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底から出てもそこは底  作者: 三頭脳
三回目の少年院を出て
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メキ

 

 焼きそば頭の母ちゃんはご飯を御馳走してくれた。

 焼きそば頭は相変わらずマイペースな男だった。

 十六歳から付き合ってる彼女とまだ続いているというので、このまま結婚するんじゃないかと思った。

 秋森を殴った話をしたら、焼きそば頭は喜んでいた。

 どうやら焼きそば頭も秋森が嫌いなようだ……。

 俺はやっぱりな!

 って思った。

 秋森があのままの性格なら、嫌われるのは当然だと思った。

 喧嘩が出来るわけでもないのに、先輩達とツルんでいきがり過ぎだからだ。

 その上、女にもモテるので、ひがまれやすいタイプだと思った。

 だが俺にはそんな事はどうでもよかった。

 捕まる前に俺をのけ者にした事が許せなかっただけなのだから……。

 あいつは地雷を踏んでしまったのだ。

 俺を敵に回すとどうなるのか教えてやる必要があった。


 焼きそば頭の母ちゃんにお礼を言って、歩いて家に帰った。




 出院して三日目の午前中、理恵に電話して会う約束をした。

 兄が軽自動車を貸してくれるというので借りた。

 そう言われて普通に借りる俺もおかしいが、少年院から出てきたばかりの無免許の俺に車を貸す兄もおかしかった……。

 もし捕まったら、免許不携帯だと言って俺のフリをしろ、と兄は言ってきた。

 俺はこの一週間はかなり浮かれていたので、何の根拠もないが大丈夫だと思った。

 葛飾区の大叔父の家に行ったら、嫌でも真面目にやらなければならなくなるのだ……。

 なので辛い少年院を出てきたばかりだし、今週くらいは大目に見てくれるだろう(誰が?)と思って、完全に気が抜けていた。


 軽自動車は小さいので運転しやすかった。

 捕まる前に盗んで運転したアウディは、デカかったし左ハンドルだったから難しかったのだ。

 これなら慎重に運転すれば、警察に捕まる事もないと思った。


 俺が住んでた団地の前のコンビニに着いた。

 ここで理恵と待ち合わせしたのだ。

 しばらく待っていると理恵と理恵の友達が現れた。

「三頭脳さん久し振り!」


「よお!」

 と声をかけながら、俺は思った。

 誰だ?

 こいつ?

 と……。

 理恵は見事なまでにギャルになっていた。

 俺が捕まる前に見た時は、髪が短めのボーイッシュな中学生だったので、ビフォーアフターが半端じゃなかった。

 ロン毛で茶髪に何本かの金のメッシュ、青のカラーコンタクトを付けていて、日サロで焼いた肌、まるで別人だった。

 喜連川少年院から出た時なら動揺しただろうが、今回はテレビを貪欲に見てきたのと、昨日、秋森を一発殴って勢いに乗っていたので余裕だった。

 だいたい喜連川少年院から出た時は、女うんぬんの前に偏った言葉ばかり使わされたので、軽い言語障害みたくなっていたのだ。

 それにこんな所で怖じ気づいている場合ではなかった。

 俺には時間がないので、優香に向かって勇往邁進するのみだった。


 理恵の友達は黒髪で普通っぽい感じの子だった。


「とりあえず、乗れや!」


「三頭脳さんって免許持ってたっけ?」


「そんなもん持ってるわけないだろ!大丈夫だよ!」

 何も大丈夫ではなかった。


 躊躇するのかと思いきや、

「キャハハハ……」

 と笑いながら二人とも車に乗り込んできた。

 やたらテンションが高くてさすがは十六歳だと思った。


 目的など何もなかったので、適当にドライブした。

 ウインカーを出す時に、間違えてワイパーを出したので爆笑された。

 それがツボに入ったらしく、なんだか知らないけど、そこから俺が何を言ってもウケるので、俺はギャグキャラ扱いされた。

 だんだん、運転にも慣れてきて、スムーズに走れるようになった。

 上尾の西口はほとんど変わっていなかった。

 十五ヶ月くらいじゃ、そうそう変わらないよなって思った。


 唐突に理恵が

「そういや、ビー(ピンク頭の事)ともつに会った?」

 と聞いてきた。

 俺はすっかり忘れていたが、あの二人も少年院に入っていたのだ。

「あいつら、出てきたの?」


「とっくに出てきてるよ!」

 俺は、なんだと!

 と思った。

 ピンク頭は俺らより先に捕まったから分かるけど、もつは俺と一緒に捕まったのに、まじかよ!

 って思った。


 理恵が

「てかさぁ、みずのっち、メキやらないの?」

 と普通にしゃべってきたけど、何語かと思った。

 さっきまで三頭脳さんって呼んでたのに、ギャグキャラ扱いになったせいか、いきなりみずのっち扱いになった。

 というか

「みずのっち」

 って

「たまごっち」

 から取ったんだろうけど、世間からすると三回も少年院に入った極悪人のはずなのに、ずいぶん可愛くなったなって思って苦笑した。


 たまごっちといえば、青ギャング時代に、上尾の駅前の大型スーパーから百個限定で売りに出されたのを、青ギャングのメンバーがみんなで並んで買い占めたという話を聞いた。

 ケツ持ちの反社会勢力の人間の指示らしく、買い占めた後、どうしたのかは知らないが……。


「メキって何?」

 薬じゃねぇだろな!

 って思った。

「え?みずのっち、メキ知らないの?メキシカンギャングの事だよ!」

 いやいや、出てきたばっかなんだから知るわけないし!

 今度はメキシカンギャング?

 何だそりゃ?

 って思ったが、とりあえず優香の為に流行りに乗ろうと思って

「これから買いに行くんだよ!」


 続けて

「というか、優香にはどうしたら逢えるの?」

 と、どさくさに紛れて聞いた。


「優香さんならタリに聞いた方がいいよ!」

 何でタリ何だよ!

 って思った。

 というか、タリといつから知り合いなんだって思った。

 その上、タリは俺と同じ歳なのに呼び捨てかよ……。

 どおりで俺を簡単に

「みずのっち」

 呼ばわりするわけだと思った。

 よりによって、俺と微妙な関係のタリかぁ……って思ったので

「何でタリなの?」


「だってタリの彼女、優香さんの友達だし!」

 それを早く言いたまえよ、君!

 そういう事なら事情は変わった。

 タリ君、今すぐ僕と仲良くしましょう!


 俺は

「タリの彼女の連絡先知らないの?」

 と理恵に聞いた。


「知らない!」


「そうか……じゃあタリに連絡つけるしかないな……」

 と独り言を言いながら運転を続けた。

 だが、俺はまだ理恵以外、誰の連絡先も知らなかった。

 みんな仕事しているだろうから、夕方にならないと連絡をつける事が出来ない。

 昨日、理恵に会えてれば、焼きそば頭に聞けたのに……。

 いや、秋森を殴らなければ先輩達に聞けたのだから秋森のせいだと思った……。

 そんな事を考えながら

「夕方にならないとタリに連絡つけられないな……」

 と俺が言うと、理恵が

「タリの番号なら知ってるよ!」

 と言ってきた。

 なんだと?

 と思った。

 俺は理恵が女だから勝手にタリの番号は知らないと思っていた。

 俺はこの子は最初に

「優香さんブスだよ!」

 って言ってきたから、勝手に非協力的だと思ってたけど、なんて使える奴なんだって思った。

 俺は最初にこの子に連絡したのは正解だと思った。

 自分の第六感を誉めちぎった……。


「頼む!連絡して!」


「いいよ!」


 理恵はタリに連絡してくれた。

 すぐに出たようで

「あっ、タリ!今、みずのっちと一緒にいるんだけど、みずのっちが会いたいって言ってるんだけど……。どこにいるの?…………分かった、伝えとくね!」


「今、モスバーガーにいるらしいよ!」

 マジかよ!そんなに近くにいるのかよ!

 って思った。

 俺の実家から五百メートルくらいしか離れてない場所だった!

 上尾の西口をただグルグル走ってるだけの俺ならすぐに着ける……。

 俺は何なんだ!

 これは!

 って思った。

 こんなに順調に行っていいのかって思った……。

 中学時代は毎日恋愛対象者に会えていたのに、あんなに進展しなかったのに……。

 とはいえ、彼氏がいるらしいしうまくいくとは限らないが……。

 今回は想いを告げる事が目的なのでかまわなかったが……。


 十分もしない内にモスバーガーの駐車場に着いた。

 タリは彼女と一緒にいて、もう食べ終わっていたらしく、駐車場の端に座って俺らを待っていた。


 俺は二人の目の前に余裕を持って停めようと思ったのだが、うっかりブレーキとアクセルを間違えてしまった。

 やべぇ!

 慌ててブレーキを踏み直して、二人の直前で停まる事が出来たが、俺は内心かなり焦っていた。

 一緒に乗っていた理恵と理恵の友達は、俺がわざとやったのだと思って全く動じてなかった。


 タリは色々な意味で、かなり驚いた顔をしていた。

「ごめん、ごめん、うっかりブレーキとアクセル間違えちゃってさ!危うく二人とも轢き殺すところだったよ!ハハハ……」

 と俺は笑ったが、二人は全く笑っていなかった……。


 タリの彼女は黒髪にメッシュを沢山入れていた。

 可愛いのだが、俺はカッコいいと思って真似したかった。

 だが、少年院から出てきたばかりの俺はまだ短髪なので無理だと思った。

 とりあえず理恵もメッシュを入れてるので、流行ってるんだなって思った。


「タリ、久し振り!」


「お、おお!」


「それが噂のメキシカンギャングか!?」

 俺はタリの格好を見て言った。

 デニム生地っぽいやたら太いズボンに革靴、上はナイロン製のジャンパー、そう言えば昨日会った巨漢の仁村先輩達もこんな格好していたなって思った。


 タリの彼女に、優香に逢いたいって言うのが手っ取り早かったのだが、この人数の前でそれを言うのはさすがに躊躇した。

 それにまだ俺には準備が足りなかったのだ。

 なので、タリに

「俺もその服が欲しいから付き合ってくれないか?」

 と頼んだ。

 優香の友達の彼氏の格好なら、優香ウケするのは間違いないと思ったからだ。


「別にいいよ!」

 急に言われたから若干嫌そうだったが、出てきたばかりの俺の頼みは断りづらかったのだろう……承諾してくれた。


 東京都内にしか売ってないらしく、一旦タリ達とは別れて上尾駅の改札口で合流する事になった。

 俺は理恵達を元の団地の前まで送って、お礼を言って別れた。

 その後、車を実家に置いて駅まで早歩きで向かった。


 駅前に着いて、タリと待ち合わせた駅の改札口に向かっていると

「三頭脳さん!」

 と声を掛けてきた人間がいた。

 ピンク頭だった。

「お疲れ様です!」

 ピンク頭は身長が大分伸びてて、前は俺より小さかったのに、俺よりデカくなっていた。

 相変わらずピンク頭だったので、こいつはピンク頭が好きなんだなって思った。

 前より赤みがかっていたが、ムラがなくいい色だった。

 今回は美容院で染めたのかもしれない……。

「何してるんですか?」

 と聞いてきたので

「これからタリとメキの服を買いに行くんだよ!」

 とさっき理恵から聞いて覚えたばかりの略語を使って言った。

「メキですか?メキは微妙ですよ!」

 みたいな事を言ってきたが、別に関係なかった。

 俺は優香ウケさえすれば、正直なんだっていいのだ。

 あっ!

 そうだって思った。

 正直、タリとは微妙な関係なので、二人はきついので

「色々、話を聞きたいからおまえも付き合えよ!」

 と言った。

 ピンク頭は

「電車代出してくれるなら全然いいですよ!」

 と言ってきたのでピンク頭も連れて行く事にした。

 しばらく改札で待っているとタリが来たので、三人で電車に乗った。


 俺とピンク頭は電車の中で少年院の話で盛り上がった。

 俺がピンク頭の話で一番面白いと思ったのは、赤城少年院の卒業式の時に、ピンク頭ともつが同じ中学だと言う事が周りに気付かれ

「え?同じ中学だったの?」

 って言われた話だった。

 確かに同じ中学の奴が、共犯でもないのに別々に逮捕されてそこにいたら驚くよなって思った。

 ちなみにまだ青ギャングは存在するらしく、俺はまだこの時は会った事がなかったが、例の俺が十五歳の時に爆竹を投げ込んだ、団地に住んでる反社会勢力に属している人の息子が頭をやっているらしかった。

 俺が通っていた中学校の後輩だが、結果的にピンク頭の代は中学時に四人も少年院に入っているので悪い世代だったと言える……。


 タリはつまらなそうにしているかと思いきや、興味深げに聴いていた。


 タリが不意にこの頃、話題になっていた元X ジャパンのヒデが自殺?

 した話をしてきたので

「おい!やめとけよ!そういう話を電車でするのはまずいぞ!熱狂的なファンがいたら刺されるぞ!今、怖い時代なんだからな!」

 って説教した。

 タリは、ああ、そうか!

 ってなったが、何で俺は出てきたばかりなのに、こんなに色々と社会に詳しいのかと不思議そうな顔をしていた。

 一方、俺は昔色々あったタリと、こうして一緒に電車に乗っている事自体が不思議な感覚だった。


 タリの中学の後輩が、バイクで事故って亡くなったと聞いてショックだった。

 俺もその後輩と知り合いだったからだ……。

 まだ若かったので、友達関係で亡くなった人間なんてほとんどいなかっただけに色々と考えてしまった……。


 服屋に着いて一通り買った。

 まだ短髪だったので、帽子が欲しかったので、俺が一番気に入った帽子を取ろうとしたら、タリが

「そのメーカーは、ちょっと遅れてる(流行りに)からやめた方がいいよ!」

 と止めてきた。

 でも、どう考えてもその帽子が一番カッコよかったので、タリの制止を無視して俺はその帽子を買った。

 タリももう何も言わなかった……。

 ピンク頭が、上尾駅前で会った時に『メキ』を微妙と言ってた割にはタリに

「自分も『メキ』買っていいですか?」

 って聞いていた。

 タリはそれには急に態度が変わって

「駄目だよ!」

 と厳しく行った。

 なんだかよく分からないから俺は放っといた。


 こうして俺はメキシカンギャングの格好を手に入れた……。

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