警察の世話になる③
三度目に警察の世話になったのは冬頃だった……。
俺は夕方、塾に自転車で向かっていた。
まだ塾まで時間もあるし学校の方へ行ってみよう……
そう思って学校へ向かった。
特に学校に何があるわけでもなかった。
本当にただの気まぐれだった。
学校に着くと、その日はすでに閉まっていた。冬なので辺りはもう真っ暗だった。
それを見て俺は悪巧みを思い付いてしまった。
そうだ!学校に忍び込もう!
と……。
自転車を目立たない場所へ停め、校門を乗り越えて中に侵入した。
二階の下駄箱へと続く階段付近に、邪魔だったので、塾の勉強道具が入ったバッグを置いた。
そしてコの字型の校舎の中庭に行き、手頃な石を探した。
手頃な石はすぐに見つかり、それを拾うと、一階の窓の鍵の付近に向かって、躊躇なく投げた。
辺りは静かなので
「ガシャン」
と大きく鳴り響き、窓に穴が空いた。
その穴に手を入れ内側の鍵を開けると、窓を全開にして中に侵入した。
夜の校舎は、当たり前だが誰もいなくて新鮮で楽しかった。
特に何の目的もなかったが廊下をブラブラ歩き回った。
2階にある生徒指導室の前を通りかかった時、野獣に何回もここに連れてこられた事を思い出してイラッとして入り口のドアを開けた。
月の灯りでうっすらと見える部屋の中を見て、さらにイラッとした俺は、テーブルや椅子などを蹴飛ばしたり、奥のソファーをひっくり返したりした。
こんな事しても意味がないと分かっていたので程々にしてやめた。
と、その時またも悪巧みが浮かんだ。
そうだ、職員室には何か金目の物があるかもしれない……。
職員室の窓ガラスを割る為に、蹴飛ばして倒れている椅子を一つ持ち上げると、生徒指導室の窓を開けてベランダに出た。
このベランダは職員室と繋がっているのだ。
椅子を持ちながらベランダを歩いてもうすぐ職員室に着きそうな時だった。
「ピーピーピー……」
と警報が鳴り響いたのだ。
俺はやばい!
と思って椅子をベランダに投げ捨てベランダから下を覗いた。
下には花壇があった。
学校の二階なので高めだが、花壇なら飛び降りても痛くないと思い、ベランダの手すりをまたいで逆側に一瞬だけぶら下がってから手を離して飛び降りた。
案の定、大して痛くなかったので立ち上がり猛ダッシュで校門まで行って乗り越えた。
自転車に乗ると急いでその場から離れた。
パトカー等とすれ違わないかドキドキしたが、何事もなく塾に着いた。
だが、ホッとしたのも束の間、俺はそこで初めて自分のミスに気がついたのだ。
しまった!バッグを忘れた!
俺は青くなった。
だが今取りに戻るのは危険だと思って、とりあえず塾に行こうと思ったが、バッグがなければ塾へは行けなかった。
仕方がないので、塾の近くにあるレンタルビデオ屋の中のゲームコーナーで、ゲームをして時間を潰す事にした。
一時間くらい経ったので、再び自転車で学校へ向かった。
学校まで三百メートルくらいの地点になると学校が見えるのだが、その地点まで行って学校を見て愕然とした。
パトカーの赤色灯がクルクルと回りながら光っていた。
それも一台ではなかった……。
さっきまでの暗い学校が、記憶に真新しく残っている俺には、より明るく感じられた。
これは無理だ……
と思ってすぐに引き返したので、一瞬しか見ていないが、少なくとも三台以上のパトカーが学校の敷地内に停まっていただろう。
塾を結果的にサボったが、この日は塾から何の連絡もなかったので両親にはバレなかった。
なので家では、いつものように過ごし一日が終わった。
次の日、誰よりも早く学校に行って、例のバッグを置いた階段付近を見たが、バッグはなかった。
やっぱりな……
と思った。
あんだけ警察がいたんじゃ(パトカーしか見てないけど)バッグに気付かないはずもなく、絶対ないと分かっていたのにショックは思いの外、大きかった。
バッグの中には、採点済みの答案用紙やらノート、テキスト、その他、俺の名前が入った物のオンパレード、俺がやりましたと言っているようなものであった。
なぜに自転車の前カゴにバッグを入れとかなかったのかと後悔した……。
普通はそこではなく、やらなければよかったと後悔するのだが俺はやった事自体は後悔しなかった。
俺は二階の下駄箱に行き、踵を自らの手で(実際には足だが)ぺしゃんこにし、スリッパのような形になってる上履きに履き替え、とぼとぼと四階の自分の教室に向かった……。
教室に入るとまだ誰もいなかった。
小学生の頃も含めて、後にも先にも一番になったのはこの時だけである。
いつも教室に一番に来る奴って一体どんな奴なんだろう?
以前にもそう考えた事があった。
だがそんな事はどうでもよかった。
やるだけの事はやったので、もう後は野となれ山となれ!
といった感じで、体の力が抜けて急に眠くなってきた。
早起きしたのもそうだが、昨晩は色々考え込んであまり眠れなかったのだ。
自分の席に座ると、机を覆うように、両腕に顔を埋めて寝た。
なので、二番目以降にこの教室に来た生徒は、俺を見てかなり驚いただろうが、その様子を見る事は出来なかった。
その日は当然一日中元気がなく、授業中も上の空で(いつもそうだったが)ほとんど寝ていた。
そんな俺を、知ってか知らずかわからないが、先生達は何も言っては来なかった。
全校集会が起きてもおかしくないはずなのに、この件は生徒には知らされなかった。
それが逆に不気味だった。
いつものように学校が終わった。
ひょっとしたら、このまま何事もなくこの件は終わるかとも期待したが、どのみち塾用のバッグをなくしているという事実は変わらないので、面倒な事になるのは間違いなかった……。
結局その日の夕方に警察から連絡があり、明日、警察署に来るように言われた。
電話に出たのは父で、怪訝そうに
「何か心当たりはあるか?」
と聞かれたので
「分からない」
とその場は言っておいた。
次の日、母に連れられ警察署に行くと、本年、三度目の登場、少年課の犬顔の黒海が待ち構えていた。
もはやお馴染みの取調室に連れていかれると、座るなり
「なんで呼ばれたか分かってるな?」
と言われ
「分からない」
と答えた。
そう言うと予測していたかのように、犬顔の黒海は不敵な笑みを浮かべた後、机の下から俺が忘れた例のバッグを取り出して机の上に置いた。
「このバッグはおまえのだな?」
「そうだけど……」
「これがどこにあったか分かるか?」
「分からない」
また俺はすっとぼけた。
「じゃあどこで失くしたんだ?」
「分からない、自転車のカゴに入れといたら、いつの間にか失くなってた」
自転車のカゴに、バッグを入れなかった後悔の念が強かったのか、咄嗟に出たのがこの言い訳だった。
我ながら苦しい言い訳だと思い、心の中で苦笑したが、この方向でしらばっくれる事に決めた。
ところが犬顔の黒海はまたも不敵な笑みを浮かべると
「まあいい、今回は証拠があるんだ」
と言い出した。
「…………」
俺はハッタリだと思って黙っていた。
「おまえの指紋が現場に残っていたんだ」
と言って、俺のバッグを机の下に戻してから、何枚かの紙を机に並べた。
俺はその紙を見て、かなり驚いた。
紙には、現場の写真、現場に付いた俺の指紋の写真が数枚張られており、空欄には説明文が書かれている。
特殊な薬品を使ったのだろう、指紋はくっきりと浮かび上がっていた。
正直、俺は大した事件じゃないと思っていたので、ここまでするとは思っていなかった。
俺は諦めて犯行を認めた。
今回は父にこっぴどく叱られた。
犯行自体よりも前日に心当たりはないと嘘をついた事の方が父の怒りを買ったようだった。
今回の調書作成は、犬顔の黒海ではなく、若い女の警察官だった。
俺は黒海じゃないからラッキーだと思った。
それを感じ取ったかのように、途中で一回だけ、黒海が突然、取調室に入ってきた。
そして俺の胸ぐらを掴むと
「おまえ、女だからってなめた態度取ってんじゃねえぞ!」
と一喝してきた。
今まで黒海が、こんな事をしてきた事はないので、若い女の警察官の前でいきがってみせただけかもしれない。
だが、犬顔の黒海が部屋を出ていった後、女の警察官は
「私、ああいう野蛮な人嫌いなのよね」
とボソッと言っていたので、俺は
ざまあみろ!
と思い、心の中で笑った。
今回も書類送検だけで終わった……。