猫と遊んでたろ?
俺と同じ団地内に住む八個も上の先輩の上松さんがなぜか「やっちまーズ」のメンバーとツルむようになっていた。
俺んちの近所に住んでいるので、存在は知っていたが、身長が百八十五センチ弱あっておっかない顔をしているので近寄りがたく、話した事はなかった。
だが話してみると、とても気さくな人だった。
八個も年上なのですごく大人だった。
なんせ中学の時の新任の先生が、二十二歳でこの人より下なのだから、大人なのは当たり前だった。
この八個上の上松さんの紹介で、巨漢の仁村先輩、海岸先輩、タイ米先輩が塗装の仕事を始めた。
巨漢の仁村先輩とタイ米先輩が二日程でやめてしまったので、代わりに今度は俺がやる事になった。
この塗装の会社は、上尾市内で兄弟で経営していて、上松さんの先輩だという事だった……。
兄の方はよく話す人だったが、弟は無口だった。
兄の方は親切に仕事を教えてくれるのでよかったが、弟の方は無口なのであまり仕事を教えてもらえなかった。
海岸先輩が兄の方について、俺が弟の方だったのできつかった。
俺らは見習いなので、ペンキの下地を塗ったり養生したり、古いペンキ落としがほとんどだった。
だけど、現場が近いので朝もそんなに早くないし、終わりも夕方には帰れるので、俺は続けられる気がした。
一週間ほどやって今度は海岸先輩がやめてしまった……。
だけど、海岸先輩がやめた事により兄の方に仕事を教えてもらえるようになったので、その点はよかった。
仕事が終わり会社に戻ると、しょっちゅう八個上の上松さんが会社付近で待っていた。
海岸先輩がやめた次の日、会社付近で待っていた上松さんの車に乗せられ、上尾駅前へと向かった。
その日の上松さんは、なんだか機嫌が悪かった。缶ビールの五百ミリ缶を飲みながら運転していた。
上尾駅前に着くと、いつものように大型ゲームセンターの前に「やっちまーズ」のメンバーがたまっていた。
塗装の仕事をやめた巨漢のI先輩はいなかったが、タイ米先輩と海岸先輩はいた。
上松さんが缶ビールを片手に持ちながらグビッと一口飲んで二人の方へツカツカと歩いて行った。
二人に近付いたかと思うと、缶ビールを思いっきりタイ米先輩の顔に投げつけた直後、今度は海岸先輩を思いっきりぶん殴った。
俺は、わお!
と思った。
上松さんの高身長から繰り出される大振りのパンチも、最初の至近距離からの缶ビール投げ攻撃もどっちも痛そうだった。
「てめえら!何仕事バックレてんだよ!」
上松さんはぶちキレていた。
二人は反撃する事なく説教を聞いていた。
上松さんと一緒に来た俺は気まずいので、たまたま近くにいた野良猫を追いかけて遊んでいた。
説教を終えた上松さんは俺を残して帰っていった。
説教された二人は少ししょんぼりしていたが、海岸先輩が
「おまえ、俺らが説教されてる時、猫と遊んでたろ?」
とバッチリ見られていたが、それ以上は何も言って来なかった……。
休みの日、「やっちまーズ」のメンバー数人と八個上の上松さんとで上尾市内の丸山公園に行った。
公園の真ん中付近に食堂みたいな屋寝付きの場所があり、夜は店がやってないので溜まり場として使えた。
その時、おしゃべり好きの山先輩がいたのは間違いないが、あとのメンバーははっきり憶えていない。
しばらく話した後、八個上の上松さんが突然覚醒剤の入った小袋を出してきた。
空き缶の底の部分だけ切り取った物を出し、そこへ覚醒剤を入れると、ライターであぶり出した。
ストローを沢山持っていたので、俺達も興味本位で吸ってみた。
煙が逃げてうまく吸えなかったので、あまり効果を感じられなかった……。
おしゃべり好きの山先輩が
「タバコがめちゃくちゃうまく感じる」
というので俺もタバコを一本もらって吸ってみると、確かにタバコがうまく感じた。
タバコを吸いながら二人で歩いていると、なんだか体が軽くなったような感じがした。
だけど、それだけだった。
さすがに上松さんもまずいと思ったのか、それ以降は覚醒剤を出してきた事はなかった。
上尾は反社会的勢力の人から薬物は禁止だと言われているのでバレたらまずいのだ。
俺はこの覚醒剤の一件から、仕事帰りにしょっちゅう待ってる上松さんは、必ず俺をカモにしてくると思い、仕事としてはいい条件だったが塗装の仕事をやめざるを得なくなった……。
俺も仕事をバックレた。
その後上松さんに会った時、ローキックしてきたので足を上げてガードした。
不思議な事にそれ以上はやられなかったので、海岸先輩とタイ米先輩は、俺をずるいと言っていた。
俺と海岸先輩は働いた分の給料を取りに行った。
巨漢の仁村先輩は取りに行かないと言っていたので、巨漢の仁村先輩には内緒で、仁村先輩の分ももらって、海岸先輩と二人で分けた。
ちなみにタイ米先輩は前借りしていたので給料は残っていなかった……。