19 紫の雷光
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俺は怪物とケイヤさんの間に両手を広げて立っていた。
正直、遅すぎたくらいだ。
もっと早くにこうしていればケイヤさんがこんな傷だらけになる事は無く、ましてやハヤトさん、ミチルさんを失う事には……。
だからせめて、まだ何の才能も無い俺がこの人の代わりになればいい。
きっとそれが一番良い選択だろう。
『本当に良いんですかぁ?そこの方たちの奮戦が無駄になりますよ』
「ああ、だから俺はもっと早くにこうするべきだった。だけど余りにも遅すぎた。
さあ、煮るなり焼くなり好きにしろよ、俺が目的なんだろ!?」
『話が早くて助かります』
そう言うと阿修羅はゆっくりと右腕を伸ばす。
ああ、くそっ。
これで終わりか、もうちょっと……いや、もっと生きたかったな。
もっと楽しい事したかったし、もっと笑いたかったーー出来れば「朝焼けの団」のみんなと。
だけど、「朝焼けの団」は団長、ツキノセ・ケイヤを残して六腕の怪物、阿修羅によって壊滅した。
命を賭して守ってもらったが俺の命にそんな価値があるとは到底思えない。
ならせめて、俺の命と引き換えにケイヤさんを生かす事が出来るなら……それで良い。
ゆっくりと伸ばされた黒い大きな手の平が次第に近づく。
そして指先が触れそうになる。
「え?」
俺の胸に手が触れた。
それは後ろにいた傷だらけのケイヤさんの手だった。
「どう言う事ですかケイヤさん!」
「ーーーーてろ」
「?」
余りにも小さい声で言われたので気づかなかった。
するとケイヤさんは傷だらけのまま大きく息を吸い叫ぶ。
「どいてろッ!!」
瞬間、触れていたケイヤさんの手から風が生じて俺を後ろに突き飛ばした。
飛ばされた衝撃で俺は地面を転げる。
「ユウイチは絶対にやらせねぇよ!」
『……あなた馬鹿なのですか?』
「はっ!知らなかったのか男はみんな馬鹿なんだよ!」
待ってくれケイヤさん!
それじゃあなたが!
俺はまだあなたに何も出来ていない!
俺は素早く地面を立ち上がり駆け出す。
ケイヤさんの前に立つ阿修羅はその返答を聞き不機嫌に顔を歪ませる。
『そうですか、それじゃあ死んでください』
「誰が死ぬかよ!」
阿修羅が爪を構え、ケイヤさんが太刀を振り抜こうとする。
「まっ、待ってくーー」
必死に走り手を伸ばし止めに入ろうとするが時は既に遅かった。
阿修羅の鋭利な爪がケイヤさんの胴体を深々と貫く。
貫かれたケイヤさんの口から血塊が溢れ出て、阿修羅が貫いた指を抜くと穴から鮮血が吹き出しそのまま膝から崩れ落ちた。
俺は後ろに倒れようとするケイヤさんを両手で何とか支えた。
見るに耐えない傷だ。
支えたケイヤさんの体には大きな風穴が空いていて、血が止めどなく溢れており、どこかの臓器がこぼれ落ちていた。
医療の素人の俺でも分かるほどの完璧な致命傷だった。
「どうして……どうしてですか! 俺が! 俺が身代わりになればこんな事には!」
するとケイヤさんの口がかすかに動いた気がした。
その小さな声を聞くべく耳をケイヤさんの口に近づける。
すると、それは本当に消えそうな音だったが俺の耳にははっきりと聞こえた。
「先輩は……後輩をぜ……全力で守る……もの……だから……な」
「ケイヤさん!」
俺の瞳から大粒の涙が溢れ落ちる。
この人は……この人達はただそれだけのために。
後輩の俺を守りきるために自分の命を捨ててまで!
俺が、俺さえ居なければこの人達はこんな事にはならなかったのに。俺が居たせいで!
俺はいったい何の為にここにいるんだ?!
『クフフフッ、全く愚かですねぇ。
およそ助けが来るなんて望めないこんな場所で助けが来ることを信じ、命を賭して弱者を守るなんて。
吐き気がしますねぇ』
愚か……だと?
余りにも不甲斐ない自分を責めている俺に阿修羅の口から出た一言は何故かよく響いた。
愚かだと? 命を賭して俺を守ったこの人達が愚か? ……それは違う。
俺の堪忍の尾が切れた。
支えたケイヤさんを優しく置いて立ち上がり、涙ながらに言い放つ。
「ふざけるな、この怪物が!
人が……弱者を守る事が愚かだって?!
違う!!
強者が弱者の夢や希望を守ることは尊い事だ!当たり前のようで簡単に出来る事じゃない!」
すると阿修羅はそれを聞くと顎に手を当て興味深かそうにニヤつく。
『ほう、夢と希望ですか。ではあなたの夢とは何ですか?』
「俺は……」
逆に阿修羅にそう尋ねられ一瞬考える。
最初はただ俺の爺ちゃんみたいにカッコ良くなりたい、更にプロフェッショナルで名を馳せたいとそんな理由だった。
だけど、今は違う。
こうやって理不尽な暴力で奪われる命があるとするのならば俺はーー
「俺は守れる力が欲しい! どんな危険からもどんな理不尽な事からも人を守れるようなそんな力が欲しい!」
『そうですか。まあ、あなたはここで死にますからそんな事は叶わないですが』
そう言うと阿修羅は爪を高らかに掲げる。
爪は太陽の光を乱反射させ鋭い事を強調する。
そしてそれは無慈悲に振り下ろされた。
ちくしょう、やっと夢が出来たのに……。
死が近づいているのを感じたのか世界がゆっくり動き出しているように見え始める。
ああ。爺ちゃんの言っていた通り危険な仕事だった。
まさか初クエストで命を落とすとはな。ごめん爺ちゃん、忠告をまともに聞かないで。こんな状況になってたやっと気づいたよ。本当に全てが遅いけど。
『む?!』
だが、結果は俺の脳が導き出した答えと全く違うものとなった。
阿修羅が俺に振り下ろす瞬間、阿修羅の胸に俺の後方から飛来した紫の雷が直撃し、ケイヤさんの一撃でもビクともしなかった阿修羅の巨体を突き飛ばした。
そして、俺は阿修羅を突き飛ばしたものをスローモションで動く世界の中でハッキリと捉えた。
それは一人の若い女性だった。
紫の雷光を身に纏い、炎の様な真紅の長髪を背中に垂らしてスーツを着こなしており、軍隊が被る様な黒い帽子を着用している。
そして特徴的なのはそのスーツの上に羽織っている髪よりも深く赤い豪勢なマントに「災」と達筆な黒い字で大きく書かれていることだ。
『グフッ、よもやこの巨体を突き飛ばそうとは……あなた一体何者ですか?』
赤毛の女性に蹴り飛ばされた阿修羅は背を地面につけながら名を尋ねる。
すると尋ねられた女性はニヤリと笑い、凛とした声で名乗った。
「何、救難信号を見て駆けつけたーー」
赤いマントが風でたなびく。
「世界最強の者だ」
そう女性は阿修羅に対して自信げに言い切った。
すると女性は振り返り俺に視線を向ける。
「すまなかった、私がもう少し早くついていば……信号に気づいて急いで来たけどいかんせん距離がありすぎた。だがーー」
そう言うと女性は俺を安心させるように笑って言う。
「私が来たからにはもう大丈夫だ!」
「あなたは……」
「さっきも言ったけど世界最強の者だ。
名前はシナズ・サユリと言う、よろしくな」
その時、立ち上がった阿修羅が握りしめた拳を勢いよくサユリさんに放った。
ケイヤさんやハヤトさんを屠った強力な一撃がサユリさんに迫る。
「人が喋っている途中に邪魔するんじゃねぇよ」
しかし、サユリさんは死角から放たれたそれを見えているかのように回し蹴りで対応した。
阿修羅の拳とサユリさんの蹴りが衝突する。
辺りを衝突で生じた疾風が突き抜ける。
体格差で見れば圧倒的というより、確実に阿修羅が勝つ状況だった。
だが、現実は
『私の拳を弾きますか』
サユリさんの蹴りが阿修羅の岩の様に巨大な拳を軽々と弾き飛ばしていた。
拳を弾かれた阿修羅は僅かにバランスを崩してよろめく。
凄い、ハヤトさんがやっとで防いでいた拳を軽々と弾いた。
自身の拳が弾かれた結果に少し驚愕した表情を見せた阿修羅はどうやらサユリさんを危険な敵と判断したらしい。
ハヤトさんにとどめを刺した一撃、黒いソウルを再び拳に集中させる。
対するサユリさんは強力な攻撃を来ることを察知したのか纏う紫の雷光が勢いを強める。
『【黒ノ型】黒拳』
「サユリさんそれは危険です! 避けて下さい!」
叫んでサユリさんに警告を飛ばすがサユリさんは避けるそぶりを見せなかった。
むしろ、姿勢を低くして拳を構え、撃ち抜く。
「【創災流法】【一の型】【参番】
海神ノ顎!」
放たれた拳と拳が交わり、阿修羅の黒いソウルとサユリさんの紫の雷光がせめぎ合い地面や周囲の建物に傷をつける。
力は拮抗していたがそれは一瞬だった。
紫の雷光が黒いソウルを飲み込み、阿修羅は強力な衝撃波を食らう。
『グハッ、よもやここまで強いとは』
「何終わった気になっているんだ?」
『!!』
阿修羅は驚愕し六眼全てを見開く。
サユリさんは阿修羅が放った「黒拳」を弾いたのち即座に接近していた。
そして近距離で紫の雷光の追撃が始まる。
「【創災流法】【三の型】【壱番】
死海巡り!」
サユリさんから紫の雷を纏った打撃が放たれ阿修羅の分厚い鳩尾辺りにのめり込む。
それを食らった阿修羅は初めて苦痛に顔を歪める。
しかし、サユリさんはそれでは終わらなかった。
次は強烈な蹴り。
次は掌底。
次は肘鉄。
次は回し蹴り。
それは荒れ狂う海のごとく、一度踏み込めば回避は不可能と言うよう。
サユリさんは絶え間なく攻撃を続け、そして最後の蹴りで阿修羅を突き飛ばした。
阿修羅は吹き飛び後方の建物を倒壊させる。
す、凄い。
SSランクの怪物を圧倒している!
俺は目を見張った。
優秀なプロフェッショナルの集団を壊滅させた怪物をこの人は一人で圧倒している。
『クッ……クフフフフフフッ。悔しいですねぇよもやここまで力量差があるとは。
どうやら私はここまでの様ですねぇ』
阿修羅は立ち上がりながらそう呟いた。
既にその体には無数の切り傷や痣が出来ており屈強な肉体にダメージが入っているのは確実だった。
だが、そんな阿修羅の呟きに対してサユリさんは驚きの答えを返す。
「いや、私はお前を殺さないよ」
阿修羅と俺の目が驚きで見開かれる。
「私はもう、死んでいるからね」
そしてサユリさんは静かにそう付け加えた。
十九話を読んでいただきありがとうございます。
遂に登場しましたシナズ・サユリさん!
そして阿修羅を圧倒!
個人的に可愛い女性よりもカッコいい女性がタイプなのでサユリさんをこう言う風に仕上げました。
いかがだったでしょうか?
「サユリさんカッコいい!」とか「最後の言葉が意味深!」と思ったあなた!
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それでは次話もよろしくお願いします!