大宮祭り
「また金髪に戻ってるわよ」
芸能スクールの受付の人に言われた。
また脱色したわけではない。単に黒染めが落ちてきてしまって、金髪というより茶髪である。
「また染めて来ます」
と言ったが、この時いい方法を思いついた。
前髪だけ茶髪を残して、他を黒く染めて、前髪は日曜日の度に、一日黒染めスプレーで染めればいいんだと。
これならスプレーも大して使わないから長持ちするし、お洒落だと思った。
コンビニで、野球部の曽明と会った。
野球部の曽明は
「付き合った二人とはどこまでいったの?」
とうざったい質問をしてきたので
「もちろん、二人共やったよ」
と大嘘をついた。
本当は早紀とは手を繋いだだけで、キスもしてない。
理美に関しては指一本触れちゃいない。
「…………」
野球部の曽明は何か言いたげだったが、何も言わなかった。
お菓子コーナーに行って何か盗もうとしてたら、隣の列から野球部の曽明の声が聞こえてきた。
「絶対嘘だよ……」
俺の事を言ってるんだと思った。
俺は野球部の曽明の所に行き、胸ぐらを掴んで、
「てめえ!なめてっと、ぶっ殺すからな!」
と脅した!殴らなかったのは、この手のタイプは必ず密告すると、分かっていたからだ。
それに嘘を付いたのは事実だったからかもしれない。
八月の頭、大宮祭りの日、俺は一人で大宮祭りへと出掛けた。
チーム「ブラッツ」は解散の危機になっていた
から誘えなかった。
代わりに兄を気晴らしに、一緒に連れてこうかとも思ったが、普通に楽しみに来たわけではないし、出てきたばっかの兄を、巻き込むわけにはいかないので、やめた(それにこの人やり過ぎるし)。
なんだか無性にイラついていたので、喧嘩がしたかった(きっと早紀と別れたせいで夏休み、暇になったからだろう)。
ついでにカツアゲもするつもりだった。
「おい!おまえどこ中だよ?」
二人組の中学生っぽい男子二人に声をかけると、
「植竹中です」
聞いた事もない中学校だった。
無理もない、ここは大宮なのだから……。
ド派手なアロハシャツに頭はリーゼント、グラサンをかけてるので、相手は俺が中学生だとは思っていないだろう……。
「悪いが金出せや!」
と言うと、普段なら8割持ってません、と答えるのに、祭りで持ってないのは嘘だとすぐバレると思ったのか、たまたま残りの二割に当たったのかは知らないが、すぐに出してきた。
すると、
「おい!おまえ何やってんだ?カツアゲか?」
とテキ屋のおじさんとおばさんが声を掛けてきた。おじさんの方はテキ屋だけに、ちょいとイカつめだった。
ちっ面倒臭えな、あとちょっとだったのによ……。
「おまえさあ、いい年して、こんな普通の中学生、カツアゲして恥ずかしくないのか?」
おばさんの方も
「そうよ!どうせやるならもっと年上やりなさいよ!カッコ悪いわよ!」
と言ってきた。
「いやいや、俺、中学生ですから!」
これには、その場にいた四人の目が点になった。
「本当だから、上尾の大石南中生!」
目的も忘れて、うっかり名乗ってしまった。
「だ、だとしても、カツアゲは駄目だぞ!」
とおじさん。
「いや、カツアゲじゃないし、知り合いだし!なあ?」
すると二人は
「は、はあ」
と渋々肯定した。
すると、おじさんはそれを信じたのかどうかは知らないが
「おまえ、ちょっとサングラス外してみろ!」
と、なんだかカツアゲの件は流れそうだったので、言われたとおりサングラスを外した。
「ほぉ……兄ちゃん、いい目付きしてんじゃねえか!サングラスなんてのは、可愛い目した奴が掛けるもんだ。兄ちゃんはかけない方がいいよ。」
と言って去っていった。
俺は目付きの悪さはよく言われるが、あまり誉められた事はなかったので嬉しかった。
単純な俺は、それ以来サングラスをかけた事はない(だけど、サングラスはその名の通り、本来そういう目的でかける物ではない)。
気分をよくした俺は
「おまえら、ありがとな。知り合いって事で百十円ずつだけくれよ!」
と二百二十円もらって去った。
「おい!おまえ!どこ中だよ?」
今度は一人だった。
「上尾中です」
上尾と聞いてちょっと嬉しくなったが、上尾中は東口なので、俺は数人しか知らない。
「上尾中と言えば、一個上の石山先輩って知ってるか?」
「あ、いや、ちょっと転校してきたばかりなので分からないです」
上尾中ってのは、きっと嘘だな、そもそも、こいつには俺は何歳に見えてるんだろう?
だがそんな事はどうだってよかった。
金を請求すると、こいつもすんなり出した。
祭りだけに七千円も持っていたのでテンションが上がった。
それにしても、一人で祭りに来てるなんて、さみしい奴だなって思った(人の事は言えない)。
金が手に入ったし、腹が減ったので、普通に屋台の食べ物を買って食べた。
何を食べたかまでは覚えてないが……。
金はもういいやって思って、歩いてたらコンビニがあり、そこに二十歳くらいのヤンキーっぽい人達が十人くらいいた。
そういや、ジャンプを今週はまだ読んでなかったので、床に座って読んだ。
これがいけなかったのかもしれない。
コンビニを出て、歩いて行こうとすると、
「あのう……、すみません、お何歳ですか?」
と金髪のもやしみたいに、ヒョロ長い奴が、声をかけてきた。
「十五になったばかりだけど……」
と言うと、
「ああ?中坊だと?なめてんのかてめえ!」
と、いきなり豹変した。
だが、こんなもやし男には負ける気がしなかったので、ぶん殴ろうとしたその時、
横から太った男が割り込んできて、思いっきり殴られた。
強烈な一撃で、俺は吹っ飛んで倒れた。
倒れた所を顔面に蹴りを入れられたが、さっきのパンチに比べるとそうでもなかった。
このまま倒れてたらまずい!
と思って立ち上がった。
鼻血がポタポタと垂れてきた。
太った男が近付いてきて
「あんまり、調子こいてんなよ、コラッ!」
と言ってその場を去っていった。
祭りだし、警察が来たら厄介だと思ったのかもしれない。
どこの誰だか未だに分からないが、この人はまともにやっても勝てないかもしれないと思った。
すると、また金髪もやし男がしゃしゃってきて、
「ったく、ふざけやがってこのガキが!」
と言ってきたので、こいつには余裕で勝てると思い
「ああ?」
と言った。
だがしかし、殴られたにもかかわらず、ふざけた態度の俺に、見ていた周りの人も怒ったのか、気が付いたら、四、五人に囲まれていた。
さすがにこれはやべえ!
と思っていたら、
「ちょっと待て!そいつを連れてこい!」
コンビニの駐車場に止まっていた、イカついセダン車の運転席に座っている男が、声をかけてきた。
パンチパーマのその人は、あきらかに風格の違う人で、このグループのリーダーだと思われた。
俺はその人の目の前まで連れて行かれた。
「兄ちゃん、今時、えらい気合いのはいった格好してんじゃねえか!どこのもんよ?」
と言ってきた。
中坊で怖いもの知らずの俺だったが、さすがにこの人は怒らせたらまずいと思い、
「上尾です」
と敬語を使った。
すると、周りにいた内の一人の人が
「おまえ、上尾って言ったら三頭脳って知ってるか?」
とまさかの俺の名前が出てきたけど、歳的に兄の事だと思って
「それ、自分の兄です」
と言うと、その人は大笑いして
「まじかよ!それを早く言えよ!こんな事ってあるんだな!実はこないだまで鑑別で一緒でさ」
と言い出したから、今度はこっちがかなり驚いた。
俺は兄からこの人の事を聞いていたので、
「もしかして、上尾の元南中の佐藤さんですか?」
「そうだよ!そう!なんだよ、確かに弟が鬼ヤンキーだって言ってたけど、会うとは思わなかったよ!」
とセダン車の人、そっちのけで俺達は盛り上がった。
ちなみに、この辺りから金髪頭の姿を見ていない。
しかし、こんな偶然あっていいのかと思った。兄から聞いていたのは、この人の事だけだったし、地元の上尾ならまだしも、大宮の祭りで会うなんて。
大宮祭りには、いったい何人の人が来てると思ってるのか。
さらに言えば、例え会えても、知り合いでもないのだから、普通なら話したりしないから気付かない。
まさに奇跡と言えよう。
元南中の佐藤さんは、上尾に帰るからと、電車で来た俺を、車で送ってくれた。
兄に会いたいから呼んできて、と言われたので、走って家まで向かってると、
兄の友達のター先輩とその彼女、こちらも石南の卒業生で元ヤンの南川さん。
二人は、俺の家に行く途中にある、ター先輩んちの前にいた。
「あれ?どうした?その傷は?」
「ちょっと大宮祭りで喧嘩しました。急いでるのでまた!」
少しだけ立ち止まって、また走り出した。
急いでる時に限って、邪険に出来ない人が現れやすいのは何の法則だろうか?
家に帰ると、母が
「おかえり」
「兄は?」
「寝てるけど、今寝たばかりだから、そっとしといてあげて」
「分かった」
それだけ聞くと、また元南中の佐藤さんの所に戻り
「すみません、寝たばっかりで起きないです。あっそうだ、ガス代払います!(カツアゲした金だけど)」
「中坊からもらえるかよ!そうか!分かった!またな!」
と言って彼は去っていった……。
彼がいなかったら、どうなっていただろうか?
セダンの車の人が話の分かりそうな人だったから、何もならなかったかもしれない。
とりあえず、一つだけ言える事は、送ってもらってラッキーだったという事だ……。