大石中の二年の頭?
金髪にした事により、俺は上尾の西口でそこそこ有名になったようで、大石中の二年の頭の鹿口と名乗る男が、巨漢の仁村先輩に、どういう手段かは知らないが連絡してきた。
内容は俺とのタイマンの申し込みだった。
この時、真っ先に二年の頭ってなんだ?
とは思ったが、俺を名指しで指名しているので、受けないわけには行かなかった。
仁村先輩に
「もちろん、やりますよ!」
と言うと、これまた放課後どうやって連絡したのかは知らないが、明日の放課後、うちらの通う大石南中の近くの、公会堂と呼ばれる広場で待ち合わせる事になった。
その日の夜は、最近カツアゲで慣らしてきてる俺なら余裕だと、とりあえず先制攻撃で顔面にパンチを一撃お見舞いして、相手を倒してやると、イメージトレーニングを行った。
当日の放課後、公会堂には、おそらく巨漢の仁村先輩から話を聞いたのであろう、イケメンの高先輩、おしゃべり好きのヤンチャな山先輩、その他数名の先輩に加え、俺が誘った小太りのエバと、俺と同級生の天然パーマの藤井、藤井の友達のデコの広い前髪が金髪の大島が来ていた。
この天然パーマ(焼きそば頭)の藤井は、この頃から急にヤンキー化した男である。
同学年に俺一人しかヤンキーがいなかったので、嬉しくなりツルみだしていたから、俺が誘って連れてきたのだ。
デコの広い前髪が金髪の大島は、焼きそば頭とは小学校が一緒だったのだが、中学校に上がると共に引っ越したので、今は太平中の生徒である。
ちなみに、大石中の二年の頭を名乗る男の言葉を借りるなら、このデコの広い男は、太平中の二年の頭と言える人物である。
太平中と言えば、俺が塾で睨みあったイカつい顔した竜も同じ中学である。
確かにヤツは強そうではあるが、頭というタイプではなさそうだった。
この太平中の二年の頭は、指だけ出る手袋を付けていたので、
「それ貸してくれないか?」
と声をかけると、
「ああ、いいよ」
とすんなり貸してくれた。
これを付けたからといって、強くなるわけではもちろんないが、なんとなくこれから戦うという意識になり、士気を高める事が出来るからだ。
小太りの親友エバは、
「いいか、先手必勝だぞ!先制攻撃しかけて、ラッシュで沈めるんだぞ!」
としきりに言っていた。
俺も元々そのつもりだったので、
「わかってる」
と答えた。
そういえば、小太りのエバは、なんだか少し痩せたような気がする。
この時は不思議と自信に満ち溢れていたので、まるで緊張しなかった。
しばらく各々談笑していると、二人のヤンキー女と、二人の男子学生の合計四人が現れた。
ヤンキー女の内の一人は、紫の刺繍入りのロングの特効服を着て、茶髪のロン毛にパーマをかけて、ザ・レディースといった風貌だった。
もう一人のヤンキー女は、特効服の女に比べると控え目な感じで、格好も普通の私服だった。
後で聞いた話だが、俺とタイマン張る鹿口の彼女だったらしい。
男子学生の内、一人は短ラン、ボンタンに革靴、百七十五センチまではないだろうが中二にしては身長も高く、体格もよかった。
目がでかくギョロっとしているのが特徴的だった。
おそらく、この男が俺にタイマンを申し込んできた大石中の二年の頭の鹿口だろう。
なぜなら、もう一人の男子学生は格好も標準だし、いかにも付き添いという感じだったからである。
「桶川、紫、よろしくぅ〜」
と近付いてくるなり、特効服の女は木刀を振り回した。
俺は初めて特効服姿の人間を見たので驚いた。以前は上尾も暴走族が凄かったみたいたが、この頃にはなかったからである。
みんなが唖然とする中、特効服の女は勝手にしきり出した。
「タイマンの決着はどちらかが土下座して謝るまででいいな?」
と、すでに俺以外は座って観客モードになっているので、俺がタイマンの相手だと把握したらしく、俺に聞いてきた。
「かまいませんよ」
というと、
「あと、鹿口(大石中の二年の頭の事)の靴は安全靴なんだけど、いいか?」
と聞いてきたので、
あれは安全靴だったんかい!
と思ったが、別にくらわなければ問題ないので、再び
「別にかまいませんよ」
と言った。
俺のタイマン相手だけ俺の前にやって、特効服の女達三人が下がると、下がった場所から
「じゃあ始めろや!」
と特効服の女が怒鳴った。
それを合図に、俺らは初めて目を合わせて睨み合った。
次の瞬間、作戦通り、俺はツカツカと相手に近づき、右ストレートを鼻面に思いっきりくらわせた。
しかし、手応えはあったものの、相手の身体は微動だにせず、俺が次の攻撃をするより早く、両腕で俺の肩をガシッと掴んできた。
そしてなぜか押してきた。
凄い力だった。
五から七メートルくらい押されただろうか、俺は足がもつれて転んでしまったが、相手も転んだ。
そこからは、掴み合いの小学生みたいな喧嘩になってしまったが、どさくさに紛れて相手の髪の毛を左手で掴んでから、俺はかなり有利な体勢になっていた。
この時、特効服の女が叫んだ。
「オラッ!鹿口!族やるんだろ!根性出せや!」
右手でひたすら顔を殴り続けた。
土下座させないと勝ちにならないので、
「オラッ土下座しろや!」
と言ったがまだ応じない。
この時、イケメンの高先輩の
「さすがは三頭脳さんの弟だ」
という言葉だけが聞こえてきて嬉しかった。
土下座しないので、仕方なく殴り続けた。
だんだん、あんなに力の強かったこの男も力が抜けていって、やりたい放題になっていった。
もうこの時点なら土下座したかもしれないが、俺はトドメにかかった。
もう殴られたくないというように、相手はうつぶせ状態で寝転んでいたので、俺は背中に乗っかって、ラーメンマンの必殺技、
「キャメルクラッチ」
を顎ではなく、髪をひっぱって行った。
その状態で右足の踵で顔面を蹴り続けた。
「なんだ?あの技は!」
という小太りの親友エバの声が聞こえて来たので、俺は観客?
の方に向かって右手でピースした。
それくらいもう余裕だった。
俺はこの技を後に
「キャメルクラッチ踵落とし」
と命名した。
すると
「ぐわあ……」
「ぎいぃあぁ……」
とものすごい声量でうめき声をあげてきたので俺はびっくりした。
後に小太りのエバが言っていたが、これはもう周りに止めて欲しいアピールだったらしい。
「あがぁ……」
「ぎゃあぁ……」
せっかく技を完成させたので、しばらく蹴り続けた。
そろそろいいだろうと思って、俺は髪の毛を話して立ち上がった。
大石中の二年の頭?はピクリとも動かなかった。だが俺が
「土下座しろや!」
というと、信じられないくらい早い動きで俺の方をむいて土下座し出したのだ。
「完全決着」
そう思って先輩達の方へ歩いて行くと、向かい側に立っている特効服の女が怒鳴った。
「まだ謝ってないだろうが!」
と。
俺はその場にいた全員の心の声が聞こえたような気がした。
え、まじですか?あなたは鬼ですか?
誰もがそんなような事を思ったであろう空気になった。
まあ確かにルール上はそうだが、味方にも敵にもなんて厳しい人なんだ……。
仕方なく俺は戻って、土下座している大石中の鹿口の頭を二、三発蹴って、
「オラッ謝れや!」
というと、小さくかすれた声で
「すみませんでした」
と言った。
俺は聞こえたが、離れている俺以外のみんなには、聞き取りにくかっただろう。
だがさすがに特効服の女もそれ以上は何も言わなかった。
後に大石中の鹿口の彼女だと分かるもう一人のヤンキー女が鹿口へと駆け寄った。
俺は、太平中の二年の頭のデコの広い大島に、手袋を返そうとして、手袋をはずしながら大島の元へ向かっている時に、手袋に血がついている事に気が付いた。
俺は一発ももらった記憶がないので、十中八九大石中の鹿口の血だ。
「ごめん、血がついちゃった」
というと、大島は
「別にいいよ、なかなかやるじゃん!」
と言われたので嬉しかった。
その後、次は焼きそば頭か太平中の大島対もう一人の大石中のヤツが戦え!などと野次馬が言い出した。
我が先輩達ながらやらない人達は気楽でいいよな……と思った。
そこはさすが石南(大石南中の事)の頭、巨漢の仁村先輩が最後に締めてくれた。
「そんなのどっちが勝とうがやる意味はねぇ!とにかく、これで大石中の二年はこいつ(俺を指差して)の下だからな!」
と特効服の女達に行った。
「…………」
悔しかっただろうが、筋にこだわるヤンキー女は何も言わなかった。
いや、言えなかったのだろう。
俺は、連絡先を聞いた。なぜか対戦相手の鹿口ではなく、特効服の女の家の番号を教えてくれた。
「じゃあ解散するぞ!」
巨漢の仁村先輩がそう言ってこの戦いは幕を閉じた。
ちなみに、後で聞いて俺は悲しかったが、小柄な俺と大石中の鹿口では、体格差がかなりあった事から小太りの親友エバ以外は、全員が俺が負けると思っていたらしい。
巨漢の仁村先輩が太平中の大島に
「負けそうになったらおまえがやっちまえ!俺が特効服の女はなんとかするし、大石中とは話をつけるから」
と指示も出していたらしい。
それには、俺に土下座をさせる気はないという、仁村先輩の優しさは伝わったが負ける前提の話だったのでやはり悲しかった。
今にして思えば、この戦いは実に残酷な戦いだったと思う。
俺は先輩と同級生、親友に加えて隣の中学の頭になる人物が見てるし、相手の大石中の鹿口にしても、自分の彼女に友達、ヤンキー女の先輩が見てる。
どちらも負けられない勝負だったのに、土下座して謝るまで決着が着かない。
これに勝つか負けるかで大きく人生が変わっただろう。
まさに人生の分岐点となる戦いだった。
親友エバ以外は俺が負けると思っていたので、俺に対して称賛の嵐だったが、エバだけは違った。
俺ももっと楽々勝てると思っていたので、二人になって団地内の公園で反省会を開いた。
するとエバは意外な事を言い出した。
「一緒にキックボクシングをやらないか?実はジムに通っててさ!」
それを聞いて理解した。
なるほど、だから少し痩せたのか!
俺はもっと強くなりたかったので
「塾もクビになったしやるよ!」
と返事した。
次の日からさっそく、親友エバと二人で上尾市内にあるキックボクシングジムに通う事になった。
一応、毎月、ジム代がかかるので、母親に相談したが、心臓病なので却下された。
なので親には内緒で通う事にした。
別に死んでもかまわないと思った。
ジムにはサンドバッグやら、ベンチプレス類の体を鍛える器具、リングもあって一通り揃っていた(当たり前だが)。
ここの会長はシュートボクシングやらキックボクシングの世界タイトルを何個も持っていて、とんでもない化物だった。
主に最初は縄跳び、サンドバッグ打ち、ミット打ちなどを行った。
時々会長が持ってくれる
「地獄ミット」
というのは本当に地獄だった。
時々、軽く会長が攻撃してくるのだが、どこに当たっても芯まで痛い。
思いっきりやられたら骨が折れる事だろう。
二ヶ月くらいたつと、スパーリングをやらせてもらえるようになり、トレーナーにボクシングの基本の形を教わったりした。
俺らはどんどん強くなっていき、それと共に小太りのエバも徐々に萎んでいった……。




