台風をちょっとだけずらせる技術
20XX年。科学技術の進歩により台風の進路予想の精度は飛躍的に向上した。さらに画期的なことに、台風の進路そのものを「ちょっとだけ」変えてしまう技術も誕生していた。
この技術は人類の英知の結晶であり、同時に47都道府県民にとって不和の種をばら撒くものでもあった。(最悪、国際的な紛争の原因ともなるのだ)
どういうことか説明しよう。例えば9月1日の段階で「何もしなければ大型台風は北上を続け9月8日に東京を直撃する」と判明したとする。そうなると首相の判断により、その日のうちに台風の目にミサイルを打ち込むことになる。するとわずかに台風の進路の角度が変わる。これを毎日繰り返すことで1週間後の台風の位置を、予想よりも30キロばかりずらすことが可能になったのだ。(バタフライエフェクトも織り込み済みっ)
しかも、ずらせる位置は東西南北に自由自在。これにより大いに被害は軽減した。しかし困った問題がある。ずらす位置によって、新たに被害を受ける地域が発生するからだ。
遠い海上に台風の位置をずらせるのならば何も問題はおきない。しかしずらせるのはちょっとだけ。わずか30キロに過ぎない。このズレによって例え東京が大きな被害を免れても、周辺地域に壊滅的な打撃を与えることになってしまうのだ。
台風は、進路の東半分で威力が大きかったりする。故にどの地域を西に、どの地域を東に持っていくのかで大いに揉めることもある。これが私を大いに悩ませる。
「あああ。また来ちゃったのか台風。また私の支持率が下がるぞ……。もう10%ないんですけど」
「しかし総理。あと3時間以内に決断していただかなければ、1週間後に東京は破滅的な被害を受けます。ご決断を!」
頭を抱えるしかない。先週は北上した台風を千葉方面にずらした結果、千葉・茨城県民からの支持を見事に失った。先々週は神奈川を通るコースに変更した結果、神奈川県民からの支持を失った。
「どうして絶妙なコースで東京や大阪に向かってくるの。私の在任中にばかり」
「さあ。温暖化のせいですかね」
どこをどう選んでも恨まれる。技術の進歩により、台風が天災から人災にシフトしてしまった結果だ。私はいったいどうしたらいい?
順番から言えば神奈川方面にずらすべきだが……。進路的に東京も巻き込まれるコースになってしまう。さりとて先週、大きな被害を受けた地域に再び台風を直撃させたならば、支持率0%になり史上最低の極悪首相として名を残すだろう。
かといって何もせず、東京直撃を甘んじて受け入れて首都機能を麻痺させれば……戦犯として末代まで袋叩きにされるだろう。
「もうやだ助けてー!誰か助けてー!」
「総理の心中お察しします」
こうなったら気象庁に丸投げするしかない。全責任は気象庁に……ってそれも袋叩きコースか。詰んだ。
「総理。そろそろ会見のお時間が……」
「今すぐ辞任する!お前、首相やって」
「乱心!総理が乱心しましたぞ」
一体何が正解なの!?誰か教えてぇぇぇぇぇっ。
各県で台風を押しつけ合うのも不毛だけれど、国際的に台風を押しつけ合うことになったらもっと最悪で、もっとバカバカしい展開になりそうな気が……。果たしてこの奇跡の技術で人類に安寧はもたらされるのでしょうか!?