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底から出てもそこは底  作者: 三頭脳
三回目の少年院
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八街少年院 その②(予科寮に移って)

 

 転寮前にバッチを渡された。

 バッチの形は水府学院と喜連川少年院は四角だったが、八街少年院は直径四センチくらいの丸いバッチで縁だけが赤い色だった。


 昼前に、荷物を持って二寮東と言われる予科の寮へと移った。

 寮に入る前に二寮東の先生と対面し、俺をここまで連れてきた静思寮の先生から

「気を付け!礼!」

 と言われた。

 不意に言われたが、二回の少年院生活により体が勝手に反応して完璧な動きを見せた。

 だが行動は完璧だったが、発する言葉が思い付かず、うっかり

「こんにちは!」

 と言ってしまった。

 間違いではないかもしれないが、この場合は

「よろしくお願いします!」

 か、むしろ何も言わないのが正解だったと思われた。


 荷物を寮内の個室に一旦置いてから、また寮の前に連れてかれた。

 集団生活するに当たっての説明を聞き、心構えを聞かれた。

 心構えと言われても来たくて来た訳ではないので、本当は何もないが

「しっかりと規則を守って、他の院生や先生に迷惑をかけないように生活していきたいと思います」

 のような事を適当に言っておいた。


 最後にどういう訳か

「一から十まで全力で叫んでみろ」

 と言われたので

「一!二!三……」

 と番号を言う時のように短く叫んだ。

 俺の中では全力だったので、完璧にやり切ったと思った。

 ところが

「それでは駄目だ!俺が見本を見せるから俺に続け!」

 と言われた。

 俺は何が駄目なんだ?

 そもそも一体これは何なのだ?

 これをやる理由を説明して欲しかった。

 そして見本を見せてくれるなら初めから見せてくれ!

 と思った。


「い〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ち!」

 先生は全力で伸ばして叫んだ。

 俺はなにい!

 と思った。

 確かにこれに比べたら俺なんて全力とは呼べない!

 だけど、それがどうした?

 と思いつつ

「い〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ち!」

 と真似して全力で伸ばして叫んだ。


「に〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!」


「に〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!」

 …………と、十まで交互に叫んだ。

 俺は謎の洗礼を受けながら、何なんだ?

 この体育会系のノリは?

 と思った。

 後に、この先生は日体大出身だと聞いて、やっぱりな!

 って思った。

 この時は嫌だったけど、この八街少年院にいる間はずっと、誰かが入ってくる度にこの叫び声が聞こえてくるので、それはそれで懐かしく感じたし、初心を思い出させられたので、まるっきり意味がない訳ではないと思った……。


 謎の洗礼を受けた後、荷物を置いた個室に入れられた。

 いつの間にか、誰がやってくれたのか知らないが荷物が整理されていた。

 ここでまず驚いた事は、扉に鍵が付いてるので寮内を自由に歩き回る事が出来ない事だった。

 四人部屋が四、五部屋あって個室も四、五部屋あった(寮内を歩き回れないのではっきり憶えていない)。


 だけど最大四人部屋なので、面倒臭い集団生活をしなくていいのは嬉しかった。

 鑑別所みたいだなって思った。


 個室の造りは、個室寮とほぼ一緒だったがテレビが置いてあった。


 少しすると昼飯の時間になり、ドアが開けられホールへと先生に誘導された。

 その誘導してくれた先生は低姿勢で優しかった。

 どうやら食事はホールで全員で食べるようだ。

 三人掛けの長テーブルが二列に並んでおり、みんな同じ方向を向いて座った。

 俺は三人掛けの左だったのだが、先生が

「端の人は狭いから片足外に出していいですよ」

 と言ってきたので俺はかなり驚いた。

 喜連川少年院でそんな事したら大変な事になるからだ。

 日直が

「姿勢を正して黙想!…………やめ!」


  「いただきます!」

 普通の音量だった。

 ここでは箸が自分専用のではないので逆に楽だった。

 お茶のおかわりがしたい時は先生に言えば注いでくれるし、水府学院とも喜連川少年院とも全く違って新鮮だった。


 食事が終わると、また日直が

「姿勢を正して黙想!…………やめ!」


「いただきました!」

 ん?

 いただきましたって何だ?

 って思った。

 生まれて初めて聞いた台詞だったので違和感しかなかった。

 生まれた時から

「いただきます」

「御馳走様でした」

 が当たり前だったので、なんなんだ?

 ここは?

 って思った。

 これは俺の勝手な考えだが、過去に

「こんなの御馳走じゃねぇ!」

 ってぶちキレた院生でもいたんじゃないかと思った。

 テーブルの端の人が、片足を出していいっていうのも、それが原因で院生同士が喧嘩になった事があったんじゃないかと思った。

 ここでは部屋で一番古い院生がなる部屋の責任者の事を

「室委員」

と呼ぶ辺りもおかしい……。

 そうやってルールとは作られていくものだからである。

 食事は普通に残してる人がいたが、ここでは問題ないようだった。


 午後になって出寮して中庭に全院生が集合して点呼を行ったが、行動訓練は二ヶ月もやってるはずなのに、一回目の水府学院よりもレベルが低かった。

 人数の報告の仕方は水府学院とほぼ一緒だった。


 この少年院ではジャージで生活する事が多いようで、二級下は黒ジャージ、二級上は灰色ジャージ、一級下が青ジャージ、一級上が紫のジャージだった。

 級ごとに寮が分かれているので、確かにこれなら分かりやすかった。


 予科はやはり行動訓練と座学を行い、水府学院と喜連川少年院と一緒だった。


 行動訓練は水府学院とほぼ一緒だったが

「休め」

 の姿勢だけ少し違った。

「気を付け」

 の姿勢から足を真横に広げるのは一緒だったが、手は前か後ろに組んでいいので楽だった。

 俺はこれこそ

「休め」

 だと思った。


 あと予科期間が長いせいか

「左(右)向け、前へ進め!」

 という行進しながらいきなり全員が左(右)を向く号令を教わった。

 つまり縦隊なのがいきなり横隊へと変わる。


 もう一つ

「回れ右、前へ進め!」

 というのがあって、これは行進しながらいきなり百八十度向きを変えるというものだった。

 どちらも高度な技なので少年院生活で使う事はないが、なぜか八街少年院の予科では習わされた。

 俺としては三回目の少年院なので、これは新鮮だったから楽しかったが……。


 午後の予科の授業が終わると、今までの少年院と同じで体育が始まった。


 ここでは二週間に一回、土曜日の午前中にタイムを計って三キロ走るせいか、普段の体育は比較的筋トレ系が多かった。

 俺は心臓病なので三キロは危険だから本気では走らなかった。

 最初のタイムが十六分丁度でかなり遅かったが、それから出院まで記録を伸ばし続けた。

といっても、最後は十二分代にやっとイケた程度のタイムだった。

 速い院生でも十分代がやっとだったと思った。

 それでも化け物みたいに速く感じたので、後に日本記録を調べた時は驚愕した。

 マラソン大会はこの少年院には存在しなかった。


 有酸素系が多かった喜連川少年院とは比較しづらいが、きつさレベルは同じくらいだと俺は思った。

 あとは好き嫌いの問題だと思う……。

 ちなみに土曜日の午前中、三キロ走らない週は映画を見せてもらえた。

 映画といっても先生が借りた来たレンタルビデオだが、比較的新しい物を見せてもらえるので嬉しかった。

「もののけ姫」

 などのアニメも時々見せてくれた。


 体育が終わって夕飯を食べると、自習となり、読書や課題作文、漢字練習(一日、大学ノート三ページが義務付けられていた)を行った。

 六時からは日記を書く時間となり、日記を書いたら漢字練習帳と一緒に提出した。

 ここではホームルームは存在しなかった。

 つまり、予科の座学と食事以外、ホールに行く事はなく、居室で過ごしたのだ。

 俺は正直、喜連川少年院に比べたらなんて楽なんだと思った。

 なんせ喜連川少年院で嫌いだった、上級生との共同生活、ホームルーム、細かい決まりという俺のワースト三が全てなかったのだ。

 その上ご飯はうまいし、七時から九時まではテレビも見れた。

 土曜日と日曜日の午後に至っては、午後一時から午後四時半まで三時間半もテレビを見る事が許された。

 もちろん土曜日と日曜日も午後七時から九時のテレビも見る事が出来た。

 俺はここなら一年くらい余裕だと思った。

 むしろ、楽しいとさえ感じている自分がいた。


 テレビが終わるとパジャマに着替えてベッドの上に正座した。

 鍵が掛かっているので一部屋ずつ点呼をとって就寝となった。



 朝七時に起きて、就寝時と同じように一部屋ずつ点呼を取ったら、部屋の中を掃除して朝食となった。


 朝食後、出寮までは自習して九時前に出寮となった。

 朝礼はラジオ体操をやり、院歌を歌ったりしたがそれ以外は昼礼と同じだった。


 午前中の予科の授業が終わって、一日の流れが分かったが、やはり喜連川少年院に比べたら楽で仕方がなかった。

 もちろん喜連川少年院の方がいいという人間もいると思うし、外に比べたら全然きついが、ここはかなりきついと思っていただけに、俺はそう感じてしまったのだ……。

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