二回目の鑑別所
被害者に俺の顔を直接見せる為に、上尾警察署内にあるマジックミラーのある部屋に連れてかれ、立たされた。
俺のいる部屋からはただの鏡にしか見えなかった……。
「おまえより全然年上の被害者が、おまえの顔を見て、やられた時の事を思い出して恐怖を感じたと言っていたぞ!」
そんな事を言われても俺は何も思わなかった。
というか、俺は強盗だった事がショックでその事ばかり考えていた。
取り調べも半分、上の空だった……。
道具を使っただけで、こうまで違うのかと思った。
今まで散々やってきたカツアゲだって殴ってきてるのに、警察に捕まった事はなかった。
今回だってモンキースパナを使った三回の事件以外いっさい聞かれていない……。
事件にすらなっていないのだ。
確かにモンキースパナを使った一件目は、顔が切れてしまったからやり過ぎたとは思うが、他の二件に関しては軽く殴ったので、殴るのと変わらないと思った。
強盗致傷じゃどう足掻いても出れないと思って諦めた。
しかも次は長期少年院だから一年くらい出てくる事は出来ない。
この時には、犬顔の黒海からようじと竜も捕まった事を聞いていた……。
あの二人を巻き込んでしまって申し訳ないと思った……。
竜は何回か警察の世話になっているので、もしかしたら鑑別所では出られないかもしれない……
と思ったが、考えてみれば俺と一緒にいただけで彼は何もしていない……。
ようじは今まで一度も警察の世話になっていないが、一発殴っている。
普通なら二人とも余裕で出られそうだが、今回は罪名が強盗なので分からなかった。
犬顔の黒海に、イカつい顔の竜から
「俺には良心がある」
って言われて、俺にはそんなものはないと気付いたって話をしたら
「ほお、客観的に自分を考えられるようになったんだな……」
と言われたが意味がよく分からなかった。
犬顔の黒海は、ちゃっかりこのくだりを調書に書いていた……。
別に俺がサインしなければいいだけの話なんだが、どうせ出られない事は分かっていたので、調書の内容なんてどうでもよかった……。
「もう一人いるから仲良くしろよ!」
と上尾警察署の留置場に入れられる際に言われた。
一年も経ってないのに、またここに入れられるとは思っていなかった……。
留置場の中には短髪で体格のいい人がいた。
その人は俺を見るなり
「いや、誰か入って来るのをずっと待ってたんだよ!」
と口火を切ると、話が止まらなかった……。
元々、話をするのが好きな人なんだろう……。
兄と同い歳の三つ年上の人だった。
地元が大宮で、予科練という暴走族の元総長だと言う。
予科練は有名だったので俺も知っていた。
中学時代に宮原駅前のゲーセンに乗り込んだ時に予科練と間違われたし……。
「太い腕してんなあ?」
と不意に言われたが、いやどう見てもあなたの方が太いでしょ!
と思ったが嬉しかった。
俺達は、お互いの地元の事や事件の事など語り明かした。
その為、本来なら捕まったばかりで一番落ち込む留置場生活が、楽しく感じられた。
竜もようじも否認はしなかったようで、延長される事なく二日後には浦和鑑別所に送られた。
鑑別所は二回目なので、やる事も分かってるしはっきり言って余裕だった。
どうせ少年院行きは確定なので、課題は適当にやり、漫画が借りられるようになるまで張り絵ばかりやっていた。
張り絵は、最初の下書きの絵さえ書いてしまえば、後はひたすら折り紙をボールペンでちぎって張るだけなので、考える事に集中できた。
つまり俺に取ってはテトリスをやってる時みたいなものだ。
ボールペンで突っつき続けるので、なくなったと思っていたインクがたまに復活して折り紙が黒くなる事があった。
俺は張り絵をやりながら、黄色の事を考えていた。
今度は一年近く戻ってこれないし、待っててはくれないだろう……。
付き合っていれば、待っててくれた可能性もあるが、それは可哀想なので、付き合わなくてよかったと思う。
いや、彼女が出来ると焼きそば頭と同じで俺も彼女とべったりになるので、何か変わったかもしれない。
どっちにしろ、黄色よ、振り回してばかりで申し訳ない。
そう思って、鑑別所では自由に手紙が出せるのだが書かなかった……。
ちなみに一回目の時は、一ヶ月ですぐ出れると思ってたから手紙を出さなかったので、今回とは意味合いが違った。
両親が面会に来た。
二人とも当たり前だが元気が無かった。
父が金額は言わなかったが、多額の慰謝料を払ったと嘆いていた……。
きっと顔を切ってしまった一件目だと思って、悪い事をしたと思った。
一週間しない内に、三人部屋へ移動になった。
二人すでに部屋にいて、二人とも三つ上だった。
一人は上尾の留置場で一緒だった人の共犯者で、元予科練の副総長の人だった。
この人は無口なほうで、ずっと漫画ばかり読んでいた。
怒らすと恐そうな雰囲気を醸し出していたので、俺はあまり話し掛けなかった……。
自分のが読み終わると、本当は駄目だが俺ともう一人から漫画を借りて読んでいたので、単に漫画を読むのが好きなだけかもしれない。
もう一人は坊主に金髪で体格のいい人だったが、ひょうきんで面白い人だった。
同じく体格がよくて面白い、地元のタイ米先輩を思い出させた……。
坊主に金髪の人と話していくと、水府学院(一回目の少年院)で正月明けに俺と一緒に集団寮に移った人と友達だという事が分かり、一気に話に花が咲いた。
彼は友達が少年院ではどんな感じだったか知りたがり、逆に俺は彼が外ではどんな感じか知りたかったので盛り上がった。
けっこううるさかったと思うが漫画を読んでる元予科練の人は特に何も言ってこなかった。
先生にも注意されなかった。
風呂の日、イカつい顔の竜が俺の部屋の前を通ろうとしたのが見えたので
「おい!竜!竜!」
と声を掛けると、
「おお!」
という顔をしてピースしてきたので、俺もピースした。
同じ部屋の坊主に金髪の人が
「え?あれが共犯者?」
って驚いてたけど、なんでかは聞いてないので分からなかった。
鑑別所に来てから二週間くらいして、俺だけが部屋を移動になった。
移動した部屋は、また三人部屋だったが一人しかいなかった。
部屋に入ると、その人は俺の顔を見てなぜか驚いた顔をした。
眉毛と髪型がヤンキーで、なんだか愛着のある顔をしていたが俺は見た事がなかった。
若そうに見えたので同じ歳くらいかと思って最初はタメ口を使ってしまったが、二個上だった。
驚いた理由を聞いたら今度は俺が驚いてしまった。
去年の十二月に鑑別所で同じ部屋になった奴に似てたから本人かと思ったらしい。
それは兄の事だった。
俺と兄はそんなに似てないと思っていたのだが、そう思われたのなら見る人が見れば似てるのだろう……。
しかも地元が熊谷で、俺が少年院で一緒に卒業した平川の先輩だと言うからさらに驚いた。
彼は何で捕まったか忘れたが、捕まる時に警察と喧嘩になってぶん殴ったと言っていた。
そっちのインパクトが強過ぎて何で捕まったのか抜けてしまったのだ。
俺は最初、絶対嘘だと思ったが、両拳の生傷を見て本当っぽいと思い、信じた。
彼は千葉の市原学園に入ってたとの事だった。俺の入っていた水府学院と同じ短期少年院だった。
十二月に鑑別所にいて、短期少年院に入ってまたここにいる、俺と全く同じサイクルのこの人に親しみを感じてしまった……。
出たら兄も含めて遊ぼうって事になって連絡先を記憶した(書いてバレると先生に怒られるので)。
二、三日すると、もう一人部屋に入って来た。
今度の彼は赤城少年院と多摩少年院の二回も長期少年院に入ったという三つ上の人だった。
三つ上で赤城少年院と言えば!
水府学院で俺の事をいじめてきた池田が前回赤城少年院にいたと言っていた事を思い出した。
その人に池田という人がいなかったかと聞くと
「ああ、髭の濃い池田?」
と言ってきたので間違いないと思った。
俺がまた捕まった事により、彼の言ってた事が本当だと証明されたが別に全然嬉しくなかった……。
そして中学生の頃から髭が濃かったんかい!
と思った。
というか、今回はどいつもこいつも俺とゆかりのある人間と関係してる人ばかりじゃないか!
と思い、世間て狭いんだなって思った。
長期少年院の事は聞いた事がなかったので、その彼に色々と教えてもらった。
どうやら赤城少年院は基本的に中学生しかいないから特殊みたいだった。
敬語も使わなくていいとの事だ。
もう入る事のない赤城少年院より、これから行く可能性のある多摩少年院の方が気になった。
でも口で聞いてもあまり分からなかった。
そもそもこの人は、短期少年院に入ってないから比較が出来ないのだ。
内容的には期間が長いだけで、あんまり変わらないという印象だった。
兄の入ってる小田原少年院に行きたかったが、兄弟は別にされるとの事……。
多摩少年院、喜連川少年院、茨木農芸学院の三つが濃厚という事だった。
それは平川の先輩も同じだから、俺らは一緒になるかもしれなかった。
なんか、名前の響き的に茨木農芸学院は嫌だなって思った。
さらに少年院の中では最も犯罪傾向が進んでる少年が行く八街少年院とほとんど個室で過ごすという特別少年院の久里浜少年院、この二つの少年院は水府学院でもよく先生から聞かされていた。
多摩少年院を出たこの人は、次は小田原少年院か八街少年院が濃厚と言っていた。
俺は二回も長期少年院に入ったこの人でも久里浜少年院には行けないのかと思った……。
俺達は仲良くなり、夕方の点呼の音楽(キューピー三分クッキングのテーマ曲)に合わせてノリノリで踊ったりしていた。
だが、平川の先輩が自由時間に寝ていたのでいたずらしてやろうと思ってまつ毛を引っ張ったら
「何すんだ!てめえ!」
と怒られたので反省した。
調子に乗りやすいのが俺の悪い所だった。
多摩少年院に入っていた人も調子に乗りやすいのか、おもむろに立ち上がり、二段蹴りを披露し出した。
劇団スクールで空手を習っていたから分かるが、なかなかの二段蹴りだった。
俺もテコンドーの技を披露しようとしたが、狭いから土壇場でやめた為、ハッタリだと思われたかもしれない……。
三週間が経ち、審判まで残り一週間を切ったところで、俺と平川の先輩は部屋を移動になった。
四階の部屋に連れてかれた。
前回は四階には来ていないので、四階にも部屋がある事すら知らなかった。
俺の記憶している限り、四階には三部屋しなかった。
真ん中に四人部屋で、その両脇に個室が一部屋ずつあった。
俺は集団部屋に入れられ、平川の先輩は隣の個室に入れられた。
俺は話し相手が欲しかったのでラッキーだと思った。
ちなみに三階には十人くらい入れる大部屋が二部屋くらいあって、噂では比較的罪が軽い者が入るらしいが、俺は一回も入った事がないので本当かは分からなかった。
部屋に入ると坊主の人が一人だけいた。
鑑別所では申請すれば坊主にだけはする事が出来るのだ。
実際にはほとんど意味ないみたいだが、裁判官の心証を少しでもよくしようとして坊主にする人がたまにいた。
前回の俺みたいな場合は意味があったかもしれない……。
坊主の人は平川の先輩の共犯者で、一個上の人だった。
つまりこの人も平川の先輩という事になる。
この人は今まで同じ部屋だった、この人と同じ歳の人が気に入らなかったらしく、すごく怒っていた。
鑑別所で怒るなんて相当だったんだなって思って話を聞いてると、秩父の「舞姫」だかって暴走族をやってる……、
と言い出したのでそれってもしかしてって思った。
「それってもしかして◯◯(戦国武将と同じ名前)って言いません?」
「え?知り合いなの?」
俺にまで怪訝な顔を向けてきたので
「あっいや、前回ここで同じ部屋になっただけです。」
俺はそんなに嫌な奴ではなかったけどな……って思いながら続けて
「というか彼は俺と同じ歳ですよ!」
というと
「はあ?」
とさらに怒り出した。
「自分、前回中学生だったから中学生同士しか同じ部屋にならないので間違いないですよ!」
「あの野郎……」
彼は坊主頭に血管を浮かべてプルプルと震えながらめちゃくちゃ怒っていた。
かつて俺が砂川から
「曽明が痛くないって言ってたよ!」
って言われた時もこんな感じだったのだろうか?
その時、ラジオ(NACK5)から
「岡本真夜のtomorrow」
が流れてきた……。
隣の部屋のもう一人の平川の先輩が音楽に合わせて壁を
「ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドドン!ドン!」
と叩いてきた……。
まるで太鼓の達人のようだと思った。
同じ部屋だった時に、この曲が好きだと俺が言ったからだ。
めちゃくちゃ怒ってる坊主頭の人にノリノリの隣の部屋の人、そして俺、少年院行きが確定している俺らには
「岡本真夜のtomorrow」
はとても切ない曲だった……。
審判の日がやってきた。
少年院行きが確定しているので、前回のように緊張はしなかった。
前回同様、一旦私服に着替えて審判室へと向かった。
両親がすでに来ており、俺が真ん中に座ると裁判官が現れた。
今回は中年の男の裁判官だった。
起立して礼をすると、審判が始まった。
始まって序盤に
「え〜、君には中等少年院で勉強してきてもらうのですが……」
と言われた。
俺は思っていたよりショックを受けて頭が真っ白になった。
さすがに前回程のショックは受けなかったが、楽しかった鑑別所生活から一気に現実へと戻された。
頭が真っ白になっていた為、この後の裁判官の話は全く憶えていない……。