮らしが王太子の生活と結びつかなかったからだと気づいてしまった。
今の僕は市井の人間とさして変わらない生活をしている。そして死ぬまでこの生活が続く。
彼らの生活を見て胸がときめくはずがない。
ラーラのころころと変わる表情も、喜怒哀楽がすぐに出る性格も、最近はうっとうしく感じている。
ここには僕の教養に釣り合った人間がいない。高度で政治的な話をできる人間が誰もいない。
ラーラは僕が知的な話をしても、つまらなそうな顔をするだけ。
これがナディアだったら……いや元婚約者のことを考えても仕方がないな。
次第にラーラと会話する回数も減り、顔を合わせることも少なくなった。
その頃からラーラの様子が変わった。
ラーラは昼間寝て、夜中に起き出し、毎晩どこかに出かけるようだった。
そしてある日ラーラが妊娠した。
僕は結婚してからラーラと一度も子作りをしていない。だからラーラのお腹の子は僕の子ではない。
ラーラを問い詰めると、
「うるさいわね! この貧乏男爵! 金を持ってないあんたなんかなんの魅力もないのよ! あんたとなんか離婚よ!」
と言われ突き飛ばされた。
ラーラはそのまま屋敷を出て行ってしまった。
王太子の地位を捨て愛する人と一緒になったのに……こんなにもあっさりと裏切られ、結婚生活が破綻してしまうとはな。
離婚は認められていないし、弟より先に子を作ることは許されていない、父にラーラの妊娠についてどう報告したものか……。
とりあえずラーラを探し出して家に連れ戻さなくてはならない。父への言い訳はそれから考えよう。
しかしラーラがこの家の敷居を生きて跨ぐことは二度となかった。
☆☆☆☆☆
翌日、ラーラは遺体で発見された。
ラーラの隣には二枚目と評判の吟遊詩人の死体も転がっていた。
二人のバッグから金目のものがなくなっていたことから、地元の騎士団は物取りと判断した。
騎士団の話では吟遊詩人はラーラの浮気相手で、ラーラは吟遊詩人と駆け落ちしようとしていたらしい。
そして駆け落ち当日、運悪く強盗に遭遇し殺された……。
妻が殺されたことで夫である僕も疑われたが、騎士団の奴らは僕が国王の第一子であると知ると掌を返した。
そして王族の体裁を考えてかラーラの死は事故として処理され、ラーラと吟遊詩人の関係も、ラーラの妊娠も公にはされなかった。
王位継承権を捨てて結婚した女が死んだのに、不思議と悲しくはなかった。
男爵領に来てからのラーラの態度が酷すぎて、僕のラーラに対する愛情も関心も薄れていた。
今ならなぜラーラに惹かれたのかわかる……珍しかったんだ。
ラーラは王太子だった頃の僕の周りにはいないタイプの人間だった。
珍しいものに触れた好奇心を愛と勘違いしていた。
下町にいけば、ラーラのような女は掃いて捨てるほどいるというのに。
ラーラが死んだいま男爵領にいる意味はない。
しかし父との約束で男爵領から出ることも再婚することも許されていない。
残りの人生を一人寂しく過ごすのかと思ったら、胸がズキリと痛んだ。
ラーラの葬式に父や母が来てくれないかと期待した。
両親に今までの行動を誠心誠意侘びて、王都に戻してもらおうと思ったからだ。
しかし父も母もラーラの葬儀に来ることはなかった。
ラーラの葬儀に参列したのは屋敷の使用人だけだった。
ラーラは領民に好かれていなかったので、葬式に領民の姿はない。
そんな中、僕の学生時代の友人が葬儀に参列してくれた。
ルイス・ニクラス伯爵令息、いや卒業後家督を継いだから今は伯爵か。
僕が王太子だった頃、クラスメイトのよしみで派閥に入れてやった地方出身の貧乏伯爵家のルイスが、今は僕より高い身分にいるのかと思うと複雑な気分だった。
ルイスの治める伯爵領と僕の統治する男爵領は隣同士。
彼がラーラの葬儀に参列してくれたのは旧友としてのよしみというより、隣の領地を治める伯爵としての義理だろう。
ルイスは商売をやっていてよく王都に行くらしい。パーティーで弟と会話することもあるという。
幼い頃から僕の側近を務めていた公爵令息や侯爵令息に比べて財産が少ないというだけで、ニクラス伯爵家は貧乏ではなかった。
少なくとも今の僕の何倍もお金を持っている。
他に王都のことを聞ける相手もいないので、ルイスに王都のことを尋ねた。
「なぜ父上と母上はラーラの葬儀に参列しないのか?」と。
ルイスは心底呆れた様子でこう答えた、
「王位継承権を剥奪した息子の嫁、しかもかつて平民だった女の葬儀に陛下や王妃様が参列なさるはずがないでしょう」と。
「僕は自ら王位継承権を放棄したんだ、剥奪されたわけじゃない」
僕がそう反論すると、ルイスは王都でのことを教えてくれた。
卒業パーティーのあと、ナディアの冤罪はすぐに晴れたこと。
ラーラは清純な女などではなく、食堂に来る客に色目を使うアバズレだったこと。
王都でラーラが誘拐されそうになったのは、過去にラーラが手酷く振った男の逆恨みだったこと。
僕が卒業パーティーでナディアに冤罪をかけ、公衆の面前でナディアとの婚約破棄したことで、僕は廃太子され王位継承権を剥奪されたこと。
間違いを犯した僕を塔に生涯幽閉するか、地方の男爵領に送るかで一カ月間もめていたこと。
被害者であるナディアが僕の厳罰を望まなかったので、僕はラーラとの結婚が許され男爵領に送られるという比較的軽い罰で済んだこと。
優秀なナディアを手放すのを惜しいと判断した父が、ナディアを弟の婚約者にしたこと。
僕は王都で王位継承権と完璧な淑女であるナディアを捨て、平民の尻軽女と結婚した間抜けと言われていること。
ラーラは男爵領に来てからも男遊びを繰り返していたこと。
ラーラが男爵領で男遊びしている噂はニクラス伯爵領にも届いていたこと……などなど。
ルイスの話を聞いて僕は言葉が出なかった。
ラーラの誘拐未遂はラーラの昔の男の仕業でナディアは無実だった?
僕は生涯幽閉されるところだった?
僕の窮地を救ってくれたのがナディア?
ナディアが弟の婚約者になった??
あまりに衝撃的な事実を次々に突きつけられて、思考がまとまらない。
真実を知らなかったのは僕だけだったのだな。
絶望が胸を支配し、心臓が嫌なリズムを刻む。
僕は……間違ってしまったのか……?
放心状態の僕を残し、ルイスは帰って行った。
僕はラーラの墓地の前からしばらく動けなかった。
☆☆☆☆☆
僕はラーラの死後、屋敷にこもるようになった。
現実を認めたくなかったからだ。
使用人が部屋に食事を持って来てくれるが、トレイに載っているのは硬いパンと豆のスープだけ。
僕が男爵の仕事をしないから、さらに家が貧しくなった。
そのうち僕は悪夢にうなされるようになった。
僕の捨てた者たちが僕をあざ笑う夢を……。
悪魔にうなされベッドから飛び起きることも増えた。
そういう日は、目が覚めた後も胸が騒いでいる。
ラーラと出会った時の心が躍るような鼓動ではない。
肌がジリジリと痛み、唇が乾き、体が小刻みに震える……そんな嫌なドキドキだ。
一人でいると「こんなはずじゃなかったのに……」という後悔が押し寄せてくる。
僕はただ愛する人と一緒になりたかっただけなんだ……。
なのに……すべてを失ってしまった。
――終わり――
読んで下さりありがとうございます。
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☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
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新作投稿開始しました!
婚約破棄ものです!