早く出てえな……。
出院した日に必ず担当の保護観察官に会いに行かなくてはならなかった。
出てきた日だし、これをバックレる人間はなかなかいないと思う。
保護司にもこの日に会いに行くべきなんだが、保護司の場合は電話して都合がつけばでよく、保護観察官のように確実に行かなくてはならないわけではなかった。
浦和の保護観察所に行き、保護観察官の話をして、今後どのような生活を送る予定なのかを説明した。
俺はすぐに働くつもりだったので、その旨を伝えた。
職種は特に決めていなかったが、求人募集のチラシを見て探すつもりでいた。
保護観察官は両親だけでなく、おばあちゃんにまで、話を色々聞いていた。
約半年振りの地元の上尾はすごく懐かしく感じた。
やはり地元が一番いいなって思った。
塀の中から出てきたという実感がようやく感じられた。
保護司にも連絡し、家まで行って簡単に挨拶してきた。
「今後、よろしくお願いします」
といったところだ。
保護司は俺が住む団地から一キロ圏内に住む六十歳くらいの男の人で、口数は少ないが優しそうな人だった。
このまま家に帰るのかと思いきや、母方のおばあちゃんの住む叔父さんの家に、おばあちゃんを送りがてら、今日は泊まると両親が言い出した。
叔父さんの家は、同じ埼玉県だが鳩山町なので一時間以上かかる。
今日にもサッカー部の今町に会いに行って五万円返してもらう予定でいたので、これにはガッカリしたが、仕方なかった……。
叔父さんの家に行き、大人達が酒を飲んでワイワイやってる隙に俺はとりあえず、近くのコンビニに行ってタバコとライターを買った。
捕まる前はやめていたのだが、なんだか出てきた実感をより感じたくて、少年院の中では絶対に出来ない事をあえてしたくなったのだ。
ぶんた(セブンスターの事)にライターで火を点けて吸い込み煙を吐き出すと
うめえ〜!
めちゃくちゃタバコがうまく感じた。
この一箱でまたやめるつもりだったが、やめられる自信がなくなるくらいうまかった。
タバコを吸い終わり、叔父さんの家に戻ると、こっそり電話の子機を借りて元サッカー部の今町の家に電話した。
「おお〜!三頭脳、出て来たんか?」
元サッカー部の今町は大げさに驚いて見せた。
「ああ、今日出てきたばっかだ!例の物はちゃんとあるんだろうな?」
言ってるうちに、なんか薬物でも預けてるような感覚になってしまった。
「あ、いや、それがよ……」
なんだか、不吉な予感がしてきた。
「あ?なんだよ?」
「いや、大島君(元太平中の頭)がさ、俺が預かるって言うから渡したんだよ!」
「はあ?ふざけんなよ!おまえ!」
「い、いや、三頭脳と仲がいいし大島君ならいいかなって思って!」
「おまえ!もし大島が使い込んでたら、最悪おまえから取り立てるからな!じゃあな!」
もうとりあえず、元サッカー部の今町には用がなくなったので、電話を切って、すぐに大島にかけた。
「まじかよ!本当に三頭脳かよ?早いじゃねえか!」
大島は元サッカー部の今町より大げさだった。
「おい!大島!俺の金持ってったんだって?ちゃんとあるんだろうな?」
「あ?ああ、ごめんごめん、こんなに早く出てくると思わなかったからちょっと借りただけだよ、ちゃんと返すからさ」
大島は全然悪びた様子がなかった。
そしてどうやら五万円の内、四万は大島が使い、五中の頭が一万円使い込んだらしい……。
俺はこの瞬間から大島の事が嫌いになった……。
「明日、会いに行くからよ!また明日連絡する」
「いや明日学校だから終わったらこっちから三頭脳の家に連絡するよ!」
どうやら大島は親友エバと同じ上尾市内の橘高校に入学したようだった。
ろくに学校に行ってなかった大島でも受かった橘高校っていったい……と思ったが今はどうでもよかった。
今日はこれ以上話しても埒があかないので電話を切った。
なんだか出院したばかりだというのに、幸先悪いスタートになってしまった。
ふざけやがって大島の野郎!
怒りに俺は震えていた。
次の日、自分の家で
「JUDY&MARY」
のCDを聴きながら、約半年分話が進んでしまった漫画の連載の続きを買ってきて読んでいると、午後わりと思ったより早い時間に大島から電話があった。
「茶坊主に迎えに行かせるから待っててよ!」
とだけ言って大島は一方的に電話を切った。
俺が行った方が早いのに、なんで茶坊主がわざわざ迎えに来るんだ?
と不思議に思ったが、漫画もまだ読み終わってないし
まあいいか……と思って深く考えなかった……。
坊主が延びたような髪をスプレーで固めて立たせた。
まだそれくらいしか出来なかったのである。
でも、髪がいじれるっていいなって思った。
服はヤンキー服しか持ってなかったので、とりあえず出て来たばっかりだし地味目な服を選んだ。
用意だけして、漫画の続きを読んでいると、程なくして茶坊主がやってきた。
「親分、出所おめでとうございます!」
とふざけてきたが面倒臭かったので
「おう!」
とだけ言って茶坊主が乗ってきた自転車の後ろに乗った。
大島の家まではかなり遠い。
やっぱりわざわざ迎えに来るのは不自然だなと思った。
茶坊主の家が俺んちの近くならまだ分かるが、茶坊主の家はどちらかと言うと大島の家の方に近い。
大島の家に着くと、イカつい顔の竜もいて
「おお、三頭脳久しぶり!」
そう、これくらいのリアクションでいいのだ。
あと見た事ない女の子がいて
「ああ、これ高校で知り合った俺の彼女」
と大島が紹介してきた。
まだ五月なのにもう彼女作ったのかよ!
と思ったが、ペコッと頭を下げといた。
鑑別所や少年院の話を俺がしたり、俺がいなかった半年間の上尾の話を聞いたりして話は盛り上がった。
その途中でつい少年院の中にいた時の口癖で
「早く出てえな……」
って言ってしまった時は
「シ〜ン」
となってしまった……。
俺も恥ずかしくなった。
夕方になって突然大島が
「まだ出てきたばっかりだから、今日のところは早目に家に帰った方がいいんじゃないのか?」
と言ってきた。
大島がそんな事を言うなんておかしいなと少し違和感を感じたが
「まあそうだな。じゃあ今日はそろそろ帰るよ!茶坊主頼む!」
茶坊主が迎えに来たのだから、当然茶坊主に送ってもらわないと帰れない……。
「はいよ!」
となぜか元気な茶坊主……。
こいつは、あんなに散々いじめたのに、俺を憎んでないのか?
何なんだ?
とまるで理解が出来なかった……。
本当はイカつい顔の竜に、例の野球部の曽明の家放火計画を相談したかったが、今日はみんながいるのでやめといた。
俺は茶坊主が漕ぐ自転車の後ろに乗りながら、上尾西口の景色を久しぶりに楽しんでいた。
すると茶坊主が
「そういや、江林さんがさ……」
と俺が捕まってる間に、もう別れたらしいが、親友エバと俺の元彼女の早紀が付き合っていたと教えてきた。
俺はそれを聞いて、エバよりもこの茶坊主がムカついて仕方がなかった。
こいつが余計な事を言わなければ知らずに済んだのに……。
口の軽過ぎるこいつは、やっぱり疫病神だと思った。
エバに対してもモヤモヤしたが、これは宿命だと思って竜のように、とりあえず黙っている事に決めた。
と言うより、茶坊主にだけは踊らされたくなかった……。
しばらく走ると、茶坊主があきらかに遠回りというか、不自然な道を進みだしたので
「おい!なんでこっちから行くんだよ?」
「いいじゃん!こっちから帰ろうよ!」
どうせ漕ぐのはこいつだし、まあいいかって思って放っておいた。
茶坊主は広い道と団地エリアを繋ぐ道を曲がった。
そのまま進んでいくと、左側から五、六人くらいの男達が現れた。
フスマ軍団だった。
もちろんフスマもいた。
元野球部の曽明がいたらどうしようかと思ったけど、いなくてよかった……。
「久しぶり!」
とか
「出てきたんだ?」
とか、みんな一斉に話し掛けてくるから何言ってるかわからなかったが、意外とこの人達も俺と会いたかったのかな?
って思って悪い気はしなかった……。
奥に座ってる人がいて、女なのは分かったが暗くてよく見えなかった。
少し話してから俺と茶坊主は、俺んちへと向かった。
俺んちに着くと、なぜか茶坊主まで俺んちに付いてきた。
「卒業アルバムでも見ようよ!」
と言って来たので、そういや俺もじっくり見ていなかったから
「ああ」
と返事して卒業アルバムを取り出した。
一組は軽く見て飛ばした……。
茶坊主のクラスに興味などない。
二組……焼きそば頭は短ランでずるいなって思った。
なかなか目立っていた。
理美、記念すべき俺の初めての彼女だ。
二人で学校からほとんど何も話さないで一緒に帰った時が遠い昔のように感じられた。
だけど、学校から家まで二人だけで帰ったのは理美だけだったからいい思い出だった……。
というより、結局同じ中学校で付き合ったのは理美だけだった。
そして美人顔の舞、相変わらずムカつくほど可愛かった。
だがどこに進学したかも知らないし、家も遠いのでもう会う事はないだろう……。
黄色と仲がいいから誰にも聞くわけにはいかないし……。
三組..黄色..黄色はお互いの家に電話するほど仲がよかったし、家も近いから必ず会うと分かっていたので、そこまで何も考えなかった。
四組……ちょうど斜めに並ぶような配置にいたせいか、自分でもよく分からないけど、元生徒会長と蛍と元野球部の曽明の三人を直線でなじるように指さしてから
「こいつら嫌い」
と言った。
すると、茶坊主が
「本当は好きなんだろ?」
と言ってきた。
俺は三人を一括りにしたが、絶対に野球部の曽明だけは好きではないので
「は?そんなわけないだろ!」
「またまたぁ、蛍ならさっきフスマ達と一緒にいたよ!」
「好きじゃねえし!嫌いだし!」
「嘘でしょ?」
「嘘じゃねえよ!俺が好きなのは黄色だよ!」
「え?」
茶坊主は
そんなはずはない!まじかよ!
という顔をした。
そして、まだ五組と六組が残っているのに途中で帰って行った。
俺は茶坊主に図星をつかれたが、こいつにはどうしても認めたくなかった。
なんでこいつに、こんな事を言われなければならないのだ……。
それにもう蛍の事は完全に諦めていたから、奥底にしまった物をこんな奴に引き出して欲しくなかったのだ……。
だけど今思えば、口の軽すぎる茶坊主に
「嫌い」
は言い過ぎたかもしれない……。