寒い夜だから……
学校が終わって家に帰ると、兄が原付バイクを盗んだと俺に言ってきた。
窓から見ると車道の所に白い原付バイクが停めてあり
あれがそうか!
と気付いた。
そのあと
「俺は眠いから寝る」
と兄が言って寝たので、俺はしめしめと思って勝手に兄の原付バイクを乗って出掛けた。
その原付バイクは、俺らの中では
「レア物」
と言われるバイクで、バイク自体は大してカッコよくないのだが、給油口がシートの下に付いており、バールなんかを使えばすぐに蓋を明ける事が出来て、給油が可能なバイクだったのだ。
その原付バイクでどこに行ったかは忘れたが、家に帰ると兄はいなかった。
ヤバい!
俺が勝手に乗っていったから怒ってるかもしれないと思った。
だが兄は夜中までずっと帰ってこなかった。
夜中に警察から電話があり、兄は逮捕されたと父から聞いた。
シンナーを吸って、上尾市内の大型スーパーに盗みに入ったという事だった。
警察の一部隊が動いて大騒動になったとの事だった。
俺はこれを聞いて、色々と悲しかった……。
俺が原付バイクを勝手に乗って行かなければ、兄の運命は変わっていたかもしれない……。
兄は二回目の逮捕なので、きっと鑑別所では済まないだろう……。
だけど、最近はシンナーを毎日やっていたし、これでよかったのかもしれないとも思った。
あのままだと死んでたかもしれないし……。
だがどのみち、一緒に住んでいた人間がいなくなったのは寂しくて仕方がなかった。
俺が住む団地の前のコンビニの横で、たまたまフスマと野球部の曽明と会った。
しばらく話をすると野球部の曽明が
「そうだ、明日夕方から俺んちでお好み焼きパーティーするから三頭脳も来なよ!」
と言われたので
「ああ、気が向いたら行くよ!」
とは言ったが、俺はそういったパーティーに呼ばれたのは小学校以来だったので、嬉しかった。
そして、それなりに楽しみにしていた。
次の日、イカつい顔の竜と遊び、少し迷ったが、竜も例のお好み焼きパーティーに連れて行く事にした。
竜もフスマと野球部の曽明と知り合いだし、仲が悪いわけではないので、別にかまわないだろうと考えたのだ。
野球部の曽明の家はもちろん知っていた。
俺と同じ団地内に住み、百メートルも離れていないからだ。
「ビィ〜〜〜〜!」
家の呼び出し音を押すと、野球部の曽明とフスマが出てきた。
すると、野球部の曽明が俺らを見るなり
「……ごめん、三頭脳、悪いけど、あと一時間したらまた来てくれないか?」
と言い出したので
「はあ?何でだよ!」
と当然キレた。
すると奥から同級生の女子が一人顔を出して来た。
何だよ、女子がいるなら初めから言っとけよ!
俺は怒りを抑えて
「ちっ、分かったよ!」
と言って出ていった。
竜は
「あんなんでいいの(キレなくて)?」
と聞いてきた。
俺の事をよく知ってる竜は、不思議そうな顔をしていた……。
「女がいたからキレるわけにもいかねえしよ……」
と誤魔化したが、俺はこの時、迷いが生じていたのだ。
俺と竜は仕方がないので、上尾市内のファストフード店で時間を潰す事にした。
そのファストフードは、野球部の曽明の家から五百メートル以上離れていた。
その日は、十一月だがすごく寒い日で、俺らの怒りは倍加した。
「TRFの寒い夜だから」
が流行っていた事もあり、俺らはこの日の事を
「寒い夜だから事件」
と名付けた。
特に竜はかなり怒っていた。
それもそのはず、竜は俺が誘っただけで何も悪くないのだから……。
俺も確かに怒ってはいたが、竜ほどではなかった。
というのも、もし俺が竜を連れてった事でこうなったのなら俺にも責任があるし、竜が関係ないとしたら、蛍がいた可能性を感じたからだ。
蛍は俺と話せないので、気まずいから嫌がる可能性は否定出来ない。
一人顔を出した女子が蛍と仲がいい子だったからそう思ったのである。
だがどっちにしても、先に言っておかなかったあいつ(野球部の曽明の事)にも責任がある事は確かだ。
普段は感情ですぐ動く俺なのに、蛍が絡むと何でこんなに色々と考えてしまうのだろうか……。
逆に竜を連れてってよかった……。
竜を連れて行かずに、門前払いされていたら、確実にぶちギレていただろう……。
竜を連れてったという負い目があったから、すぐ引く事が出来たのだ。
一時間経ち、俺らは野球部の曽明の家に戻った。
悪びた様子のない曽明に俺と竜は内心イラだっていた(竜に関しては多分)。
家の中には曽明とフスマと太平中の頭の大島の三人だけがいた。
大島を見て俺は、こいつはよくて俺らは駄目なのかよと、さらに怒りが湧いてきた。
お好み焼きをフスマが作ってくれたが、全然楽しくなかった。
むしろ、来なければよかったとさえ思っていた。
突然、野球部の曽明が何の魂胆か知らないが、アダルトビデオを見せてきた。
一通り飛ばし飛ばし見ると、野球部の曽明が
「女ってこんなに声出すの?」
と俺に聞いてきたので
はあ?おまえ陰で絶対嘘だって言ってただろ!
と思い出し、キレそうになった瞬間、太平中の頭の大島が
「こんなに(声を)出さねえよ」
と言った。
大島は年上の彼女と長い事付き合っていたので、童貞ではなかった。
俺がキレ顔になったのを見てフォローを入れたのかもしれない。
おそらく大島だけは俺が本当は童貞だと気付いていたに違いない。
大島は確か、この時は彼女はいなかったと思う。
竜は終始無言だった……。
おかしな空気をなんとかする為にか、フスマがおもむろに謎の話をしだした。
西中の田中が蛍を狙ってると言い出したのだ。
田中と言えば、小学校の時に一緒だったので知っているが、なんで蛍と接点を持ったのか不思議だった。
蛍と仲のいい生徒会長が、西中生が多くいる塾に通ってるから、生徒会長が紹介したのかもしれない。
それに関しては分からないがこれに対して太平中の頭の大島が
「そいつは俺がやるよ!」
と言い出した。
え?何で大島が?まさかこいつも蛍を?田中もそうだし……。
思考が追い付かなくなって
「田中は俺がやるよ!」
とつい言ってしまった。
竜はいったい何の話だって顔をしてるし、太平中の頭の大島と野球部の曽明は
「何で三頭脳が?」
と疑問を投げ掛けてきた。
しかし、フスマだけはニヤッと笑ったのを俺は見逃さなかった。
確実にフスマは気付いてると俺は思っ……。
でも、ちょうどフスマに相談しようと思っていたので好都合だった。
後日、こいつらは本当に俺の前に田中を連れてきた。
「よお!三頭脳!久しぶり!」
と軽いノリで話しかけてきた田中に対して
「よお……」
と静かに威圧的に言うと、小学校時代とは全然違う俺に、空気を読んだのか、それ以上俺に近付いて来る事はなかった……。
それにしても、蛍はどんだけモテるんだ!
と思った。