「悪役令嬢しりとり」
「理解できないようなら何度でも言おう。生まれた時から俺達の間に結ばれていた忌々しい婚約は、今日を持って解消する。ルイーズ男爵令嬢こそ俺の真実の愛のパートナーであり婚約者に相応しい!」
「一方的に婚約解消と仰いますが、両家の間で結ばれた契約をそんな簡単に解消できるとお思いですか?」
「可憐なルイーズに愚かにも嫉妬して、彼女を害そうとした罪人との婚約など継続できるわけがないだろうが!」
「学園内での最低限のマナーとして濫りに殿方との距離を詰め過ぎないように忠告差し上げたことならありますけれど、ルイーズさんを傷つけるような行為をした覚えは全くありませんよ」
「余計なお世話だ!男爵家に養子に入るまで平民の生活をしていた彼女がマナーを知らないのは当然だというのに。憎まれ口を叩きおって…手を替え品を替え、彼女に嫌がらせをしたことは調べがついている」
「ルールを守らない彼女を正しく導くことこそ、未来の王太子妃である私の当然の役目でしょう。後ろ指をさされるような真似は勿論しておりませんけれど。どんな勘違いをなさったのか分かりませんが、彼女のために行った親切を嫌がらせと言われるなんて心外ですね」
「ねちねちと彼女の一挙手一投足に難癖をつけ、精神的に追い詰めようとしていただけだろう。恨み言一つ口にしないルイーズの爪の垢を煎じて飲ませたいぐらいだ。だが既にお前は私の婚約者ではないし永遠に王太子妃になることはない。今からお前は国外追放されるただの哀れな女だ」
「大胆なことを仰っていますが陛下や王妃様はご存じなのですか?軽々しく決めて良いことではないはずです」
「素晴らしい決定だときっと褒めていただけるに違いない。言うまでもないことだが母上も元平民の出だからな。生意気なお前とは違って、素直なルイーズとならすぐに打ち解けてくださるだろう」
「浮かれていらっしゃるところ申し訳ありませんが、何か勘違いをしていらっしゃいませんか。かつて前例がないほど王国有数の才女でいらっしゃったお母様が、婚約者を流行り病で亡くされた陛下と結婚なさった状況と、今の私達が置かれている状況は全く異なると思うのですが」
「ガミガミと本当に煩いやつだな。泣いて許しを請えばそれなりに情状酌量の余地があるかとも思っていたが。我慢の限界だ。誰かこの女を引っ捕らえよ」
「……よく分かりました…只今からアラン第一王子とルイーズ男爵令嬢に処分を言い渡します。すぐに荷物をまとめて国外追放の準備をしてください。言うまでもなく王子には廃嫡処分が下されますが、お二人が夫婦になることは何ら問題ありませんので、これから仲良く力を合わせて頑張ってくださいね」
「寝言は寝て言え!衛兵達もなぜぼーっと突っ立っているのだ?」
「誰もあなたのことをもう王子と思っていないからです。既に陛下と王妃様も処分については一任して下さっていますのでご心配なく。来る日も来る日も王太子教育をさぼって遊び歩いているあなたのことを、いつも気にかけていらっしゃったお二人ですが、とうとうあなたのことを諦められたようです。『すまない、苦労をかける』と涙ながらに労ってくださいました。たった今から私の婚約者はダニエル第二王子様です」
「………す、すまなかった…互いに少し行き違いがあったようだ…誰だって間違えることくらいあるだろう?」
「うふふ…不思議ですね。念願だったあなたからの謝罪が最後の言葉だなんて」
「手を離せ無礼者ども!もう一度俺がここに舞い戻るまでせいぜい覚悟しておけ!決して許さん!」
「『ん』で終わったから、ちなみちゃんの負け~」
「健闘していたのにやっちゃった…楽しいけど悔しいな~!何回やってものぞみちゃん強すぎるよ~!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「よく分からないのだけれど、あの二人は何をやっているのかしら、佐藤先生」
「今園児の間で大流行している悪役令嬢しりとりを知らないのですか?からかわないでくださいよ、鈴木先生」
「いつになったら懲りるのよ、あなた、また子供達に変な遊びを教えたでしょ!」
「幼児教育に最適な遊戯を、変な遊びとは失礼な!何を隠そうこの私が発明した悪役令嬢しりとりは、悪役令嬢の世界観を再現し体験することで、男女関係のトラブルへの対処法を自然に身に付けつつ高度な頭脳戦を楽しむことが出来る超!エキサイティン!なしりとりなんですから!」
「ランドセル背負う前の5歳児が痴情のもつれについて学んでいいわけないでしょう。うちの幼稚園であの子達に今教えるべきなのは、ひらがなの読み書きなの。後々保護者からのクレームがきても知らないわよ」
「よ、良い子の皆さんに大切なお知らせです!素晴らしい遊びではあるのですが、悪役令嬢しりとりは絶対おうちでやってはいけませんよ!」
予想通り、保護者からのお怒りの連絡が殺到し、悪役令嬢しりとりは園内で全面禁止されることになったとさ。さもありなん。