やるしかない
「やめて」
「てめえ、ふざけんじゃねえぞ!」
ドカッ!バキッ!
俺は寝ていたが、何やらリビングがうるさいので、目を覚ました。
そう、父が母をぶっ飛ばしていたのだ。
「ドカ!ゴス!」
父の暴力はしばらく続いた。話の内容は言いたくないので書かないが、どうやら母が悪いようだが、俺はこのままでは母が死んでしまうと思った。
でも怖くて布団から出る事は出来なかった。キックボクシングを習っているとはいえ、幼少期から刷り込まれた父への恐怖心は、そう簡単に消えるものではない。
「てめえ!いい加減にしやがれ!」
今度は俺が父に殴られていた。
母が殴られていた数日後、例のガラス割り事件を起こし、十三枚のガラスの弁償額が高かったからか、機嫌が悪かったからかは知らないが、この時は容赦なかった。
「バキッ!」
殴られて倒れると、髪を捕まれ、また殴られた。
「文句があるならやり返してこいよ!」
と言われたがやり返さなかった。
だが、俺はこの時、自分の犯罪も棚に上げて、父を恨んでしまった。
殺るしかない!
そう思った。
次の日、さっそくホームセンターに行った。この時は普通にホームセンターにサバイバルナイフが売っていたのだ。ガラスケースに入る事なく、普通に棚にぶら下がっていた。
指紋を付けたくなかったのだが、軍手だと怪しまれるので、手袋にした。
背にギザギザのついた、なかなかゴツいナイフに狙いを定めて盗んだ。
バレる事なく店を出ると、一応、最近痩せたが、まだ太った面影のある親友エバに会いに行った。
面影エバは
「よお!どうした?それとその顔はどうした?(父に殴られた方の傷の事)」
と言うので
「ちょっとな!それより見てみろよ!これ!」
と例のナイフを見せた。
「お、どうしたんだよ?そのナイフ?ちょっと見せてみろよ」
とナイフに触ろうとしてきたので、俺は慌てて、
「やめろよ!指紋が付くだろ!」
と言うと
「あ?指紋てなんだよ?」
俺は父親殺害計画を説明した。
それを聞いた彼は、もちろん止めに入ったが、説得には応じず、俺は彼に口止めして現地に向かった。
ならなぜ俺は、バレるリスクが高くなるのに、わざわざ親友エバに言いに行ったのだろうか?
父は、団地と団地の間にある駐輪場に、自転車を停めていたので、ここなら人気はない。
冬なので、とっくに辺りも真っ暗だ。
俺は草陰に隠れて、手袋からゴム付きの軍手にハメ替えてナイフを握って待っていた。
その時、俺は少し前にホームセンターで盗んだ電子手帳を持っており、それで時間が確認出来るので、見た。
「六時時半」だった。
父はいつも
「六時半〜七時」
に帰ってくるので、もういつ帰って来てもおかしくない。
緊張が走った。
だが、七時を過ぎても父は帰ってこなかった
あれ?おかしいな、もしかして計画がバレた?いや、そんなはずはない。
そう思っていると、
「ザッザッザッ」
という数人の足跡が聞こえて来たので、頭を引っ込めて隠れた。
足音は俺の方へと向かってきた。
「おい!おまえ!そこで何してんだ?」
えっ?
そう思って立ち上がると、そこにいたのは、兄の友達三人だった。その真ん中には兄の代の頭の奥歯さん
「こいつ、ナイフ持ってるぞ!」
そう言ったのは、中学時代に金髪モヒカンにしていて、当時、小学生だった俺が一番印象深かった
「ター」
と呼ばれる先輩だ。
なんで
「ター」
と呼ばれてるのか、以前に兄に聞いたら
「たけし」
だからと言われ、あまりに単純だったのでガッカリしたのを憶えている。
隠しもしないで持っていたので、見つかるのは当たり前だった。
俺が事情を説明すると、別の場所へと連れてかれ、奥歯さんに説教された挙げ句、ナイフも没収されて家へと帰された。
この時は、これを偶然だと本気で思っていたが、きっと親友エバが、団地内によく溜まっている先輩達に頼んだに違いない。
でなければ、あんな、人があまり通らなくて、しかも草陰に隠れていた俺を、簡単に見つける事など出来るはずがない……。
もうこれで出来ないな!
とガッカリしたような諦めがついたような、複雑な気持ちで自分の部屋にいると、程なくして父が帰って来た。
この時期、父の帰りを出迎える事など、絶対にしなかったのだが、この日はなんとなく、玄関に入ってきたばかりの父の様子を見に行った。
これには父も驚いた様で
「どうした?」
「…………」
俺は何も答えなかった。
すると
「お土産買ってきたぞ!ほら!」
と、俺が当時好きだった、丸ごとバナナをくれた。
この日の父は、なぜかすごく優しくて、単純だが実行しなくてよかったと思った……。
父は昨日やり過ぎたと反省したのかもしれない……。
だから丸ごとバナナを買ってきた。
それを買いに行ってたから帰りが遅くなったのかもしれない……。
実際、本当にやっていたかどうかは、その時になってみないと分からないが、止めてくれた先輩達には感謝した。