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未来の嫁を最強にしてみた  作者: 寺田 秋
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第1章-1話 アニメオタクの異世界転移

 真っ白な世界に、少しずつ色が戻ってきた。

 身体にも少しずつ感覚が戻っていき、筋肉が動くことを確認する。

 俺はゆっくりとまぶたを開けた。

 意識が混濁していて、状況が把握できない。

 手や足の感覚から、布団の上に寝ているということは分かった。どこかの病院の病室だろうか。


 俺は視力が悪く、眼鏡を着けていないと視界がボヤケて見えてしまう。

 だが、ボヤケた視界でも見て分かるのは、この部屋は木材をそのまま組み合わせただけという、どこかの廃村の家の一室かのような木造感むき出しの部屋で、病院の一室にしてはあまりにも質素だということだった。


「ここ、どこだ……? 痛っ……!」


 腕に力を入れ、ゆっくりと起き上がろうとしたが、肩と頭に鋭い痛みを感じ、姿勢を崩してまた布団に寝転がってしまった。

 その時、枕元に置いてあった眼鏡に気づき、そっと掛けようとする。


「良かった! 目が覚めたんですね!」


 そこに突然、袴を履いたピンクのセミロングヘアの少女が部屋に入り、声を掛けてきた。


(俺を助けてくれた人か……? それにしてもピンク髪とはファンキーな……)


 落ち着いた様子で、悪く言えば少しおどおどしているようにも見えるその姿勢とはギャップを感じる髪色だった。

 少女は少し怒った様子で近づいてくる。


「薬草採りの最中に崖から落ちたと聞いてみんな大騒ぎで、ここまで運ぶのだって大変で……その……心配したんですよ!」

「崖? あぁ俺、崖から落ちたのか……」


 そのせいで肩と頭が痛いのか、と納得した。

 いや、何かおかしい。違和感がある。

 頭に手を当て、気を失う直前のことを思い出す。


 夜勤明け、俺は全速力で帰宅していた。

 交差点で信号が青になり、横断歩道を渡り始めたところまでは思い出せる。

 その後の記憶が、無い。

 そういえば、大きな車のエンジンが近づいてきていたような気もする。


(ん? 何で俺は急いで走ってたんだ?)


 その理由を思い出した瞬間、顔から血の気が引いていったのを感じた。


「今何時ですか⁉」

「ひゃぁ!」


 少女は俺の大きな声に驚いて、その場で尻餅をついてしまう。


「あぁすみません! 大きな声を出して……。でも急いでるんです!」

「い、今は9時ですけど……どうしたんですか?」

「あっ……」


 午前9時。それは俺が見たかったアニメの放送終了予定時刻。

 俺の脳内が『おわり』の文字で一杯になった。


「な、何で落ち込んでいるのか分かりませんが、元気出してください! ほら、外もこんなに良い天気ですよ」


 そう言いながら立ち上がった少女は、おもむろに雨戸を開けた。

 窓から差し込む眩しい光に少し目が眩んだ。


 窓の外に目をやる。

 明らかに田舎といったような雰囲気で、草木が家のすぐ近くまで生い茂っていた。

 それはまるで、『昔の日本』という言葉で連想するような景色だった。


(気を失う前はビルが乱立する都会に居たはず……。何もかもおかしい)


「あの、ここは一体どこですか?」

「どこって、あなたのお家ですよ?」

「え? 病院じゃなくて?」

「……? 病院はこの村には無いですけど……」


 俺の家はこんなにボロくないし、そもそもこんな可愛い女の子を家に上げるような機会もない。

 ……ない。


「じゃあ、あなたは誰ですか?」

「えっ……」


 少女は、俺の発したこの言葉に少しショックを受けたような表情をする。


「あの、さっきからどうしたんですか? 様子がおかしいですよ? 話し方もよそよそしくて変ですし……」

「えっ?」

「まさか、頭を打ったせいでどこか悪くしたんでしょうか⁉ まさか! き、記憶喪失とか……⁉」


 凄く心配してくれているのか、俺の頭をくまなく確認するように触ってくる。

 異性に頭を触られる経験なんてなかったため、俺の顔は赤くなってしまった。


「いや、それはないです! だって自分の家族、生まれ育った家、街、自分の好きなもの、そして嫁、全部ハッキリ覚えてますから!」

「だったら幼馴染の私のこと、分かるはずですよね⁉」

「幼馴染⁉」


 彼女は鬼気迫る様子で、横になっている俺に覆い被さるように聞いてくる。

 でも俺は知らない。こんな幼馴染のことなんて。

 俺の幼馴染に、女の子はいない。


「ごめんなさい……」


 名も知らぬ少女を前に、俺はただ謝ることしかできなかった。

 俺の胸をグッと掴む少女の目には、涙が浮かんでいるように見えた。

 少女は目元を拭うとすぐに布団から離れ、走って部屋を出て行ってしまった。


「もう訳が分からん……」



 少し落ち着いた後、俺は尿意を催したのでトイレへ行くことにした。

 布団から起き上がり、床を踏みしめる。肩と頭が少しズキズキするが、歩く分には問題なかった。


 部屋を出ると、板張りの長い廊下が続いていた。もろに日本家屋というイメージの構造だった。

 廊下を歩いていくと、伝統的な日本家屋よろしく、庭に池があった。錦鯉も泳いでいるようで、その様子が都会育ちの俺にとっては初めて見るもので、好奇心が勝り池を覗き込んだ。

 数匹の錦鯉が優雅に泳いでいる様をただ眺めているだけで心が落ち着くような気がした。


 だが、池の水面に映る自分の顔を見て驚愕した。顔をペタペタと何度も触り、感触を確かめる。

 その顔は、今までずっと見てきた自分の顔ではなかった。

 銀髪で、おまけに少しイケメンだし……。

 あの少女の言葉を聞いて違和感を覚えた理由がここにもあった。


 この時ハッキリと認識した。

 この世界は俺の知っている世界ではないということを。

 そして俺も、『俺』ではないということを。

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