喜連川少年院 その②(洗脳に近いと思った)
俺は二学寮に戻り、荷物をまとめる事になった。
行き先は四学寮という事で、水府の時も四寮だったので、またかよ!
って思った。
数字にこだわりがあるわけではないので、どうでもよかったが、それにしても何であんなにみんな気合いが入ってるんだ?
と不思議で仕方がなかった。
みんな、俺と同じ不良少年だったはずなのに……。
荷物をまとめて、かなり長い事待ってからやっと先生が呼びに来て移動になった。
廊下を渡って四学寮に入ると、四畳半くらいの正方形の小さな下駄箱スペースがあり、隣にすぐホールがあった。
下駄箱とホールの間には鉄の観音扉があったが、その時は開いた状態になっていた。
ホールも正方形の形をしていて、広さは学校の教室くらいだっただろうか……。
この時点では分かるはずもないが、ついでに説明しとくと、下駄箱からホールに入って左側の面にホールがそのまま伸びたような部屋が存在した。
下駄箱とは直角の位置となる。
部屋の名前は娯楽室というのだが、どの辺が娯楽なのかさっぱり分からない、何もない部屋で広さはホールの半分くらいだった。
また下駄箱と並ぶ面にあり、ホールと娯楽室を跨ぐように教官室があった。
さらに下駄箱から真っ直ぐ進むと娯楽室側に廊下が伸びており、右側に居室が六個並んでいた。
水府学院のように個室部屋はなく、全て六人まで入れる集団部屋だった。
居室の向かい側に数人が使えるトイレと洗面所が並んでいた。
ホールでは昼食の支度を七、八人が行っていた。
割烹着を来て帽子にマスクと三点全て白であった。
先生が
「安高〜〜!ちょっと来い!」
と廊下に向かって叫ぶと、遠くの方から元気よく
「ハイ!」
という返事が聞こえてきた。
少ししてから、先生に呼ばれた安高という院生が廊下側から現れ、ホールに入る際、
「配食中、失礼します!」
と元気よく言うと
割烹着姿の七、八人が全員
「ハイ!」
と元気よく返事をした。
マスクをしていなかったら、確実に唾が食べ物に飛ぶであろう気合いの入った返事だった。
先生が俺に一瞥くれながら
「安高、この新人に教えてやってくれ!」
「ハイ!分かりました!」
そう返事した彼の名札を見ると白バッチだった。
水府学院では、白バッチの人は出院準備寮にしかいなかったので、ここでは中間寮にも白バッチの人がいるんだなって思った。
だけど、なぜかこの人は坊主頭だった。
白バッチの安高なる人が、俺の荷物を半分持ってくれながら
「ついてきてください」
と言ってきた。
ホールから廊下に出る際、ホールの方を向いて
「配食中失礼しました!」
「ハイ!」
さっきと同じ現象が起きた。
「同じように言ってください」
と言われ、え?
さっそく俺も?
と思ったが仕方なく
「配食中失礼しました」
と控え目に言ったのに
「ハイ!」
と同じように全員が元気よく返してくれた。
部屋は手前から一室、二室……と並んでいて俺の部屋は一番奥の六室だった。
個室寮同様、畳張りなのでスリッパを脱がないといけなかった。
部屋に入ると、三人の院生がいた。
その内の一人に二級上生(緑バッチ)の松山という眼鏡をかけた院生がいて、なんだか不気味な雰囲気を持っている院生だった。
部屋の広さは十畳くらいあっただろうか……六人部屋なので
「そこそこ」
広かった。
それぞれ壁や窓側を向き、小さな机に座って何かをしていた。
安高なる白バッチの人が
「今日から十日間、自分が教えるのでよろしくお願いします」
と言って来たので
「よろしくお願いします」
と返した。
十日も教えてくれるのかと思い、俺は安心した。
「この部屋で話せるのは三日間だけです。それと時間がないので箸とコップを用意しといてください」
そう言われて、俺が荷物の中から箸とコップを取り出した時、ホールの方から
「食事の用意が出来ました!一室、二室の人はホールに来てください!」
と聞こえてきた。
「呼ばれるまで片付けましょう」
と白バッチの人に言われたので、片付けを続けた。
「三室、四室の人、ホールに来てください!」
それを聞いて六室にいた三人の院生達は、やっていた事をやめて正座して黙想を始め出した。
しばらくして
「五室、六室の人、ホールに来てください!」
「ハイ!」
と元気よく返事をすると、俺以外の四人は素早い動きで自分の机から箸を取り出し、廊下へと出ていった。
俺もついていくと俺以外の院生は、洗面所の前の棚に置いてある歯ブラシとコップのうちコップだけを取ってホールへ向かった。
廊下からホールに入る手前で列が出来ていた。
これが小分けで呼ばれた理由だった。
白バッチの人に
「消毒液に手を付けるので五秒以上付けてください」
と言われた。
ホールと廊下の境目の所に先程呼び掛けてきたと思われる院生が、四脚の上に乗せられた銀色のボールの前にこっちを向いて立っていた。
俺の順番になり、消毒液に手を入れてゆっくり五秒数えた。
水府学院ではこんな事はしなかったなって思った……。
ホールに入ると、向かい合って三人ずつ座る六人掛けの長方形のテーブルが六個あり、部屋ごとに分かれていた。
なぜかみんな立っており、全員が自分の位置に立つと、白バッチの人が俺に
「箸とコップをテーブルに置いてから下駄箱前まで行って、今朝と同じようにみんなに挨拶してください」
と言われて、立っていたのは俺の挨拶待ちかい!
と思いながら言われた通りにした。
「三頭脳◯◯です!よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
また全員が本気で返してきたので物凄い声量だった。
今朝と比べると人数は全然少ないが、室内なので響く為、かえって今朝よりうるさく感じた。
挨拶が終わると自分の位置に戻った。
日直が
「着席!」
と言うと全員が素早く椅子を引いて座った。
誰も椅子を引きずらなかったので、唯一引きずった俺だけが目立ってしまい、白バッチの人に
「椅子を引きずっては駄目です」
と注意された。
「すみません」
と謝ると
「ここでは謝る時は失礼しました!と言ってください」
と言われた。
え?
何ですみませんじゃ駄目なの?
失礼しました!
の方が変じゃね?
と思ったけど
「失礼しました!」
と言った。
続けて白バッチの人が、俺の足元を確認し
「踵は両足揃えてパイプ椅子のパイプに付けなければ駄目です」
と言われた。
俺は細かっ!
って思ったが
「失礼しました!」
とまた言った。
俺らのやり取りが終わるのを確認してから日直が
「姿勢を正して黙想〜〜!…………(時計を見ながら)食事の時間は◯◯までです…………(黙想を)やめ!」
「いただきます!」
と全員が言って食事が始まった。
食事の時間は後で知ったが、二十分とされていた。
その日の昼飯はパンだったのだが、白バッチの人が
「ここでは残せないので必ず全て食べ切ってください」
と言ってきた。
俺は、残せないって何?
って思った。
好き嫌いならまだ分かるけど、量が多くて個室寮では残していたのに……それはきついと思った。
仕方なく
「分かりました」
とは言っといたが……。
「あと醤油かソースが欲しい時は、ソースお願いします!とか、醤油お願いします!とだけ言ってください。名前を付けて頼むと命令になる絶対に付けないでください。」
色々と細けえなぁ……って思った。
例によってジャムとマーガリンだけ残して他は全て食べ切った。
白バッチの人がそれを見て、何か考えてるような表情になった。
しばらく考えてからおもむろに立ち上がり、教官室へ向かった。
「コンコンコン!」
「何だ?」
「ガチャ、失礼します」
教官室の中に入り、白バッチの人がこっちを指差しながら先生に何かを説明していた。
ちなみに指差し方だが人差し指のみで差すのは禁止されてるようで、親指以外の四本の指を伸ばして差していた。
「失礼しました!」
と白バッチの人が教官室から出てきて、俺の隣の席に戻って来ると、ありえない事を言い出した。
「三頭脳さん、ジャムとマーガリンをスプーンに全部出して食べてください」
俺はえ?
って思った。
まじかよ!
全て食べろとは言われたが、マーガリンとジャムは含まれてないと思っていた。
なぜなら小袋に入ってるからまた誰かが使えるので、これは残した内に入らないと思っていたからだ。
仕方なくマーガリンとジャムをスプーンに全て出した。
一度で済ませたかったので、両方とも出した食べた。
ジャムはともかくマーガリンはきつかった。
次からはちゃんとパンに使って食べると誓ったのは言うまでもないだろう……。
気持ち悪くなったのでお茶が欲しくなった。
それを悟ったのか、白バッチの人が
「お茶が飲みたい時はそのまま黙想して待ってれば、上級生が注ぎに来てくれます。黙想の際は背筋を延ばして手は太腿の付け根に置いてください。お茶がもういらないという時は箸をコップの上に揃えて置いてください」
「分かりました」
聞いてると頭がおかしくなってきそうだった。
だが、言われた通りにした。
時間前でも全員の食事が終わったのが確認されると、日直が
「姿勢を正して黙想……やめ!」
「御馳走様でした!」
食事が終わると、今度は六室から順番に洗面所に行き、箸とコップを洗って歯磨きしてから居室に戻った。
途中だった荷物の片付けをし終えると、筆記用具類はホールに持ってくから準備しとくように言われた。
基本的に水府学院の時と違って、寮内にいる時に居室で過ごすのは食事の前後と寝る時だけで、後はホールで過ごすとの事だった。
ホールに行き食事した席に座ると、午後一時までは余暇時間と呼ばれ、本を読んだりする事が出来る。
もちろん漫画はない。
昼食の時から気付いていたが、この少年院ではバッチを見なくても一目瞭然で古い院生が分かった。
それは一級下(青バッチ)から髪を延ばせるからだ。
なんでそんなに早くから髪を延ばせるかというと、この少年院には理容教室があり、実際に理容師の人から切り方を教われるので、習った人の練習台にされる為だった。
理容教室で習える人がどうやって選ばれるのかは不明だったが……。
なので長い人だと、少年院にいるとは思えないほど髪が長い人がいたのだ。
安高なる白バッチの人みたいに、坊主がいい人は坊主にしてもかまわなかった。
俺はこの余暇時間に色々な決まり事を、白バッチの人に教わった。
実際はこんな短時間で覚えられる物ではないが、小分けしても仕方がないので、ある程度ここで説明しておく。
全員を
「さん付け」
で呼び、自分の事は
「自分」
と呼ばなくてはならなかった。
敬語で話さなければならないのだが、
言葉も使ってはいけない言葉が沢山あった。
全てを上げるとキリがないのでいくつか例を上げると
「よさね言葉」
と言われる最後に
「よ」「さ」「ね」
と付く言葉は全面禁止だった。
敬語を使っていて最後に
「さ」
が付く事はないと思うが、例えば
「〜なんですよ」
や
「〜ですよね?」
という言葉は使ってはいけなかった。
他にも
「しゃべる」は駄目で「話す」
「ちゃんと」や「きちんと」は駄目で「しっかり」
「ちょっと」は駄目で「少し」
「それじゃあ」は駄目で「それでは」
という感じで細かく決められていた。
なので話せる言葉が決まってくるので、話し方がみんな同じになり、個性がなくなっていた。
注意されると
「失礼しました」
と言わなければならない事は前述したが、注意してきた相手の目を見て言わないと
「しっかりこっちを向いてください!」
と言われ、声が小さいと
「しっかり応答してください!」
と言われた。
さらに、例えば
「手の位置、おかしいです!」
と注意された時に、手を確認してから謝ると
「行動で言い返さないでください!」
という謎の追い討ちを受けた。
もちろん普通に言い返したり、言い訳しても駄目で、もし仮に本当に誤解でもその場はすぐに相手の目を見て大きな声で謝らなければならなかった。
「言い返しの注意」というのもあって、注意された者は注意した者をしばらく注意する事が出来なかった。
この
「しばらく」
というのが厄介でちゃんとした規定がない為に、防御のように使う院生が後を絶たなかった……。
注意された内容は
「ホームルーム帳」
という各自渡される大学ノートに必ず書かなくてはならなかった。
書く内容は、注意された事となぜしてしまったかについてであった。
後で発表する機会があるので、その時に誤解なら誤解と言えるが、信じてもらえるかは日頃の生活態度次第だった。
例外は先生からその件で指導を受けた場合のみ削除を許された。
削除といっても、塗り潰すと下手すれば調査行きになるので、そのままにしておくか、真ん中に一本線を入れるかであった。
トイレに行く時は居室側の壁にあるホワイトボードに小便なら小、大便なら大と書かれている所に、自分の名前のマグネットを貼らなければならなかった。
尚、ホールから出る際には部屋の一番古い人に一言言わなければならかった。
俺の部屋なら
「安高さん、トイレに行ってきます」
という具合である。
移動中以外、ホール内では三人しか立ってはいけないので四人目が立つと
「◯◯さん四人目です!」
と注意を受ける。
誰が四人目か分からない時は
「四人立ってます!」
と全員が注意を受けるので、悪くない三人も巻き添えをくらい、四人全員が
「失礼しました!」
と謝らなければならなかった。
もちろん、その全員がホームルーム帳に書かなければならなかった。
他にもリズムを取ってはいけないとか体を使って表現してはいけないなど細かな決まり事が沢山あって、がんじがらめ状態だった。
なので最初の頃は言葉を発する事も出来ないし、基本的に大人しく座ってる事しか出来なかった。
中でも一番きつかったのが、絶対に笑ってはいけなかった事だ。
笑う事はおろか、ニヤけるだけでも厳しく他生に注意された。
唯一笑っていいのは、先生が冗談を言った時だけという、理不尽極まりない決まりだった。
喜怒哀楽で許されるのは哀だけであったが、誰も好き好んで哀しみたくなどなかった。
俺はこれらの決まり事を聞いて、これは更正などでは絶対にないと思った……。
みんなは気付いてるのか分からなかったが洗脳に近いと思っていた……。




