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底から出てもそこは底  作者: 三頭脳
一回目の少年院
66/117

水府学院 その④(三人だけの卒業式)

 

 俺が一級下後期生になった頃、某宗教団体によるテロ行為が連日報道されていた。

 先生が俺達にも分かるように、特集を録画して見せてくれた。

 思っていたよりすごい事になっていたので、驚いたのを憶えている。

 

 駅伝大会が行われた。

 俺はさすがに駅伝大会は死んでしまうかもしれないので、心臓病で医者から止められている事を先生に伝えた。

 なので、駅伝選手に選ばれなかった院生が、全員で走るマラソンの方に参加する事になった。

 こちらも駅伝と同じく二キロ半だが、個人競技なので自分のペースで走る事が出来るから無理をしないで済むというわけであった。


 駅伝が一チーム四人で、各寮から二チーム出るので、マラソン参加者は二十五人くらいだったと思う。

 

 「よ〜い!バン!」

 ピストルが鳴ってスタートした。

 グラウンドをさらに大回りして、一周三百メートルなので八周ちょっとだった。


 俺はスタートした瞬間、一番前に躍り出た。

 誰もが飛ばし過ぎだと思っただろうが、みんなが遅すぎるだけで、これが俺の走るペースだっただけだ。



 ずっと一人で独走状態だったので、孤独な戦いだった。

 最後の一周になって、一人だけ追いついてきた。

 残り半周でラストスパートをかけると、追い付いてきた院生も張り合ってきた。

 俺はなんとか競りかった。

 俺と同じ四寮の院生達がゴール付近で一列に並んで祝福しようと待っていてくれた。

 もう勝利を確信してピースしてアピールしていたら、みんなが

 「後ろ!後ろ!」

 と、言い出して教えてくれたが、時すでに遅しでゴール直前で先ほどまで俺と競ってた院生に抜かされてしまった。

 めちゃくちゃ悔しかった。

 詰めが甘かったのだ。

 

 ゴールして

 「よく頑張った!」

 と言ってくれた先生に

 「悔しいです!」

 と最初に言ったほどだ。


 結果的には駅伝選手の遅い方の人達と同じくらいのタイムだった。

 二位になってしまったのは悔しかったが、これには満足した。

 

 そういえば、噂の暴れた中学生が転寮してこないと思っていたら、彼はまさかの三寮生(特修短期生)だった。

特修短期なのに暴れるなんてわがまま過ぎる!

 と思った。

 三寮生は髪を切らなくていいのだが、彼はリーゼントパーマをかけており、見事なヤンキーだった。

 何があったかは知らないが、暴れた噂とは違い、普通に院生活を送ってるように見えた。

 話してみたかったが三寮生とは関わる機会が全くないので、話す事は出来なかった。

 

 元五寮の中学生は出院していった。

 卒業式に間に合った彼が羨ましくて仕方がなかった。

 一人いなくなったが、三寮生の彼も卒業式までに出れないので、結局院内で卒業するのは三人になった。


 

 院内の卒業式では、一人ずつ卒業の感想と今後の決意を述べなくてはならないので、リハーサルが何回か行われた。

 四百字文字原稿用紙にして、二、三枚分くらいだが、俺は全て暗記した。

 というのもこの少年院では、読書感想文発表会と意見発表の内容を全て暗記して発表するという風習があったので、その練習でもあったのだ。

 読書感想文発表と意見発表は四百字文字原稿用紙、五枚以上なので、これくらい覚えられないと話にならない。


 リハーサルの時、先生が見てない隙があって、三寮の彼に、地元が熊谷の平川が

 「すごい髪型だね?その髪?リーゼントパーマだよね?」

 と声を掛けると

 「え?これ、ただの天パーだけど……」

 それには俺も平川も

 「え?」

 となった。

 俺は

 ってことは、この人生まれながらのヤンキーじゃねえか!

 と思った。


 俺が

 「地元どこなの?」

 と聞くと

 「小山だけど」


 「小山って栃木だよね?俺栃木スペクターの集会に参加したんだけど!」


 「え?とちスペの集会に参加したの?」


 「そうなんだよ、清水川さんとか南寺さん知ってる?」


 「…………」


 「そりゃそうだよね……、栃木って言っても広いから知らないよね」


 この会話に地元が熊谷の平川は驚いていた。

 俺は言ってないので、俺がヤンキーだったとも思ってなかったのかもしれない……。

 

 そこで先生が近寄って来たので、それ以上は話せなかった……。



 卒業式の当日となった。

 約束通り、担任の先生と校長が来てくれた。

 俺の両親と母方のばあちゃんも来ていた。

 三人だけの為に、三人の校長が参加するというレアな裏卒業式が始まった。


 全て覚えたはずの自分が話した内容は全く憶えていないのに、三人の中で一番古い熊谷の平川が代表して最初に挨拶した冒頭だけはなぜか一字一句憶えている。

 

 「うららかな日差しが溢れるこの頃、今日は私達三人の為に、このような卒業式を挙行して頂き、誠にありがとうございます……」

 である。

 この挨拶が終わって、俺達が一人ずつ自分の校長から卒業証書を受け取り、卒業の感想と今後の決意を宣言した後、なぜか三校を代表してうちの校長が挨拶した。

 最後はもちろん院長が挨拶して、卒業式は終わった。

 

 ばあちゃんは泣いていた。

 それを見た熊谷の平川は

 「ばあちゃんに喜んでもらってよかったな」

 と何やら意味深な台詞を言ってきたが真意は分からない……。


 卒業後は来てくれたみんなと面会の時間を設けてくれた。


 担任の先生が、開口一番、俺の発表が一番よかったと言ってきた。

 俺はこの先生、前までは男勝りの気の強い先生としか思っていなかったけど、けっこう親バカ気質があるのかなって思った。

 本当にそう思っただけかもしれないが……。


 担任の先生から卒業アルバムと色紙を渡された。

 色紙は同じクラスのみんなからの寄せ書きだった。

 担任の先生が

 「私は何も言ってないのに、クラスの子達が自分からやりだしたんだよ」

 と言ってきた。

 全員ではなかったが、嬉しかった。

 ただ、フスマからのメッセージが一言

 「あばよ」

 だけだったのは少しムカついたが……。

 この色紙は今も持っている。


 じっくり見たかったが、それより卒業アルバムが見たかったので、卒業アルバムを開いた。

 みんなが見ている前なので、俺は自分のクラスの五組を開くのを一ページ間違えたフリして、四組を開いた。

 すぐに目的物が見付かり、一瞬だけだったが蛍が見れた。

 三ヶ月半ぶりに見た蛍は笑っていてとても可愛かった。

 二年生の終わり頃から、ずっと悲しい顔ばかりしていたので、笑顔が見れて嬉しかった。

 たった三ヶ月半前は同じ学校に通っていたのに、なんだか遠い昔の事のように思えた。

 そして、それはもう二度とやってこない。

 無意識の内に最初に蛍を見たという事は、やはりこれが俺の答えなんだと思った。

 高校に行けば、めちゃくちゃモテる彼女を他の男が放ってはおかないだろう。

 俺にチャンスはもう来ない。

 と言うより、少年院まで来てしまった俺を相手にしないだろう……。

 俺は完全に諦め、彼女の幸せを願った……。

 


 気を取り直して、自分のクラスの五組を開いた。

 俺は目立つのですぐに見つかった。

 兄の、直接写真屋に行って撮ってくるという作戦は、思わぬ効果を生み出していた。

 俺だけ背景の色がみんなと違ったのだ。

 そこに写ってる俺は本当に俺なのかと思った。

 最近は坊主頭で眼鏡を掛けている姿しか、鏡で見ていないので、別人に見えたのだ。

 バッチリ決めたリーゼントに、垂らした前髪だけ茶色というか、オレンジがかったような色、まるで前世の自分を見ているような感覚だった。

 

 それを見た少年院の先生が

 「カッコいいじゃないか!」

 と言ってきたので、熊谷の平川にも見せたかった。

 熊谷の平川の方を見ると、平川も楽しそうに面会者と話していた。

 まあ見せるのが許可されるわけがないので、すぐに諦めた。

 

 俺のばあちゃんはずっと泣いていた。

 あとは何を話したのかよく憶えていない……。

 

 こうして俺は中学校を卒業した……。


 少年院の先生から、わざわざ来てくれた校長先生にお礼の手紙を書くように言われたので、俺は手紙を書いて出した。


 手紙はすぐに返ってきた。

 内容はほとんど憶えていないが、一文だけは衝撃的だったので憶えている。

 そこには

 「三頭脳君が、担任の先生は女の先生がいいと言うので、三年間女の先生にお願いしました」

 と書かれていたのだ。

 俺は

 え?俺がいったいいつそんな事言ったんだ?

 と思った。

 言われてみれば、担任どころか副担任まで三年間、女の先生だった。

 でもそれを言ったとしたら、俺が小学校六年生の時でないとおかしいのだ。

 小学生の時はずっと女の先生だったので、中学校でも女の先生がいいとは確かに思っていた。

 別に男の先生が嫌だったわけではなく、単に連続女の先生記録を伸ばしたかっただけだし、そんな事がまかり通るとも思っていなかった。

 言った事があるのは憶えていたが、それを校長に伝えられる人物となると限られてくる。

 親か兄しか思い付かなかった。

 何にしても、こんな事がまかり通っていたなら、校長に頼んでいれば、同じクラスになりたい生徒と一緒になれたかもしれない。

 しかし、今さらそんな事を考えても仕方のない事だった。

 だけど、この件はかなり驚いたので憶えている。

 もしかしたら、テニス部の顧問が俺を目の敵にしていたのは、この件はが原因だったのかもしれないが、答えは分からない……。


 

 卒業式が終わって二、三日後、地元が熊谷の平川は出院準備寮へと移って行った……。

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