野獣と呼ばれた先生
ある日俺は、学校の規定とは違う市販のボタンを付けて登校した。
上尾駅前の洋服店で万引きした物だ。
中に龍の絵が書いてありサイズも規定のものより一回り小さいし、色も赤紫で目立つので一目見たらすぐにバレる。
俺的にもどうせ盗んできたものなのでバレたらバレたでいいやくらいの気持ちだった。
案の定、朝一番で野獣に見つかり没収された。その時は
「ったく、こんなもんつけてきやがって!」
と少し呆れられた程度で済んだ。
しかし、俺は実はボタンをもう一セット盗んでおり、バッグに隠し持っていたのだ。
野獣の姿が見えなくなるとすかさず隠し持っていたボタンに付け替えた。
デザインや形は同じだが色だけが違う、こっちは青紫だったがやはり目立つ。
二回目はなかなか見つからなかったのだが、四時限目が始まる時にうちのクラスの前の廊下を通った野獣が何気なくこっちを見た。
俺のボタンに目が止まると、ただでさえ獣のような顔が、みるみる赤くなっていき怒り顔へと変貌していった。
それはまさに野獣、いや、鬼のような顔だった。
「おい!てめぇっ!!」
と低くよく通るドスの効いた声で怒鳴りながら、教室の一番後ろの真ん中ら辺に立っていた俺めがけてツカツカと歩いてきた。
胸ぐらを掴まれたかと思うと俺は引っ張られて宙に浮いた。
縦に回転する動きで背中から落ちるまで何が起きたが分からなかったが、廊下まで片手で投げ飛ばされたのだ。
立ち上がる間もなく野獣に顔以外の場所、お腹や腕、足をランダムに蹴られ続けた。
このままではまずいと思い、一度立ち上がったが強烈なビンタをくらわされ、また俺は倒れて野獣に蹴られ続けた……。
視界には数名の先生の姿が見えた。
授業の始まりの時なのだから当然である。
だがなぜか誰も止めには入らなかった。
何発蹴られたか分からないが、野獣は気が済んだのか蹴りの嵐は止んだ。
辺りはシーンとしている。
俺は父の根性棒叩きや兄にしょっちょうぶん殴られていたので慣れているが普通の生徒達には刺激的だっただろう……。
しばらくすると、
「大丈夫?」
と近寄ってきた担任の女の先生に促され、使っていない教室の中に入り、置いてある長テーブルの中央に座らされた。
野獣も付いてきて、俺と向かい合うように二つのパイプ椅子を用意して、担任の先生と野獣の二人は座った。
座って二人の顔を見た瞬間だった。突然、猛烈な寒気が襲ってきたのだ。
寒い、寒い……。
その日はそこまで寒い日でもなかったのに、まるで雪の日に裸で外に放り出されたかのような寒さだった。
そして、体もガタガタと震えだした。
とまれ、とまれ……。
なんだか震えてるのが恥ずかしくて、両腕を交差して自分の体を覆うようにしたが効果はない。
その様子を見て担任の先生が
「大丈夫?」
と再び聞いてきたが、
「寒い、寒い……」
と答えるのがやっとだった。
後にも先にもこんな症状に陥った事はないし、本当に強がりでもなんでもない。
恐かったわけではなく、ただ、ただ寒かったのだ。
医者じゃないのではっきりとは分からないが、体は本能的に恐れていて心と体が一致しなかったのかもしれない。
謎である。
そんな様子を見ていた野獣が口を開いた。
さっきまでの鬼のような形相は消え、なんだか哀れんでるような、悲しそうな顔をしていた。
「少しやり過ぎちまったな、どこに訴えてもかまわないからよ……」
野獣はそれだけ言って後は黙っていた。
しばらくして震えが収まると、俺は
「今日は帰る」
と言ってそのまま無言で教室に戻って荷物だけ取って家に帰った。
クラスメイトは俺の様子を静かに見守るだけで、誰も話し掛けて来なかった……。
さすがに先生も引き止めはしなかった。
俺はこの件を親にも兄にも言わなかった。
野獣に恩を着せるとかカッコつけたわけではなく、そもそも誰かに言おうという考えすらなかった。
ただ単純に一方的にやられただけの話なので、恥ずかしくて誰にも言えなかっただけな気がする……。
学校では噂になっただろうが特に大事にはなってない。
他の先生も見ていたので学校では問題になったかもしれないが俺の耳に入ってきていないのでわからなかった。
野獣はこの後、さすがに暴力を振るう事はなかったが、特段俺に態度を変えることはなかった……。
この件が理由かは分からないが、野獣は俺が二年になる時に他の学校に転任してしまった。
噂では障害者学級の先生になると聞いたが本当かどうかはわからない……。
野獣は最後の日、俺を職員室に呼んだ。
何の用だと思ったら記念に二人で写真を撮りたいとの事だった。
意外な事を言われたので驚いたが、どうせ最後だし嫌な気はしなかったので承諾した。
俺はその撮った写真を見てないが今思えば懐かしいので欲しかったな……。
野獣はまだ持ってるんだろうか?
俺は目の仇にされていたから、俺の事は嫌いだと思っていたが、そうではなかったのかもしれない……。