全員でかかれ!
フスマが突然俺の席までやって来て(いつもこいつは突然だが……)
「み、み、三頭脳!昨日、蛍んちの前で事故らなかった?」
あなたは馬鹿ですか?
そう聞かれたら答えは一つ!
「……蛍?蛍んちってどこ?」
と答えるしかない。
なぜなら俺が蛍んちを知ってるのはおかしいだろ。
年賀状を出した事はフスマは知らないだろうし……。
すると、フスマはなぜか
「あれ?」
って顔をしたのだ。
そして去っていった。
何だったんだあいつは?
もちろん、俺は蛍んちを知っていた。
蛍と舞は小学校が同じで、一年生の時に舞の事が気になって、その小学校の卒業アルバムを借りて持っていたからだ。
当時は卒業アルバムに住所が記載されていたので、同じ団地内に住む蛍が、どの辺に住んでるのか気になって調べたのだ。
だけど、さっきのは俺が蛍んちを知ってる前提で話し掛けて来たので、芸能スクールで鍛えた演技力でかわしたというわけだ。
とはいえ内心では、蛍の名前を人前で二回も連チャンで発したので、かなりドキドキしていた。
今のはいったい何だったんだろう?
蛍んちの前で昨日俺が事故った?
思い返してみると、確かにフェンスに少し引っ掻けたが、あんなのは俺の中では事故とは言えない。
なぜなら俺はしょっちゅう事故っていたからだ。
中でも、カーブミラーが変な角度で付いてる所があって、自分の姿を誰かがこっちに向かってる姿に見えてしまい、避けようとして思いっきりコケた事があり、あの時はかなり痛かった。
という事は蛍が家から見てたという事……。
それで心配になってフスマに言ったって事?
それとも、ただ単に事実をフスマに伝えただけ?
なんか、テトリスやってないと深く考えられないので、諦めた。
でもなんだか徐々に風が吹いてきてるような気がした。
だとしたら、さっきすっとぼけたのは、よくなかったのかもしれない……。
太平中の頭の大島と約束して、この日は例のタリをぶっ飛ばす日だった。
相手は二人、万が一、二人がかりで来られてもいいように、その日は安全靴を履いてきた。
一旦、太平中の前のコンビニに集合という事だったのだが、なぜかそこには、チーム「ブラッツ」のメンバーの他に、フスマと野球部の曽明がいた。
どうやら太平中の頭の大島が呼んだらしい。
魂胆は分からないが、俺の実力を見せ付けるには願ってもないチャンスだった。
その時
「おい!」
と誰かが声を掛けてきたので、そっちを向くと
……こないだ駅前で乱闘になったロン毛が自転車に乗って一人でいた。
このタイミングでこいつは勘弁してくれよ!
と思ったが仕方ない。
俺の格好を見て(刺繍入りの学ラン姿)
「ずいぶん気合い入ってるじゃねえか!」
俺はその言葉にはウンザリしていた。
どいつもこいつも、気合い、気合いって、俺はそんなに気合い入っていません!
俺は気合いの塊で出来てる人間なんですか?
「あ、どうも、こないだは!」
「どうもじゃねえよ!」
「これから喧嘩なんで今日の所は勘弁してくださいよ」
「またかよ、懲りねえな!まあいいや!じゃあな!」
俺が敬語を使った事で満足したのかもしれない、彼は去っていった。
それに一応殴り合ってるし、俺の経験上、一方的ではなく、殴り合ってると和解しやすい……。
彼が去るとすかさずフスマが
「今の誰?」
「ああ、こないだ駅前で喧嘩したんだよ」
「……なのに、何で敬語なの?」
俺は面倒臭くなって、
「一応、先輩だからな!」
と言って、これ以上聞いてくんなという態度を示した。
どうせ、信じちゃいないだろう。
普通の人間はそんなに喧嘩ばかりしない。
面倒くさかった。
二年生の時に大石中の鹿口と闘った公会堂の広場に移動した。
じきにタリとデブは来ると太平中の頭の大島が言った。
「とりあえず話してみるよ」
と俺はみんなに言い、
焼きそば頭が太めの木の棒を持っていたので、
「それ、後で貸してくれ!」
と言った。
そして、
「ポキポキ……」
と指を鳴らした……。
これは癖だが、今日は気合い入れの意味合いも含まれていた。
しばらくして、現れたのは五人だった。
広場の中央付近まで歩いてきた時に、俺は顔の知ってるタリの所まで歩いて行った。
俺が近付いて行くと、タリの顔が恐怖で歪んだ。
「バキ!」
得意の右ストレートで顔を真っ直ぐ殴った。
そう!
話をする気など最初からなかった。
こないだの茶坊主と同じように下を向いたので、その時に編み出した
「ネリチャギをする勢いで突き上げる蹴り」
をくらわした。
「ゴン!」
タリはぶっ倒れた。
「ゴッ!ゴッ!ゴッ!ゴッ!……」
顔の形が変わるまで、少なくとも二十発以上蹴り続けた。
安全靴なので、タリが死んでもおかしくなかった……。
俺はフスマと野球部の曽明が見ていたので張り切っていたのだ。
その時、焼きそば頭が怒鳴った。
「おまえら、五人全員でかかれよ!」
おいおい、おまえどっちの味方だよ!
って思って、今度はデブの方に向かった。
「土下座しろよ」
すぐさま土下座した。
大石中の鹿口と
「土下座素早さ選手権」
をやらせたらどっちが早いか微妙なくらい早かった……。
こんな奴が早紀とディズニーランドに行ったなんて信じられなかった……。
なんか興ざめして、二、三発、土下座している頭を蹴ってやめた。
次に三人目の元に歩いて行き、またも鼻っ面に右ストレートをくらわした。
「バキ!」
後に鼻の骨が折れたと聞いた
俺は飽きて来たので、みんなの所に戻り、さっき焼きそば頭が持ってた棒で残り二人をやろうとして
「さっきの棒、貸せよ!」
「ごめん、投げ捨てちった!」
と言われ、その時は気付かなかったが、使わせたくなかったのだろう……。
仕方なくタリの所に戻って
「骨を折ってやる!」
とタリの腕を掴んだ所で
「そこまでする必要ねえだろうが!」
と太平中の頭の大島が止めに入った。
こいつが同じ中学にいてくれれば、あんな事件も起きなかったかもしれない……。
その時、俺は頭にある閃きが浮かんだ。
「おい、おまえら、一週間以内に一万ずつ持ってこいよ!」
「分かった」
もうやられたくなかったのだろう、タリが即答した。
俺はあんだけやられて普通にしゃべれるこいつはすげえな!
って思った。
その時、
土下座をやめて普通に立ってるデブと目が合ったので
「何見てんだ?てめえ!」
と言って左側にいたので、左ストレートを顔面にくらわせた。
「バキツ!」
後に、目に当たったらしく、目の充血が長い事、取れなかったと聞いた。
五人はタリを抱えるように去っていった。
だけど、俺はこの時、とんでもない怪物を造ってしまったのかもしれない……。
五人が去ると、フスマと野球部の曽明は
「い、いいもん見せてもらったよ……」
「俺もだよ……」
とはっきり言ってこの二人はビビっていた。
フスマが俺を認めた瞬間だった。
正直、今ならフスマと闘っても負ける気はしなかった……。
警察に被害届を出す事なく、一週間以内に本当に五万円持って来たので、太平中の頭の大島に一万円、焼きそば頭とイカつい顔の竜には五千円ずつあげた。
ムカついてた割に、今いち、やりたりなかったデブだけもう一万円請求した。
竜から、やらなかった二人が
「ウサギのように震えていた……」
と聞き、やられるのと三万円ずつ持ってくるのどっちがいい?
と竜を通して聞くと、迷わず六万円持ってきた。
内訳は忘れたが、みんなに分けた。
何かの漫画で程ほどにしないと駄目だと学んでいたので、それ以上は要求しなかった。
兄から中学一年生の時にもらった、赤い特効服のズボンを持っており、上下揃ってないと意味がないので、裾の長い赤いロングの特効服の上を雑誌の通販で買った。
よくやり方が分からなかったので、品番と商品名、商品代、送料を普通の封筒で出して送ったら、ちゃんと送られてきた。
三万円は学ランの刺繍をさらに入れる為に使わないで取っておいた。
背中に大きく
「祝卒業」
と入れたかったのだ。
もちろん、周りに絵の刺繍なんかを入れてカッコいいデザインに彩るつもりだった。
兄はそれはダサいと言っていたが、おそらく二年生の俺の金髪の時のように、刺繍入りの学ランでは卒業式は出させてくれないだろう……。
そこで俺が考えたのが、刺繍入りの学ランの上に、大きめの標準の学生服を重ねて着て、卒業証書を受け取る時に、上に着ている標準を脱ぎ捨てれば、背中の
「祝卒業」
が出てくるので、盛り上がる事間違いないと思ったのだ。
ついでに金に余裕があれば、ボンタンの後ろにも何か刺繍を入れるつもりでいたのだが……。