勇者よ、貴様にいいことを教えてやろう
「ついに辿り着いたぞ、魔王城、玉座の間……」
『クックック……、ついにここまで来たか。待っていたぞ、勇者よ』
「その声は、魔王か!?」
『いかにも。余こそが魔王である』
「く、何という風格……。今までの敵とはオーラが違う!」
『ほぉ、わかるか。しかし、だというのに貴様は一人か。見くびられたものよ』
「俺の戦いに、仲間はいらない!」
『フ、その瞳に宿る懊悩。そうか、仲間に別れを告げてきたか』
「戦うのは俺一人でいい。例え敗れても、人が一人死ぬだけだ。大した被害じゃない!」
『敗北を覚悟しての決死行。見上げたものと言いたいが、その覚悟も無駄に終わるぞ?』
「無駄なものか! おまえを討てば、世界は少しだけ平和に近づくんだ!」
『フ、フ、フ。何とも勇ましい。それでこそ勇者というべきか……』
「言葉は全て語り終えた、行くぞ魔王!」
『その意気やよし! ――しかし、本当に余を討ってもいいのかなぁ?』
「……何だと?」
『勇者よ、貴様にいいことを教えてやろう!』
「おまえの口車になど乗るつもりはない!」
『聞かないとおまえ、自分の内臓をオークションにかけるハメになるぞ』
「…………は?」
『だから内臓。五臓六腑。心臓とか、肝臓とか、腎臓とか、胃とか肺とか。知ってる?』
「モンスターのなら見慣れてるけど?」
『あー、戦闘でバッサバッサやってるもんね。うわ、グロ。キモ』
「おまえが言い出したことだろうがッ!」
『ごめんごめん。いや、でもね、マジで内臓売り飛ばすことになるから、聞いて』
「その微妙に心配げな声音が気になって集中力途切れたわ。何だよ、言えよ!」
『このまま、おまえが余を討って帰るとするじゃん?」
「おう」
『そこで勇者を待っているのは、凱旋した勇者を称える民衆ではなく、槍を構えた衛兵さん。そして捕まって牢屋のクサイ飯、さらには訴訟の嵐! 行き着く先は臓器バイバイ!』
「ああ、売買とバイバイを掛けた――、うるせぇ!」
『プッ、売買と、バイバイて……。プスー! くっ、腹筋が……!』
「笑いの沸点低ッ――、って、自覚なしのダジャレかよ!?」
『さすがだな、勇者よ。だがどうやら、貴様こそ自覚がないようだな!』
「褒められても全然嬉しくないわー。っつーか、何で俺が捕まるんだよ!?」
『ほぉ、わからんか。トボけているワケでもないようだな』
「当たり前だろうが、俺は勇者だぞ! 悪いことなんか何もしてねぇわ!」
『民家漁ってるのは?』
「…………(硬直)」
『タンスを調べた! 薬草を手に入れた! 壺を割った! お金を手に入れた!』
「な、なななななな、何の、こ、こここここことだだだだだだだ……!?」
『あまりの高速震動すぎる挙動不審によって床に亀裂が!?』
「は? タンス? 何のことかぁ~?(目線が←) わからんしぃ~?(目線が→)」
『右から来た目が左に通り抜けてる時点で語るに落ちているぞ?』
「黙れ! 民家漁りは、その……、施し! 街の人達から受けた善意の施しだ!」
『説得力ないなって自分で言っててわかってるよね?』
「見透かすなァ!」
『ほら、自覚あるじゃん』
「施し! 施しなの! もらったモノは、全部、旅に役立ててきたから!」
『道具屋に売って金に換えた事実を『役に立った』とのたまうのか、おまえは……』
「戦慄してんじゃねぇよ!? 全部、おまえを討つための旅費だよ文句あんのかよ!」
『え、でもかなりの金額、カジノにつぎ込んでたよね?』
「…………(目線が→)」
『しかもおまえさ、人がいる家でも白昼堂々漁りまくってたんでしょ? ひくわー』
「…………(目線が←)」
『どう言い繕っても、やってること強盗。強盗じゃない?』
「いや、でも……」
『でも?』
「……今まで、誰からも、何も言われなかったし」
『えー、何も言われないなら強盗していいんだー! へー、知らなかったなー!』
「違ッ、違うの! 強盗とかじゃないの! 別に誰も傷つけてないから!」
『質問』
「何だよ」
『白昼堂々、いきなり部屋に入ってきて無断で金持ってくヤツは?』
「強盗」
『強盗じゃん』
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
『だからね、勇者はね、勇者であると同時に、強盗なの? わかる? 君、犯罪者なの』
「ガキに言って聞かせるような優しい諭し方すんじゃねぇ!」
『言い訳の内容が実際にガキなんだから仕方なかろうが』
「肩竦めんな! いや、だがな魔王、おまえが言ってることは明らかにおかしいぞ!」
『ほぉ? 余がおかしいと? 何がおかしいのだ? 言ってみよ』
「だって俺、捕まったことないし! つまり俺は強盗じゃない! ハイ論破! 勝ちー!」
『うわ、ガキ』
「言葉少なにヒいてんじゃねぇよ!」
『それが本気の反論なら、余、ちょっとおまえのこと可哀想に思っちゃいそう』
「何で!?」
『だって考えてみろ。今おまえが捕まったら、誰が余を討つのだ?』
「あ」
『人類で余に勝てそうなのおまえだけじゃん? じゃあおまえが余を討ったあとで捕まえた方が効率がいいじゃん? おまえがまだ捕まってない理由って、それだけよ?』
「いや、あの、でも……」
『もうちょっと言うとね、仮におまえが余を討つじゃん?』
「はい……」
『余って超強い魔王だから、世界各国から多額の懸賞金かけられてるの。つまりそれもおまえの懐に入るワケ。おまけに、祖国からも莫大な褒賞がもらえるだろうなー、おまえ』
「え、はい、あの、それが一体……?」
『おまえが余を討つと、一生どころか人生十回分くらい余裕で遊んで暮らせるくらいの財産が手に入るワケよ。すると、どうなるかな? わかる?』
「……ぃぇ、ぁの、ゎかりません」
『丸々肥え太った無防備な豚であるおまえに、ハゲタカが群れをなして襲いかかってくる』
「え、それって……」
『つまり、今まで貴様に強盗された各国各市区町村の一般人諸氏が一斉におまえを相手に訴訟を起こすワケだ。だって罪状が明らか過ぎて絶対に勝てるからね!』
「ひぃ……ッ」
『そしておまえは莫大な賠償金を支払うハメになり、全て毟り取られて行き着く先は臓器バイバイ! 人生バイバイ! 無残に朽ちてあの世にバイバイ! ハイ論破!』
「ひぎゃあァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――!?」
『さぁ、勇者よ! 今こそ雌雄を決しようではないか! 決してもおまえ死ぬけどな!』
「待って、お願い、待ってェェェェェェェェ――――ッ!」
『とゆーワケで、世界各国各市区町村の強盗被害者の皆様が余の討伐完了とおまえの帰還を今か今かと待ち構えている。ということはご理解いただけたと思う』
「……お、ぉぉ、おお、俺は、ど、どうすれば」
『フフフフフ、どうにかしたいか? どうにかしたいであろうなぁ~。何なら生き残れる方法、教えてやらんでもないぞぉ~? 何せ余は、博覧強記の魔王であるがゆえな~?』
「本当か!?」
『フフ~ン、教えてほしい?』
「教えてほしい!(ヘドバン)」
『とっても?』
「とっても!(ヘドバン)」
『ンフ~フフフフフ~(自尊心が満たされる笑み)』
「教えてくれ、魔王。俺はどうすれば助かるんだッ!?」
『簡単なことよ。余を討つ前に示談を成立させてしまえばよいのだ』
「じ、示談……?」
『勇者よ、貴様、これまでの旅路でかなりの量のアイテムを溜め込んで、そのままにしておるようではないか。各国に存在していた数多の伝説の武器や防具なども含めて』
「あ、ああ。もう最強武具も手に入れて、使い道もないし。って、それが何だよ?」
『それら全部売っぱらって金に換えればよい』
「……は?」
『それで作った金を、強盗被害者の連中にバラまき、先に和解を成立させればいいのだ』
「そうか! 訴えられる前に先手を打つのか!」
『然様。強盗の被害額以上の金を払うと先に宣言してしまえば、それ以上の金額を求められることも少なかろう。何せ、今の時点でまだおまえは余を討つために活動している勇者なのだ。その活動を邪魔する輩は、世論を敵に回すだろうからな』
「そうか、よし! じゃあ早速、道具屋行って全部売ってくる!」
『うむ、値上げ交渉を忘れるなよ。できる限り高く売って、金銭的な余裕を作っておくのだ。総額で幾ら払うことになるか判明していないのだからな』
「確かに! そうするぜ!」
『では行け、勇者よ!』
「ありがとう、魔王! それじゃ!(転移魔法でビューン)」
『ま、伝説の武器防具なんてほぼ100%『それを売るなんてとんでもない』コースに決まってるけどなー! そんじゃ、今のうちに逃げちゃおーっと!』
――そして魔王城には誰もいなくなった。