団地の秋祭り
「曽明、教科書貸してくれ!」
俺は蛍の隣の席の野球部の曽明にしょっちゅう教科書を借りに行った。
実際は教科書なんか後ろの席のを見るか、寝てればいいのだから、必要なかったのだが、蛍に近付く口実である。
だから蛍の前の生徒会長からもたまに借りたし、ボコボコなんて借りやすかったから一番多く借りた。
挙げ句の果てに、給食の時間は六個の席をくっ付けるので、くっ付けてから給食までの時間をわざわざ狙って行って、ボコボコをどかして、ボコボコの席に座った事もあった。
さすがにこれは緊張した。
なんせ、左前とは言え、蛍と向かい合って座っているのだから……。
それに取って付けたような話で申し訳ないが、生徒会長の前の席の子も、実は一年生の頃に俺の話してみたいリストに載っていた子で、最初は俺の中で蛍と張り合っていた子だ。
結局、俺の中で蛍に軍配が上がったので、ややこしくなるし、書かなかったが……。
ボコボコは、何ていい席に座ってるのかと羨ましくて仕方がなかった。
これが毎日続くなら、この一年間で死んでもいいとさえ思った。
俺がボコボコの席に座ると、生徒会長とは仲がよくなっていたので、普通に話し掛けてきた。
すると、生徒会長の前の席の子も俺に話しかけてきたのだ。
だけど、あんなに以前は話したかったのに、その時の俺は、驚く程普通で何もトキメかなかった。
なので、内容も憶えていない……。
肝心な蛍は何も話し掛けてこなかった。
近過ぎて、顔を見る事が出来ず、表情を確認出来なかったのが残念だ……。
黄色とは相変わらず仲がよかった。
でも俺のせいか、黄色が嫌われてるのか分からないが、黄色は女子にいじめにあってると三組の生徒から聞いた……。
黒板に
「黄色死ね!」
とか書かれていたそうだ。
それは直接見ていないが、俺が黄色と帰ろうとしたら、邪魔してきた女子がいたので、いじめられてるのは本当っぽかった……。
一方、美人顔の舞にもしょっちゅう会いに行っており、俺はこの頃、いったい誰が好きなのかよく分からなくなっていた。
舞の頬っぺたをつねったりして遊んでいたら、特に嫌がる素振りを見せないので、もしかしたらイケるかもしれないと思ったからだ。
だけど1年生の頃に、色々な事を厳しく教えてくれた舞ではなくなっていた……。
何にしても、蛍に話しかけないと先に進めないので、俺は焦っていた……。
兄は美容院で前髪の一部分だけ赤く染めたらしく、カッコよかった……。
まるでヘアマニキュアで塗ったような色だった。
やっぱり美容院で染めると違うんだなって思った。
当たり前だけど……。
俺らの住む団地には二回祭りがあって、一回目は七月にグラウンドで行い、二回目は十月に商店街で行う。
それぞれ、二日間、開催される。
安いから色々食べられるので、俺はこの祭りが大好きだった。
二回目の秋祭りに俺は一人で行った。
行けば知り合いは沢山いるので、わざわざ待ち合わせする必要なんてないのだ……。
兄の代の頭の奥歯さんが友達と歩いていたので、同い年くらいの友達が見つかるまで、しばらく一緒に行動する事にした。
三人で、郵便局がある少し暗くなってる所を歩いていると
「タン!タン!」
と舌打ちが聞こえてきた。
見てみると、こないだ仲良くなったばかりの、元太平中のナンバー三、四のコンビ、とも先輩とタイ米先輩だった。
一緒に親友エバもいたので、いつの間にかそんなに仲良くなったんだ……と思い、合流する事にした、その時だった。
ツカツカと、奥歯さんがタイ米先輩に近付き、
「おい!おまえら、どこの者だ?」
「第二ですけど(第二団地で四中エリア)」
それを聞いた瞬間、奥歯さんはいきなりタイ米先輩をぶん殴った。
「バキ!ガス!ガン!」
と両手を使って容赦ない連続パンチだった。
俺と親友エバは、奥歯さんのそんな姿を見た事がなかったので、唖然としていた。
そんな中、とも先輩だけが止めに入った。
「ちょっと何するんですか!やめてくださいよ!」
「うるせんだよ!次はおまえもだかんな!」
と奥歯さんがとも先輩を突き飛ばした。
奥歯さんがタイ米先輩の所に戻り再び殴り続け、最後に
え!
そんなパンチ当たるの?
って言いたくなるような、体を一回転させる大振りな裏拳を繰り出した。
「バキ!」
奥歯さんは裏拳を決めると、何も言わずに去って行き、一緒にいた友達もそれを追っていった。
タイ米先輩は、ずっと痛そうに顔を抑えていた。
しばらくして、落ち着くと
「最後の裏拳は効いたぜえ……」
と笑いながらネタにしてたので、さすがだと思った。
とも先輩は、その後もずっと怒っていて、相当な恨みを持たせてしまったようだ……。
後に聞いた話によると、この数日前に奥歯さん達が第二団地に遊びに行った所、とも先輩の兄(奥歯さんの一個上)達に
「第一の者が第二に来るんじゃねえよ!」
と怒られたらしく、なのに第二の人間が第一の祭りに来ていたのでキレたという事だった(たまたま、とも先輩の兄だったのが因果を感じる)。
確かに一見すると、筋が通ってるように思えるが、俺はそれでもあの温厚な奥歯さんが何も言わずに人をボコるなんて信じられなかった。
大人に見えたが、まだ奥歯さんも十八歳の少年、まだまだ多感な時期だという事だろう……。
とりあえず、それ以降、俺と親友エバは奥歯さんの事を
「裏拳の奥歯」
と呼んだ……。
二日目は太平中のイカつい顔した竜と二人で行った(この時はまだ奥歯さんがキレた理由を知らなかったから)。
祭りなので、ビールを一杯飲んだので、俺は調子がよかった。
適当に歩いていると、茶坊主が二個下の俺が可愛がってる河童先輩の弟と俵を連れて歩いていた。
俺はその光景を見てイラッとした。
こんな奴が連れて歩けるような後輩じゃないと思ったからだ。
喧嘩したら、間違いなく茶坊主よりこの二人の方が強いだろう……。
俺は茶坊主に近付き
「おまえ、今から一歩でも動いたら殺すからな!」
と脅した。
一杯飲んでたので、いつもと様子が違うから相当な威圧になっていたであろう……。
茶坊主は
「わ、分かった」
と言った。
俺と竜は一周ゆっくり周って、再び茶坊主の所に戻った。
後輩に、こいつの情けなさを見せたかっただけなので、動いてなさそうだし、許してやろうと思っていたのに、
河童先輩の弟が
「三頭脳さん、こんな事やめましょうよ!」
と言って来たので
「ああ?」
と河童先輩の弟にキレた。
河童先輩の弟は驚いていた。
いつも、優しい俺がキレると思わなかったのだろう……。
俺はその時、瞬時に理解した。
茶坊主が俺を止めるように、河童先輩の弟に頼んだって事に……。
なんて情けない奴なんだと思い、怒りが爆発した。
「おい!おまえ、動いてねえか?」
「う、動いてないよ!」
「……心臓が動いてんだよ!」
「バキ」
と顔を殴ったら、顔が下を向いたので、思いっきりネリチャギの要領で蹴り上げた。
「バキ!ドカ!……」
昨日の奥歯さんより速くする事を意識し、手も足も使ってボコボコにしてたら、
「もういいだろ!やめろ!」
と、いつの間に現れたのか、太平中の頭の大島が止めに入ってきたので、我に返った。
「だったら、タリをやらせろよ!」
タリは、太平中の同い年の奴なのだが、前々から気に入らなくて
「ぶっ飛ばしていいか?」
と、大島によく聞いていた。
気に入らない理由というのが
「茶坊主と同じ名字」
というだけだったので、最初は半分冗談だった。
だが大島が
「あいつは強いからやめとけ!」
さらには
「おまえじゃ勝てない!」
など言われたものだから、逆に本気で闘いたくなっていたのだ。
ついでにタリの友達のデブが、早紀(俺の元彼女)とディズニーランドに行ったという情報もあり、なんとなく気に入らなかったので、そいつもついでに、やりたかった。
「ああ、もう分かった!分かった!やっていいよ」
と、なぜかこの日は大島が許可を出したので、俺は機嫌がよくなった。