八街少年院 その③(集団室)
テレビを見ていると、色々な事を考える事が出来た。
集中してずっと見続けられるわけではないからだ。
興味のない内容も沢山あるし……。
それでも、喜連川少年院を出た時に周りの話題についていけなかった事がトラウマになっていたようで、興味があるなしに関係なく俺は貪欲にテレビを見続けた……。
もちろん、課題作文や漢字練習、日記等、やる事をしっかりやっていれば先生に怒られる事はなかった。
毎月、漢字テストと交通法規のテストが行われ、受からなかった人は先生から嫌味を言われる事はあったが、テレビ禁止にはならなかった。
漢字テストは九級から始まってどんどん難易度が上がっていくので面白かった。
俺はそれなりに勉強してきたので、しばらく余裕だった。
交通法規は、出院後に運転免許がすぐ取れるようにする為の勉強だった。
比較的、年齢層が高いからなのだろう、交通法規の勉強はここでしかやらなかったので新鮮で楽しかった。
すでに運転免許を持っている院生もいるだろうから、その人達にとってはあまり意味がない事だとは思った。
あと強制的に珠算を全員が習わされた。
テレビを見ている時に、なぜか捕まる前に秋森に仲間外れにされた事を思い出していた。
イカつい顔の竜に
「丸くなったね」
と言われた事もあり、なんだか秋森が無性にムカついてき。
やはり、どう考えてもあれは許せなかった。
ついていけないからって、のけ者にするなんてありえない……。
そうだ!
出院したら秋森をぶっ飛ばそう!
俺はそう決めた。
あいつは勘違いしている。
俺が捕まっていなかったら、あいつやタリはあの位置にいなかった可能性が高い。
調子に乗り過ぎたあいつの為にも、お灸を据えてやると決めたのだった……。
テレビのカレーのCMを見ていて、ん?
と思った。
見た事ある人が映っていたのだ。
どこかで見た事があるなと思っていたら、俺の通っていた劇団スクールの同期の人だと思い出した。
なにぃ!
俺は嬉しいというより、ショックの方が大きかった。
俺がテレビを見ていなかっただけで、みんな活躍しているのかもしれない……。
俺もあのまま続けていれば出演出来たかもしれないと思ったが、どのみち俺では芸能スクールに迷惑を掛ける羽目になっていたと思うので、あそこでやめてよかったと思った。
その後も時々テレビで何人か見かけたが、俺が憶えている人でめちゃくちゃ売れた人はいなかった。
モーニング娘の初期メンバーの一人が、同じ芸能スクール出身なので会ってるかもしれないが、女の子は男より遥かに多くいたので、残念ながら誰一人憶えていなかった……。
朝礼、昼礼で全院生が見れるのだが、喜連川少年院で一緒だった人が何人かいた。
特に
「茨城です」
と俺に言ってきた黒人とハーフと見られる人がすでに一級下の寮にいたので驚いた。
俺より半年も早く捕まった事になるが、俺は一回目の少年院を出てたったの三ヶ月で捕まったので人の事は言えなかった。
結局、この八街少年院を出院するまでに喜連川少年院出身の院生は十人くらいいた。
といっても、喜連川少年院で俺と同じ寮にならなかった人間はよっぽどインパクトがないと憶えていないので、実際にはもっといたかもしれなかったが……。
予科の座学の時に先生が不意に
「この中でシンナーを飲んだ事ある人?」
と聞いてきたので俺は、は?
そんな奴いるわけないでしょ?
あんなもん飲んだら胃に穴が確実に空くでしょ!
何言ってんだ?
この先生は?
と思っていたら、三人くらいが手を挙げた。
俺は嘘だろ!
って思った。
でも確かに、申し訳ないが手を挙げた人間は脳味噌が溶けてそうな人間ばかりだった。
ここでは犯罪傾向が進み過ぎてて話し合いなど出来ないので、ホームルームが存在しないと聞かされ、俺はとんでもない所に来てしまったと思った。
さすがは特別少年院を抜かせば少年院の中では一番犯罪傾向が進んでいる場所だと思った。
だからこそ、俺みたいな年少太郎(少年院を出たり入ったりしてる人の事)には逆に楽に感じてしまうのだ……。
一週間以上経ち、やっと集団室へと移った。
ここでは他生を
「君付け」
する事とお互い敬語で話す以外には決まったルールはなかった。
正直言うと、個室でもTVが見れる以上、別に個室でも十分快適だったが……。
部屋にはすでに二人いて、一人は千葉の新松戸の岩田、もう一人は茨城県出身の百八十センチちょいくらいある秋池だった。
俺的には鑑別所のノリだったので、先生に隠れて色々話していたのだ。
岩田は俺の一つ下で危ない雰囲気を醸し出していたが、怒らせなければ普段はいい奴だった。
だがこの男はよくも悪くも思い立ったらすぐ行動する人間みたいで、俺が半分冗談で
「女子少年院は坊主にしないからいいですよね!」
と言うと、岩田が興奮したのか、なぜかタメ口で
「そうだよね!」
と言い報知版を出して先生を呼び出した。
先生が来ると、岩田はすごい剣幕で
「先生!何で女は髪切らないのに俺らは坊主にしなくちゃいけないんですか?」
と詰め寄っていた。
俺は、いやいやいやいや、そんな事先生に言っても無駄だから!
しょせん先生は雇われてるだけで、それを変えるのは院長だって無理だと思われるレベルの話なのだから……。
秋池は俺と同じ歳で、性格はとてもいい奴に見えた。
岩田と秋池は二人とも、覚醒剤で捕まったみたいで、覚醒剤の話ばかりしていた。
俺は覚醒剤に興味がなかったのでカヤの外だったが、二人は仲良さそうに見えた。
俺達三人はうまい事生活していた。
そんなある日、この少年院で出てくるカレーの話になって、俺が
「ここのカレーって、やたら味が薄いですよね?」
と言うと二人とも乗ってきて、岩田が
「確かに薄いっすよね!醤油かけるとうまいっすよね!」
すると秋池が
「いやいや、ソースでしょ!」
岩田は反論した。
「醤油だって!醤油マジでうまいから!」
だが秋池は醤油反対派みたいで
「醤油はおかしいだろ!ソースに決まってんじゃん!」
俺は、おいおい!
やめとけ!
おまえら!
そんなに揉める事じゃないぞ!
次、カレーが出た時にお互い試せばいいだけじゃないか!
ちなみに俺も両方試したが醤油派だった。
確かにカレーに醤油は先入観でおかしいと思うが、ここのカレーは不思議と醤油を入れるとうまくなったのだ。
だがヒートアップしつつある、この状況で岩田につく事も出来ず、固唾を飲んでこの状況を見守った。
岩田が
「いや、マジで醤油うまいから!今度試してみろって!」
おっ!
なんか、いい感じに終わるかなって思っていたら
、秋池はカレーに醤油は全否定だったみたいで
「このきちがい!」
と言い出した。
俺も醤油派だった事もあって、さすがにそれは言い過ぎだろ!
って思ったが即行動派の岩田は俺が思うより早く、ツカツカと秋池の所まで近付き
「てめえ、なめてんのか?この野郎!」
俺は正直、この岩田の行動に魅了されてしまった。
なぜなら俺は今までほとんどやる側だったので、こんな少年院の中で平然と喧嘩を売る岩田に魅了されるのは当然だったのかもしれない……。
秋池もそこまでしてくるとは思っていなかったので躊躇していたから、俺が間に入って
「岩田君、やめときなよ!久里浜行きになっちゃうよ!」
俺はこの純粋な岩田が好きだった。
昔の俺を見ているようだった(昔の俺を超えているが……)。
俺の本気に岩田は我に返ったようで
「そうだよね!」
と止まった。
ふぅ……よかった……と思ったのも束の間、先生が
「おまえら!何してんだ!」
と現れた。
なんてタイミングが悪いんだと思ったが、あんだけ騒げば無理もなかったが……。
俺以外の二人は個室寮へと移動させられた。
俺は残寮調査という、少年院で初めて聞いた処分になった。
集団室に一人でいるのはなんだか寂しかったが、結局地元の話とかをしていた事がバレて俺も個室寮へと移された。
個室寮だけは正座地獄なのできつかった。
早くも出院が一ヶ月延びてしまった。
俺は優香の事を想って耐えた。
もちろん、付き合っていないので待っていてくれるはずなんてなかった。
きっと黄色みたいな結果になるだろう……。
そうだけど、俺なんかと
「付き合いたい」
と言ってくれた優香をひたすら想い続けた。
正座をしながら俺は過去の恋愛を振り返っていた。
すると俺は気付いてしまったのだ。
ずっと逃げ続けていた臆病で情けない自分に……。
中学一年生の時に好きだった美人顔の舞からも逃げ、三年間(三年いないけど)恋した蛍からも逃げ、結局黄色にも告白したのに逃げた……。
理美には告白したが、一番好きではなかった。
蛍に告白してフラレた今町の方が俺なんかよりよっぽどカッコよかったと思った……。
俺はこの時、決意した。
俺がこの少年院を出たら優香に想いを告げると……。
その時は彼氏がいるかもしれないのでフラれるかもしれないが、そんな事はどうでもいいから必ず想いを告げる事をこの時、誓った。
こうして俺は調査の後、謹慎五日という処分を受けて二寮東(予科寮)へと戻された。
なぜか部屋替えはなく、俺はしばらく集団室にまた一人で過ごしていた……。
なぜか喧嘩を売った側の岩田の方が秋池より先に戻ってきたから俺は驚いた。
すると岩田が
「秋池が先生と揉めてドアを蹴りまくって暴れまくってたよ!」
と言ってきた。
え?
あの温厚そうな秋池が?
マジかよ?
って思った。
そういや、予科の行動訓練中にトイレ行きたいって言い出した院生がいて、先生が我慢しろって言った瞬間、ズボンもパンツも脱がずにそのままわざと漏らして、何の悪気もなく平然と
「すみません、我慢出来ませんでした」
って言い出した院生がいたのだ。
シンナーを飲んだ人間といい、確かにここの人間は色々な意味でヤバいのかもしれなかった。
少年院三回目の俺が言うのもなんだが、俺はすごくまともな人間に思えた。
それに風呂に入った時に気付いたが、少年なのに刺青を入れている人間がやたらいて、ここは反社会的勢力に属している人間が多いと先生が言っていた……。
しばらくして秋池が戻ってきた。
俺と岩田は興味津々で事の顛末を聞いた。
何があったか知らないが個室寮の先生にムカついてぶちキレたらしかった。
暴れまくって、俺も見た事がないが、机もベッドも何もない部屋に皮手錠(今では禁止になったみたいだが後ろ手に固定されて手錠を掛けられる物)を掛けられ入れられたと言った。
俺は
「よくそれで戻って来れたね?」
って聞いたら秋池が
「だって、俺って天使だもん!」
ってニッコリ笑ってる姿を見て、やっぱりこいつも半端じゃないって思った。
俺があの時止めなかったらどんな事になってたんだろう……と思った。
それからは三人で何事もなく生活していたのだが、岩田が先生と揉め出した。
正直、岩田は先生としょっちゅう揉めていたので、俺はいつもの事だと思って放っておいた。
なので内容も憶えていない……。
よく調査にならないものだなって感心していたのだが、今回ばかりは違った。
岩田が一線を超えてしまったのだ……。
正直、ここの先生は普段は優しい先生ばかりだった。
対等……と言ったら語弊があるかもしれないが、同じ目線で話を聞いてくれる先生ばかりだった。
それに比べると喜連川少年院の先生は、院生同士が注意し合うシステムのせいか、偉そうにしている先生ばかりだった。
罪を犯している立場の俺からしたら、どちらが正しいのか言う権利はないが、少なくとも俺は全体的に八街少年院の先生の方が好感が持て。
もちろん、喜連川少年院にも尊敬出来る先生は何人かいたが……。
ちなみに、かと言ってこの八街少年院の先生が院生にビビッているわけでは決してなかった。
さすがは関東圏内の最高峰の少年院だけあって、前述した日体大はもちろん、国士舘大学出身、柔道何段だの、元機動隊だの、先生自体は化物揃いだった。
あくまで真面目にやってれば同じ目線で接してくれるというだけであって、規律違反者には容赦なかった。
つまり、院生も先生も一般社会からしたら化物ばかりだという事だ。
この中にいると、勝手に自分はまともだと思っているだけで世間一般からすると、俺も充分まともではないのかもしれなかったが……。
話を戻すと岩田は
「ふざけんなよ!」
と敬語を使わずキレてしまったのだ。
そりゃ、まずいよ、岩田君!
と思ったが、俺はすっかり岩田のイケイケぶりに魅了されてしまっていたせいか、今回は対先生という事もあって、傍観してしまった。
先生もしばらくは、大目に見て
「まあまあ」
という感じだったが、岩田がボールペンを持ち出してキレてしまった。
「このドア開けてくださいよ!」
「…………」
「さっさと開けろよ!目ん玉ぶっ刺してやるからよ!」
と岩田がぶちキレだした。
俺は岩田君、それはいくらなんでもやり過ぎではなかろうか?
と思っていた。
後で気付いたが、先生は俺を止め役に同室にしていたはずなのに、すっかり岩田に魅了されてる俺は全く止めなかった。
先生はドア越しに、すごく悲しげな表情をしてから
「そうか……本当にやるのか?」
俺はそれを見た瞬間、ハッとある事を思い出してせつなくなってしまった……。
その時の表情と台詞が中学生の時、曽明をぶっ飛ばす前の俺が大好きだった蛍とそっくりだったからだ……。
第三者の立場から見て初めて気付いたせつない表情……。
本当にやるの?
は確認なんかじゃなかった。
やめて欲しくて仕方ない心の表れだったのだ。
あの頃にフラッシュバックした。
ああ、なぜ俺は蛍の想いに気付けなかったのだろうか……。
当たり前だが俺の回想に関係なく、先生はそう言うとドア越しから姿を消した。
数秒後
「ジリリリリリリリリリリリリリリリリ……」
と、けたたましい音が鳴り響いた……。
ドア越しに十数人の先生が終結し、ドアが開けられ岩田は連れてかれた。
ここまでするのか……、いや正しいのだと思った。
俺は岩田の止めなかったせいか、お役御免?となり、別の部屋に移動になった……。




