釣り堀からダイブ
俺は釣堀に出かけた。
暇つぶしに、ちょうどいい。
1500円で、一匹釣れるらしい。
釣った魚は、横にある食堂に持って行けば、活き造りにしてくれるんだってさ。
俺はそんなに刺身は好きじゃないからな、釣って遊ぶだけにしようか。
・・・なんだ、持ち帰りもできるのか。
ひゅんと釣竿を前に出して、ぽちゃりと釣り針を釣堀の中に落とす。
時折、びちびちと、魚が水面を賑わしている。
広く見える釣堀だけど、中は意外と混雑しているようだ。
そうだよな、金払って釣ってもらわなきゃいけないんだから、みっちり魚がいるはずだよな。
釣れなかったら客はみんな怒り心頭だ。
・・・気の毒だな。
こんなところに、捕らわれてさ。
食われる運命の、魚ね。
こんな狭い囲われた世界で、必死になって生きている。
みじめなもんだ。
おっ。
俺の釣竿に、魚がかかった。
引き上げると、手の平より少し大きな魚が釣れた。
「どうします?調理しますか、持ち帰りますか。」
「生きたまま持ち帰れるの?」
「できますよ。」
俺は釣った魚を、金魚すくいでもらえるような袋に入れてもらって、持ち帰ることにした。
袋の中で狭いながらも水に浮く魚。
狭い釣堀から抜け出したというのに、お前はこんな小さな袋の中で、せせこましく生きているんだなあ。
気の毒なことだ。
「井の中の蛙、大海を知らず、か。」
こんな狭い世界で。
一生を終えるとか。
・・・。
ああ、そうだ。
俺、神様になろうかな。
神様ってさ、異世界に一般人召喚したりしてさ。
新しい世界に連れ出したりするじゃん。
俺もできるんじゃね?
この魚、海に逃がしてやればさ、俺ってこいつにとっての、神様みたいなもんじゃん。
逃がしたらさ、鶴みたいに恩返しに来るかも?
俄然テンションの上がった俺は、ちょいと離れた所ではあるが波止場に行くことにした。
テトラポッドががしゃがしゃ置いてある、フジツボだらけの波止場は、俺が子供のころよく遊んだ場所だ。
昔はゴカイでハゼ釣ったりしたもんだ。
ま、今じゃ魚なんかほとんど食わないくらい興味は失せてるんだけどね。
久しぶりに来た波止場は、ずいぶんショボかった。
灯台、こんなに小さかったっけ?
思い出ってこう、改竄されるもんだな・・・。
俺はテトラポッドを足場にして、海面に近づいた。
袋の中の、魚をそっと、海に逃がした。
お前は、この広い世界で、のびのびと生きていけよ。
魚は、勢いよく、広大な海へと、泳ぎだして・・・。
・・・。
・・・あれ?
なんか、魚が、腹上にして、浮いてきたんだけど!!!
おい!!広い世界!!
そこにかもめがびゅうとやってきて、ぱくりとくわえて・・・飛び去ったよ!!!!
ぼーぜんとする俺に、横で釣りをしていたおっさんが声をかけてきた。
「にいちゃん! あれニジマスじゃねえか! 何海に淡水魚逃がしてんの!! ギャハハ!!!」
ぽつぽついた釣り人たちが、みな苦笑している!!
魚の種類すら分からない俺は、魚界の神にはなれず、ただ1500円かけて、かもめにえさやりをしただけだった。