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1000回目の朝と6日後

作者: 文無し太郎

暁天、大音量アラーム耳元で何度も鳴り響く。


毎夜、明日こそは少し早く起きようと、いつもより

30分ほど早くから大量のアラームをセットするが、

目覚めるのは結局いつも最後のアラームになる。

あのアラームの絶妙すぎる不快な

音は一体何なんだろうか。

そのせいでいつも朝から気分が悪くなる。


僕は朝起きることが一番嫌いと言っていい。

その原因はこのアラームの音のせいだと

思った時期があった。


以前、気分を変えてみようと好きな曲を

目覚ましに設定してみたこともあったが、

日を重ねるにつれ、段々その曲が不快になってきて、

大好きな曲を嫌いになってしまいそうになった。

それなら最初から好きじゃない音の方が

良いという結論になり今に至る。


絶対に持ちよく朝を迎えられる目覚ましを

開発したら絶対売れるのに。


そんなどうしようもないことを考えながら、

起きたその体で冷蔵庫まで向かう。

カフェオレを手に取って、咥えた煙草に火をつけて

ベッドに腰を掛ける。

これを朝のルーティンと呼ぶのには

物足りなすぎるだろう。僕もいつかは

『冴えない会社員のモーニングルーティン』と、

動画サイトで私生活を切り売りして、

あぶく銭を稼いで生きていきたいと思ったりする。


ベッドに腰を掛けテレビをつけると、朝っぱらから

アナウンサーが陽気なテンションで、

来週から始まるドラマの番宣のためだけに

ゲスト出演した俳優をもてなしている。


ゲストらの大したオチもない、しょうもない

エピソードトークに大げさに

リアクションをとって、懸命に機嫌取りをする

彼女らを見ていると、

「アナウンサーもこんな朝早くから大変だなあ…」と、

彼女たちに同情してみたりする。

だが、たゆまぬ努力の末テレビ局に入社し、

先輩アナウンサーに叱咤激励されながらようやく掴んだ

朝のニュース番組で視聴者に笑顔と情報を届ける

彼女たちと、何の目的もなく、ただその日を

生きることで精一杯な僕とでは何もかもが違いすぎる。


(なに同じ土俵に立って比べているんだよ)


そんなことを思うと段々と憂鬱になってきて、

煙を吐くと同時にため息を漏らす。

生温かい煙が目を刺激して、涙がこぼれそうになった。

その時の煙草の味はいつにもまして苦く感じた。


やがて火種を消し、狭い部屋に充満した

煙を浴びながら洗面所へと向かう。


顔を洗い寝癖を整え、歯を磨き、着替えて自宅を出る。

その動作にかかる時間は10分にも満たない。

1000日もこんな朝を繰り返していると、

大体どの辺に寝癖ができて、どれほどの水分量で

寝癖を治せるか分かるし、顔を洗うのに丁度良い

加減のお湯が出るのはお湯と水の比率が

7対3ということも知っている。


顔を洗ってから自宅を出るまでの所作には

まったく無駄がなく、恐らく日本で一番

効率のいい朝支度だといってもいい。


アパートから駅まではお気に入り音楽を聴きながら、

2曲目のサビあたりでホームに到着する。

扉が開くと既に満員状態の電車内にさらに

追い打ちをかけるように僕を含めた大勢の人間が

押し込まれるように車内になだれ込んでいく。


周りには片手で器用に小説を読む生真面目そうな

男子中学生、彼氏の愚痴で盛り上がる女子高生、

スマホでお笑い動画を見て笑いを噛み殺している

兄ちゃん、仕事前だというのに疲れ切った表情で

寝ているサラリーマン、隣のおっさんの肩が

ぶつかって眉間にしわをよせて睨みつける女性。

様々な人間がこの車両に詰め込まれている。


僕はそんな人達に挟まれながら、ありきたりな

応援ソングと自分を重ねて、

無理やり今日を生きようと洗脳していた。


何度も言うが、こんな朝を就職して

1000回以上繰り返している。

僕なんかまだ若手だろう。

もう10000回以上繰り返している人だって

世の中にはたくさんいるはずだ。


彼らはどんな風に思いながら毎日を

生きているのだろうか。

僕でさえ、生きることが作業だと思ってしまうのだから。

毎日同じ時間に起きて、同じ時間の電車に乗って、

会社で決まった時間まで仕事をして帰ってきて

飯食ってお風呂に入って寝て、また朝になって…。


よく「仕事が作業みたいでつまらない」という人がいる。


それは僕からするとだいぶ羨ましい。

だって、裏を返せば、仕事はこなしていくだけの

作業かもしれないけど、その先に楽しいことが

待っているような口ぶりだから。


僕なんか“人生という作業”の中に、“仕事という

作業の一部”が組み込まれているだけで、これまでも、

これからも、その作業が続いていくわけだから。


あと何回この作業をこなしていくんだろう。

6日後の休みまで頑張ろう。

そして今は何の意味もない一週間の記録を

書き起こしておこう。

いつかこの作業に意味ができると信じて。


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