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底から出てもそこは底  作者: 三頭脳
三回目の少年院
102/117

八街少年院 その④(禁句)

 

 移動した部屋では、四人部屋なのに丸谷という千葉県の松戸出身の俺の一個年上の人と二人だけだった。

 丸谷は千葉県出身でありながら、埼玉で捕まったらしく、浦和鑑別所にいたらしい……。

 千葉の鑑別所は少年院より厳しいらしく、浦和の鑑別所は楽勝だと言っていた。

 俺は

「少年院より厳しい」

 という発言に、どこの少年院と比べて?

 と思ったがあえて言わなかった。

 こういう風に考えてしまう事自体、少年院三回目の俺はやっぱり普通ではないのかもしれない……。

 少なくとも、浦和の鑑別所とこの八街少年院より厳しいと読み取れる事から、千葉の鑑別所はすごく厳しいのだと思った。

 冷静に考えて鑑別所が厳しい事はいい事なのかもしれなかった。

 鑑別所は処分が決まっていない人間ばかりなので厳しくするのは問題があるが、鑑別所で出れた人間にとっては

「二度とあんな所に行きたくない」

 と思わせるのは一つの手なのかもしれない、と思った。


 丸谷も、あの三回目の鑑別所と言っていたイケメンと同じ部屋になったらしく、彼がどうなったのか気に掛けていた。

 丸谷曰くは、久里浜に送られたんじゃないかと言っていた。

 俺には何の根拠があってそう言ってるのか分からないが、少なくとも今回ばかりは彼も出れなかったと思われた。

 さすがに世の中そんなに甘くなどないからである。

 ますます、答えが知りたくなったがどうにもならなかった……。



「今、何の話をしていた?」

 ここでは先生が盗み聞きしていて不意に話しかけてきた。

 その時は、たまたま本当に丸谷に分からない漢字を聞かれただけだったので、正直に答えて何もなかった。

 やはり鑑別所とは違って、不正連絡にはここもうるさい所だったのだ。


 それ以来、俺は先生に不意に聞かれた時の為に即座に言い訳出来る内容を用意しといた。



 俺と丸谷は二人だけなので、おのずと仲良くなっていった……。

 丸谷が捕まる前

「バットで思いっきりぶん殴ったら、相手の腕が驚くくらい九十度にポッキリ折れちゃいましたよ」

 と言ってきた。

 俺は妙にリアルだと思って本当だと思った。

 俺もつい対抗して見栄を張って

「以前、モンキースパナで殴ったら、ナイフみたいにスパッと顔が切れちゃいましたよ」

 と言ったけど事実なので、丸谷も少し引いていた。

 俺はこの時、気付いてしまった。

 外には口だけのハッタリ野郎がゴロゴロいるが、ここにはハッタリ野郎はいないという事に……。

 まだ、ここでは数人にしか会っていないが、新松戸の岩田といい、茨城の秋池といい、口だけではなかったからだ。

 もちろん、いい意味では全くないけど、ここはそれだけ犯罪傾向が進んでて、それなりの人間しかいないのだ。



 お調子者の俺は仲良くなったから許されると思って、テレビを見ている時に、テレビの向きを俺の方に向けた。

 あくまで冗談のつもりだった……。


 だが、丸谷は冗談が通じないようで

「てめえ!喧嘩売ってんのか?この野郎!」

 とぶちキレて来た。

 俺は慌てて

「冗談ですよ、冗談!」

 と言ったが

「うるせんだよ!この野郎!」

 と続けてキレてきた。

 一回、下手に出たのにまたキレられたので、俺もキレそうになってしまった。

 椅子を

「ズズズ……」

 と引きずって、威圧した。

 これは何の計算もなく、体が勝手に動いてやった事なので、これ以上なんか言われたら俺もヤバかった。

 空気を読んだのかは分からないが、丸谷はそれ以上は何も言って来なかった。

 やはり、俺も充分イカれてるのかもしれないと思った。


 次の日、色々考えたが、やはりどう考えても俺が悪いので丸谷に

「丸谷君、昨日は調子に乗ってすみませんでした」

 と謝った。

 喜連川少年院を経験していなければ、絶対に出来ない事だと思った。


 すると丸谷も

「いや、あそこまでやられるとさすがに俺も……こちらこそ!」

 言葉では謝って来なかったが片手で

「ごめん!」

 のジェスチャーをしてきて和解した。



 しばらくして、俺はまた冗談で

「丸谷君、ここ逃げる気ないですか?』

 と聞いてみた。

 丸谷は何も答えなかった。

 やはり、冗談は通じないんだと思って放っといた。


 結局、冗談の通じない(俺も調子に乗りすぎたが)丸谷は、先生に注意された時に

「うるせんだよ!」

 とぶちキレて個室寮に連れてかれてしまった。

 俺はここの院生は、なんて怒りの導火線が短い人ばかりなんだって思った……。


 集団室に一人になってしまったので、二人が入ってきて三人部屋になった。

 この二人はなんだか知らないが、えらく真面目な二人でテレビも一切見ないで黙々と課題か何かをやっていた。

 俺は何なんだ?

 この二人は?

 って思った。

 喜連川少年院ではこれが普通だったのに、今までがヤバい院生ばかりだったので感覚が麻痺してしまっていた。

 だけど、この二人だってここにいる以上、蓋を開けたらそれなりの犯罪者には間違いないだろう……と思った。

 もしかしたら俺と同じ年少太郎だったのかもしれない……。


 このメンバーで正月を迎えた。

 俺にとっては連続四回目の少年院での正月だった(ちなみにクリスマスも)。

 イケメンの高先輩が、俺は夏しかいないから

「チューブ」

 と呼んでいた事を思い出した。

 高先輩以外に言われていたらぶちキレていただろうが、尊敬している高先輩なら許せた。


 正月は土、日、同様テレビが沢山見れた。

 特別課題として絵かるたの創作を余儀なくされた。

 俺は絵心がまるでないので、嫌な課題だと思った。

 辞書が一人一冊ずつ支給されていたので、ことわざの絵かるたを作る事にした。

 絵は小学生低学年レベルの絵だったが、先生に教えてもらったりしてなんとか完成したので達成感はすごく感じられた。

 今思えば、この課題は沢山の事を覚えられるし(俺はことわざだったが)、絵も上達するし、かなり勉強になる課題だと思う……。



 一ヶ月遅れてしまったので、二月にようやく二級上(黄色バッチ)に進級出来た。

 進級しても、予科の期間が二ヶ月という事もあって、一寮西に空きが出来るまでは転寮する事は出来なかった。

各寮の人数の状況によって変わってくると思うが、この時はもう一ヶ月くらい予科で過ごすのが平均的だった。


 しかし、やっと進級したと喜んでいたのも束の間だった……。


 二月の下旬、丸谷が他の部屋で不正連絡をして調査になったようで、俺との事も丸谷が自白した為に俺は静思寮にまた入れられてしまった。

 この時はなぜかカメラ付きの部屋(喜連川少年院のような隠しカメラではなかった)に入れられたので、正座を途中でサボる事も出来なかった。

 ずっと見てるわけではないと思って時々サボったが、すぐにバレて怒られた。

 日記のコメントにも

「正座をサボってるようじゃ移動はさせないからな!」

 と書かれていた。

 もしかしたら録画されていて後からでも見れるのかもしれない。

 だとしたら早送りしても正座をサボってる姿なんか一目瞭然であった。

 俺は日記のコメントで怒られてからは正座を一切サボれなくなった。

 もちろん痛いしきつかったが……。


 この部屋は、皮手錠されても水道が使えるようにか、蛇口が存在せず、床に足で押すボタンが付いていた。

 ボタンを踏むと水が出るのだ。


 丸谷はすっかり密告していて、俺が冗談で

「逃げる気ないですか?」

 と言った事まで先生に言っていた。

 あの野郎!

 とは思ったが、どのみちまた一ヶ月遅れるのだから同じ事だと思って諦めた。

 せめてもの救いは、進級したばかりという事だった。

 一ヶ月遅れる事には変わらないが、もう赤バッチは嫌だったからだ。


 だが俺が思っていたよりもずっと厳しかった。

 一週間以上の調査が終わって、処分を言い渡されて俺は愕然とした。


逃走企図(とうそうきと)

 となり、処分は謹慎十五日と階級降下だった。

 俺は嘘だろ?

 って思った。

 階級降下とはその名称通り、赤バッチに戻されるのだ。

 それに謹慎十五日といったら調査も合わせて、ほぼ静思寮に一ヶ月いる事になるので、少なくとも二ヶ月は出院が延びる事が確定してしまった。

 それだけ逃走は罪が重く、冗談だろうが何だろうが

「逃げる」

 を口に出しただけで処分されると言われ、もう何も言っても無駄だった……。

 こんな事なら丸谷しか知らないのだから

「そんな事は言っていない」

 と逃走の事だけは否認すればよかったと後悔した……。


 丸谷は元々進級していないので階級降下にはならなかったが、なぜか俺より重い謹慎二十日になっていた。

 俺は関わっていない丸谷と不正連絡した人達も同じくらい重い処分だったので、俺と同じように逃走を口にしたのかもしれないが、先生はそこは教えてくれなかったので分からなかった。


 こうして俺は、あと十五日も正座地獄を過ごす事になった……。

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