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底から出てもそこは底  作者: 三頭脳
三回目の少年院を出て
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八街少年院を出院して

 

 出院日、もはやお馴染みとなる出院手続きや荷物のやり取りをして、院長の前で暗記した順守事項を言った。

 両親がまた迎えに来てくれていた。

 俺は先生に挨拶してから両親と共に車で、十四ヶ月間過ごした八街少年院を後にした……。


 今回は葛飾区の大叔父の家に住むので、保護観察官や保護司も今までと管轄が違った。

 保護観察所に寄ってから保護司に挨拶しに行った。

 保護司は五十代くらいと見られる女の人で、とても腰の低い優しそうな人だった。

 地元の上尾では、二回とも同じ保護司だったので、なんだか新鮮な感じがした。

 叔父さんの住んでいる家から歩いて行ける距離だったので有り難いと思った。

 保護司への挨拶が終わると、大叔父二人にも挨拶しに行った。

 最後にここに来たのは、確か中学二年生の時だったので、とても懐かしい感じがした。

 まず長兄の大叔父夫婦に挨拶した。

 この長兄の大叔父の許可なくして、ここに住む事は出来ないからだ。


 長兄への挨拶が終わり、俺が一緒に住む事になる末弟の大叔父に挨拶しに行った。

「よろしくお願いします」

 と俺が礼儀正しく挨拶すると

「おお!これからよろしくな!」

 と言ってくれた。

 子供の頃から長兄の大叔父は怖いイメージしかなかったが、この末弟の大叔父は遊びに行くといつも一緒に遊んでくれるので好きだった。

 とても気さくで元気な人だった。


 俺の為に一部屋作ってくれていた。

 テレビも用意されていたし、親が新しい布団を買ってくれていた。

 俺はずっと団地暮らしだったので、奇しくも一人部屋は鑑別所や少年院でしか与えられた事がなかった。

 有り難いと思った。

 おじさんに迷惑かけないようにしようと思った。


 末弟の大叔父がラーメンの出前を取ってくれた。

 実際はそんなにうまいラーメンではなかったと思うが、出院したばかりの俺にはかなり美味しく感じられた。


 母が末弟の大叔父に、一週間は地元に戻る事を伝えていたようで、話はスムーズに進んだ。

「一週間後からよろしくお願いします」

 と俺が言って両親と地元の上尾に向かった。




 上尾に着いた。

 毎回思うが、懐かしくて仕方がない。

 やはり、ここに来ないと出院した気にはならなかった。

 ずっと住んできた場所だけあって、すぐに少年院生活の方が夢だったように感じてくる。

 少年院は現実離れした世界なので当然なのかもしれない……。


 そういえば、家を買って団地から引っ越したと親が言っていた事を思い出した。

 もちろんいい事なんだけど、ずっと団地に住んできたので寂しい気持ちになった。

 新しい家は、俺が住んでた団地から二キロくらい離れた住宅街にあり、少し上尾駅に近付いた。

 駅まで三キロくらいの場所だろうか……。

 八街少年院で隔週で三キロ走ってきた俺なら、余裕で歩いて駅まで行けると思った。


 家は二階建ての建て売りだが、新築なのでとてもきれいだった。

 少し奥まっているが、庭もあってなかなかいいと思った。

 住んだことがないから当たり前だが、なんだか俺の実家ではない気がした。

 だが家の中に入ってみると、団地の頃から使っている物で溢れていたので、やはり実家だと思った。


 家には種子島に住んでたばあちゃんがいた。

 ばあちゃんが上尾にいるのは違和感を感じたが、そもそも俺には違和感だらけなので、逆に受け入れる事が出来た。

 ばあちゃんは、種子島で一ヶ月間、共に過ごした俺に会えて嬉しそうだった。

 俺は全寮制の高校に行ってた事になってると、八街少年院から帰ってくる際、車の中で父に聞いた。

 だが後にばあちゃんから言われたが全てバレていた。

 正月も帰って来なかったし、おかしな点が沢山あるので気付かないわけがないだろう……。

 老人を舐めてはいけないという事だ。


 兄は仕事をしていて家にはまだいなかったが、夕方帰って来て俺を見ると、なんだか嬉しそうにしていた。

 俺も久し振りに兄に会えて嬉しかった。

 兄は出院祝いに俺にスーツをくれた。

 スーツは基本的に流行りに関係ない物なので、新しい服を買うまでのつなぎとして着れるので嬉しかった。


 二日目、俺は時間がないので優香に逢う為にさっそく動いた。

 色々迷ったが、とりあえず、もつと車を盗んだ時に一緒にいた理恵の家に電話した。

 理恵の兄は俺と小学、中学の同級生なので家の番号を知っていたのだ。

 当然、理恵の事も幼稚園くらいから知っていて幼なじみと言える。

 電話には俺と同級生の理恵の兄が出た。

 理恵の兄は、いきなり俺が電話してきたのでかなり驚いていた。

 理恵がいるか聞くと、家にはいなかったが、理恵の携帯番号を教えてくれた。


 さっそく理恵に電話すると、理恵はすぐに電話に出た。

「三頭脳だけど……」


「三頭脳さん!?出てきたの?」

 と相変わらず理恵は元気だった。


 俺は冗談で

「車の件、黙ってたんだから十万くれよ」

 と笑いながら言ったのに

「え?」

 と理恵がマジな音色(トーン)になった。

 俺は慌てて

「冗談だよ!冗談!」

 と言った。


 変な空気になったついでに俺は

「俺、優香が好きなんだ!」

 と言った。

 そもそも理恵が優香の事自体を知ってるか微妙だったが……。

 すると理恵は普通に優香と知り合いのようで

「え?優香さん、ブスだよ!」

 と理恵が言ってきた。

 今度は俺が

「え?」

 ってなった。

 俺はそんなはずはないと思ったのだが、もしかしたら俺は優香の事を違う子と勘違いしているのかもしれないと思った。

 実際、俺は優香とはほとんど話した事がないし、顔と名前が一致してないかもしれないと不安になってきた。

 少なくとも俺が知っている優香は、決してブスではなかったからだ。

 だけど、女の

「可愛い」

 と

「ブス」

 ほど当てにならないものはない……。


 さらに理恵は

「しかも優香さん彼氏いるよ!」

 と言ってきた。


 俺は、なにい!

 とショックを受けたが、あれから一年三ヶ月も経っているのだから仕方ないと思った。

 想定内だったが、実際に聞くとかなりショックだった。

 だが俺はめげなかった。

 今までの、女に対する情けない自分と決別する為にも、優香に直接逢って想いを告げると少年院の中で誓っていたからだ。

 とりあえず理恵と会う約束をした。

 理恵は午後から歯医者だから、夕方ならいいというので、夕方に理恵が行く歯医者の近くのコンビニで待ち合わせた。



 俺は時間が空いたので、本屋に行った。

 俺が読んでた漫画は全てかなり進んでいたが、兄が全て続きを買っていてくれたので買う必要はなかった。

 本屋に来た目的は、父に例の

「少年時代」

 という漫画の本をプレゼントしたかったからだ。

 今回は忘れずに、ちゃんと覚えていたのだ。

 当然売っていないので、レジで取り寄せをしたい事を店員に言った。

 すると

「すみません、漫画の取り寄せはやってないんですよ」

 と断られた。

 俺は、何だよ!

 って思った。

 けっこう大きな本屋なのに、漫画の取り寄せはやってないって、どういう事だよ!

 って思った。

 なんだか、やる気がなくなってこの日は諦めてしまった。


 とりあえず、俺は優香に逢う為に服を買わなければならないと思った。

 スーツは思いし、どのみち服が欲しかったのだ。


 とりあえず、家の番号を知っている元同級生の焼きそば頭に電話してみた。

 焼きそば頭の母ちゃんが電話に出た。

 焼きそば頭の母ちゃんは普通に

「あら、三頭脳、出てきたの?今(息子は)仕事に行ってるから夕方うちに来なよ!」

 と言ってくれた。

 俺は

「分かりました!ありがとうございます!」

 と言って電話を切った。


 理恵と待ち合わせしているコンビニは、焼きそば頭の家に近いので、理恵と会った後に行けばちょうどいいと思った。



 夕方になり、コンビニの前で理恵を待っていると


「ドロドロドロドロ…………」

 という音が聞こえてきた。

 いったいこの音は何だ?

 と思っていたらアメ車だった。

 キャデラックやインパラなどのアメ車が数台、俺のいるコンビニの駐車場に入ってきた。

 捕まる前は、アメ車なんてほとんど見かけた事がなかったので、おいおい……、いったいいつからここはアメリカになったんだ?

 と思った。


 面倒そうだから理恵に電話して場所を変えようと思い、コンビニの前に設置されている公衆電話に向かった。


 すると

「いつ、出てきたんだよ!?」

 懐かしい声が聞こえてきた。

 振り返ると、おしゃべり好きの山先輩だった。

 他にも巨漢の仁村先輩やマッチョの坂上先輩達がいた。

 アメ車に乗ってこのコンビニにやってきたのは、俺の知り合いばかりだった。

 後に聞いた話だが、ローライダーチーム

「チカーノ サングレー」

 というアメ車のチームを仁村先輩が作ったらしい……。


「お疲れ様です。昨日出てきました」

 とだけ言って俺は公衆電話に向かった。

 どのみち、これでは理恵を呼ぶわけにはいかないと思ったからだ。

 理恵に電話して

「ごめん、やっぱり明日にしよう、また明日連絡する」


「え?あ、うん、分かった……」

 と俺の少し緊迫した空気を読んだのか、素直に従ってくれた。


「おいおい、俺らがいちゃ駄目なのか?」

 と山先輩が笑いながら茶々を入れてきたが無視した。


 すると、遠くから秋森がこっちに歩いてくるのが見えたので、巨漢の仁村先輩の方を見て

「あいつ、やっちゃっていいですか?」

 と聞いた。


 冗談だと思ったのか、仁村先輩は笑いながら

「駄目だよ!」

 と言ってきたが、俺は無視して秋森の方へ歩いていった。


「よお!三頭脳!」

 とにこやかに笑いかけてきた秋森の左頬を右拳で殴った。

「ガンッ!」

 秋森は、え?何でって顔をして左頬を押さえた。


 坂上先輩が

「どうした?なんかあったのか?」

 と言ってきたが無視した。


 俺はそのまま向きを変えると、みんなの前から歩いて立ち去った。

 山先輩と仁村先輩が立ち去る俺に

「おい!待てよ!」

 などと声をかけてきたが、これも無視した。


 今思うと、どうせ一週間しか上尾にはいないのだから……と思って調子に乗っていたんだと思う……。


 俺は、後ろから聞こえてくる山先輩と仁村先輩の、俺を止める言葉を聞きながら自分に酔っていた。

 少年院を出院して二日目に、誓いどおり秋森を殴った。

 先輩達がいたので、まだ挨拶程度のものだが、俺は自分の事を、渋い、渋すぎる……これぞ、男の美学!

 と称賛し酔いしれながら焼きそば頭の家に向かった……。

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