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未来の嫁を最強にしてみた  作者: 寺田 秋
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第1章-4話 あやかし乙女

 未来ちゃんの家から村の中心地へと走ってきた俺は、人が集まっているところに着くと、近くに居た人に未来ちゃんの行方を知らないかと尋ねた。

 どうやら今日は村外れの一軒家に住む老人のお手伝いに行っているらしい。

 情報をくれた人にお礼をして、また俺は走り出した。


 村の横にある林を抜けると例の一軒家があるらしい。

 俺は林の中をひた走る。

 しかしこの身体、全く体力が無いのか、とんでもない息切れを起こしていた。

 ふらふらになった俺は林道脇の木にもたれ掛かり休憩する。

 息を整えていると、林の中から女の子の声が聞こえてきた。

 未来ちゃんの声だ。

 アニメオタクの俺は、人の声をすぐに覚えて判別できるんだ!


「ご、ごめんなさい……」

「あらあら、なぜ謝るんです?」


 何故か謝罪をしている未来ちゃんの声だけではなく、他の女の子の声も聞こえてきた。

 俺は木陰に隠れて様子を伺う。

 そこには、地面に座り込む未来ちゃんを囲むように三人の少女が立っていた。

 そして、少し離れたところで巫女装束の赤髪ツインテールな少女と、緑髪で糸目の少年が腕を組みながら岩に腰掛け、未来ちゃんたち四人のことを観察している。


「奉仕活動をして村人からの心証を少しでも良くしようという魂胆でしょうか? フフッ、惨めですね」

「ろくに仕事ができないから、それぐらいしかやることがないのでしょう」

「可哀想に……。あの名門四ツ目家も、あなたの代でお終いでしょうね」

「…………」


 未来ちゃんを囲んでいた三人が、彼女を嘲笑うようにまくしたてる。


「なぜ反論しないのです? はぁ……、あなたのような卑屈な落ちこぼれが『あやかし乙女(おとめ)』の代表面をされますと、こちらも困ってしまいますの」

「あやかし乙女は高貴な存在。あなたはご自分の立場を分かっていらして?」

「あの四ツ目家のあやかし乙女が奉仕活動などという雑用をされると、私たちも同じことをしなければならなくなりますわ」

「「「お分かり?」」」

「……はい、ごめんなさい」


 未来ちゃんの顔はどんどん曇っていった。

 『あやかし乙女』とかいうのが何なのか分からないが、未来ちゃんは良いことをしているのに変わりはない。なのに何故そんな酷い言い方をされなければならないのだろうか。

 仲裁に入ろうかと思ったが、女子のいじめ現場の空気感、その陰湿な様と妙な気迫に気圧されてしまい、動くことができなかった。

 脈が速くなり、息が詰まる。

 動けないのが情けない。


「あやかし乙女ならば、謝罪だけでなく行動で示していただきたいですわね」

「そうですね。期待しておいてあげますわ」

「では、ごきげんよう」


 そう言い捨てて三人の少女はどこかへ行ってしまった。

 俺は胸を撫で下ろし、ふらふらと未来ちゃんの下へと歩いていった。


「あっ、与正くん⁉ 見てたんですか……?」

「ご、ごめん、助けに入れなくて……情けない」


 本当に情けない。

 そういえばこの子とは幼馴染なのに丁寧語って、どういうことなんだろうか? 妙な距離感を感じた。


「いえ、全然大丈夫です。私こそ、情けないところを見せてしまって……」

「あの人たちに、これ以上いじめないでほしいってちゃんと伝えに行こう。未来ちゃんは悪いことなんてしてないのに、こんなの絶対おかしいよ」

「おかしくないです。全部、私が悪いんです……」

「えっ……?」


 そこに突然、先ほど後ろで岩に座っていた巫女装束の赤髪ツインテールな少女が近寄ってきて、喧嘩腰で話しかけてきた。


「あの子たちの言う通り、奉仕活動をして何の意味があるの? 奉仕活動なんて、私たちあやかし乙女の仕事じゃないでしょ? そんなことをしてる時間があったら、少しでも強くなれるように努力すべきじゃない? あんたのソレは『逃げ』でしかないから」


 俺は突然のことにポカンとしてしまっていたが、未来ちゃんにはその言葉が重く刺さったようで、表情が更に曇ってしまっていた。


「あぁ、ごめんごめん。この子、こないな言い方しとるけど、これでも一応キミのことを気にしとるんや。悪気がある訳やないねん。堪忍したってな」


 今度は赤髪ツインテの隣にいた、緑髪の糸目の少年が話しかけてきた。

 こちらは赤髪ツインテと違い温和な雰囲気で、優しく語りかけてきてくれた。だが、糸目に関西弁……怪しい。


「はぁ⁉ 気にしてなんてないし!」

「ぐはぁっ!」


 少年は少女から横っ腹にエルボーを貰い、悶絶している。


「あの、あなたたちは……?」

「アタシは綱手(つなで)(れい)。あやかし乙女よ」

「僕は『あやかし神子(みこ)』の火野(ひの)相高(あいたか)。この子の相方や」


 『あやかし神子』、また知らない単語が出てきた。


「僕らはちょっとした用事でこの村に来ててな。いやぁ、いきなりエゲツないもんを見せてもろたわ」

「あっ、ごめんなさい……」

「えっ⁉ いや、そういうつもりで言うたんやないよ! キミは何も悪くないで!」


 卑屈過ぎる未来ちゃんに慌てふためく相高さん。その様子を鋭い目つきで睨む玲さん。


「あの、二人は未来ちゃんのこと知ってるんですか?」

「え? この地方に住んでる人で、四ツ目家のことを知らん人間なんておらんでしょ? それに、未来の当主が力を上手く使えないとかで悪い噂も広まっとるしな〜ゴフゥッ!」


 また玲にエルボーを喰らう相高さん。

 玲さんは片膝をつき、真っ直ぐ未来ちゃんの顔を見た。


「あんた、本当にこのままでいいの?」

「わ、私は……」


 未来ちゃんの表情は明るくない。


 正直、俺はこの会話から置いてけぼりを食らっている。

 ただでさえ知らない世界に飛ばされてきているというのに、知らない幼馴染と知らない人たちに囲まれ、更には謎の単語で場を埋め尽くされてしまっているからだ。

 何で未来ちゃんがこんなに責められているのか、皆目検討もつかない。


「あの、あやかし乙女って何なんですか?」


 俺がそう尋ねると、全員が「え?」と、ポカンとした顔でこちらを見てくる。


「あぁえっとその……実は俺、記憶喪失なんです!」


 また話がややこしくなりそうな気配を感じた俺は、記憶喪失設定をすかさず持ち出した。


「俺は事故のせいでごっそり記憶が無くなってるみたいで、だからあやかし乙女とか、あやかし……何でしたっけ? 相高さんがさっき言ってたやつとか、全然何のことか分かんないんです」


 そして俺は地面に片膝をつき、一人の女の子の目を真っ直ぐ見つめた。


「ごめん未来ちゃん。俺はキミのことも忘れちゃってる。でも、ちゃんと思い出すよ。絶対に」


 そう、思い出させる。この身体を本来の持ち主に返すことで。

 そして俺は元の世界へ帰る。最終回を見るために。

 これだけは絶対に忘れられない目的だ。


 未来ちゃんは何も話さない。でも、俺の手をギュッと握り、俺の目を真っ直ぐ見つめ返すその目からは、信頼の感情が伝わってきた。


(与正くん、俺頑張るよ。絶対にこの身体を返す。この子の傍にいるべきなのは、キミなんだ)


「うっは〜! アツアツやでこの夫婦! 絆って言うの? なぁ玲ちゃん、俺らもアツアツになグハッ!」


 この状況を茶化してきた相高に、またエルボーを入れる玲。


「あんたが何も知らない状態っていうのはよく分かったわ。面倒だけど、あやかし乙女について教えてあげる」

「えっ、いいんですか?」

「べ、別にあんた達のためじゃないんだからね! あんた達がこんな状態のままじゃ、こっちの仕事にも支障をきたすからってことだから!」


 あ、凄くステレオタイプなツンデレだ……。


「ありがとうございます!」


 俺はほんの少し口角を引きつらせながらお礼を言った。


「ゴホンッ。いい? あやかし乙女っていうのは──」


 そう言いかけた瞬間、村の方からドゴンッと大きな衝撃音が聞こえてきた。

 さっきの三人が歩いて行った方角だ。


「出たわね」

「出たって……何がですか?」

「妖怪に決まってるでしょ」

「妖怪⁉」


 日本人として馴染みのある言葉ではあるが、こんなに当たり前のように出現報告をされてしまうと呆気に取られてしまう。


「行くわよ!」

「あいよ! 玲ちゃん!」

「あんた達も!」


 どういう状況なのか理解できていないが、とりあえず俺は未来ちゃんの手を取り、二人の後を追いかけた。



 妖怪の方へ向かって走ってきた俺たちは林道を抜け、開いた場所に出た。

 村の中心地からは外れているが、家屋がいくつか並んでいる場所だった。

 そこに、先ほど未来ちゃんを囲んでいた三人の少女と、知らない三人の少年が倒れているのを見つけた。


「えっ、何があったんだ……?」


 その六人は明らかに負傷していた。衣服の一部が破け、腕や脚、頭から血を流している。


「みんな……!」


 未来ちゃんは六人の下へと駆け寄った。

 直後、その頭上を覆うように大きな塊が影を落とす。


「危ない!」


 俺はタックルするような形で未来ちゃんを押し飛ばした。その直後、大きな衝撃音と共に爆発が起こる。


「ぐっ……!」


 背中に石つぶてがいくつもぶつかってきた。砂塵が視界を遮り、その奥に薄っすらと巨大な影が見える。

 砂塵が消えた後に俺が見たものは、ついさっきまで未来ちゃんが居た場所に大剣が振り下ろされており、大きく地面が抉れているという光景だった。


 あと一瞬遅れたら二人とも死んでいた。

 スッと視線を上げると、そこには大剣を振り下ろした張本人の大男が居た。


「コイツが妖怪よ」


 たなびくような長い羽織り、頭上に向かって揺らめく黒く長い髪、そして目元の隈取、5m以上あるその巨体を見ると、確かに妖怪と思うほかなかった。


「ちょうどいい。あやかし乙女については、聞くより見た方が早いわ」


 そう言うと玲さんと相高さんが俺たちの前に並び立った。


「行くわよ! 相高!」

「おう!」


 二人はギュッと手を繋ぐ。


「「あやかし纏身(てんしん)!!」」


 その言葉を放った直後、二人は眩い光に包まれた。

 俺はその眩しさに目を覆う。

 光が落ち着き、俺はゆっくりと目を開けた。


 そこに居たのは玲さんだけ。

 それも、先ほどとは違う派手な服装で、猫耳を生やし、炎の羽衣や鎧を身に纏った姿になっていた。

 その姿はさながら和風の魔法少女というようだった。


「「纏身・火車(かしゃ)の装!」」


 姿は見えないのに、どこからか相高さんの声も聞こえる。


「相高!」

「はいどうぞ!」


 そのやり取りの直後、玲さんの手の中に身の長よりも長い棍が現れた。


「はぁぁぁぁぁ!!」


 玲さんは声とともに大きく跳び、妖怪の顔面を棍で殴り飛ばした。

 その光景を見た俺は、ただ一言こう呟いた。


「あぁ、そういう世界観ね……」

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