13 発見
「チチチチチチチッ」
「んんんぅ」
耳に届いた鳥のさえずりと明るくなった世界に気付いて目を覚まし、思考が安定しないまま半目で周りを見渡す。
星が瞬いていた夜はすっかりあけ、東から昇る日の光と朝の涼しい空気が俺を包み込んでいる。
「おっはーユウイチ君、ゆっくり眠れた?」
髪をガシガシかいて欠伸をしていると後ろから明るい挨拶をかけられた。
振り返ると保存食を持ったミチルさんがにこやかな笑顔をと共に立っていた。
そんなミチルさんに対して俺は「おはようございます」とシャキッとしない声で挨拶を返す。
「はい、ユウイチ君の朝ごはん。しっかり食べて力をつけてね」
「ありがとうございます」
俺はミチルさんから棒状の保存食をありがたく頂戴した。
もらった朝食を齧りながらミチルさんとソウル習得の訓練の話をしたりして、俺は探索の身仕度を済ませた。
そして、一夜過ごした野営を一行は後にする。
ーーモトノキ西区ーー
探索を始めてから数時間、東から昇った太陽はすでに高くに登り俺たちをジリジリと照りつけていた。
「あ、あちぃ」
季節は春の初めだが、既に夏を思わせる暑さに感じる。
「ほーら、ユウイチ頑張れ。プロフェッショナルがこれくらいで根をあげちゃダメだぞ」
先頭を歩くケイヤさんに檄を飛ばされ、だれた思考を顔を叩いて引き締める。
それにしても広い! 昨日から歩き回っているが一向に街の端が見えない。どうやら元三大都市に数えられただけはあるようだ。
そんな広大な街から標的を探すなんてあと何日かかるのやら。
「朝焼けの団」一行は昨日の住宅地とは別の住宅地を探索していた。
ここもやはり廃墟化していて人は誰もおらず静まり返っていた。
「うーん、どうやら西側はハズレかなそれじゃあ次は北側に……」
ケイヤさんが呟いたそのときだった。
遠くの街の一角が爆発と共に吹き飛び、静寂だったモトノキを強烈な爆発音が貫く。
それと同時に鳥類は一斉に飛び立ち、吹き飛んだ場所からは巨大な砂埃が巻きあっがっている。
そしてーー
「ブルァアアアアアアアアアアッッ!!」
数キロメートル近く離れている場所からここまで凄まじい咆哮が響き渡る。その咆哮に当てられ俺の体が一瞬硬直する。
……まさか出たのか?
確認を取ろうとケイヤさんの顔を覗き込むと、ケイヤさんは眉を少しひそめて考え込んでいるようだった。
「んー、おかしい。報告ではAランクのはずだったんだが」
ケイヤさんは遠くから聞こえて来た咆哮と巻き上がった砂埃を踏まえて敵の力量を予測する。
「おそらく相当、食い荒らしたな。こんな力はAランクじゃ出せない、おそらくはA+は確実、もしかしたらSランクに相当するな」
「Sランク?!」
俺は驚愕の声を上げる。Sランクって言ったら上から三つ目の強敵に値するじゃないか!
「どうするケイヤ? 一旦戻って協会に報告し直す?」
ミチルさんは「朝焼けの団」リーダーであるケイヤさんの決断を待っていた。
するとケイヤさんは一瞬、俺をチラッと見た。そして再び砂埃が上がる方向を見て宣言する。
「いや、このまま討伐にかかる。これ以上野放しにするとさらに強大になりかねない。ここで絶対に仕留める。それでいいか?」
ケイヤさんは振り返り後ろの狙撃手と盾役に確認を取る。
「ウチはいいよ〜。出世の為だし!」
「私はあなたたちの盾です。盾が逃げたらどうなるんですか?」
どうやら二人とも元からやる気だったようだった。その顔には張ち切れんばかりの闘志が宿っているように見える。
「そう言ってくれると思っていた。それじゃあもう一度確認するが推定ランクはA+〜Sランク。絶対に気は抜くなよ」
「「了解」」
ケイヤさんは再び今回の相手の力量をメンバー全員で確認した。
「ユウイチ、今回はミチルについて行け。恐らくそっちの方が安全だ」
「分かりました! しっかりとこの戦いをこの目に焼き付けておきます!」
「よし……行くぞッ!」
そう言うと一行は砂埃が捲き上る方へ地を蹴った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「朝焼けの団」は砂埃が巻き上がる街の一角に急行する。ケイヤの見立てでは標的はSランクとされ引き締まった空気が漂う。
「ケイヤ、ウチあそこを狙撃ポイントにする」
走りながらミチルがある方向を指差す。ケイヤがそちらに視線を向けるとそこには少し老朽化した茶色いマンションがあった。
周りの建物よりも少し背が高く見晴らしが良さそうだった。
「分かった。ユウイチを頼むぞ」
「了解」
確認を取ったミチルはユウイチを連れてマンションに向かって行った。ユウイチは去り際に「お気をつけて!」と力強く言い残す。
残ったケイヤとハヤトはさらに加速し現場に急行する。
現場に近づくとそこには破壊の波が広がっていた。
家は複数倒壊し、立ち並ぶ電柱は何本もへし折れている。また道端には食い荒らされた動物の死骸が血の匂いを漂わせて転がっていた。
「ハヤトそろそろだ!」
ケイヤが緊迫した声で警告を飛ばす。
ハヤトは後ろから「分かった」と短くそれに返答した。
(恐らくまだ遠くに行ってはいないはず)
長年の経験からケイヤはそう思考を巡らせる。
すると前方から飛来するのを察知する。
「なッ!!」
ケイヤの両目が見開かれる。
なんと前方から飛来してくるのは根元から千切れた電柱だった。
ケイヤはそれを視界に入れた瞬間、回避行動に移ろうとする。
しかし、
「伏せろケイヤ!」
「!」
普段は寡黙なハヤトが声を張り上げて「伏せろ」と指示を出す。それに従いケイヤは姿勢を低くし素早く伏せる。
ハヤトは背負っていた銀色の大盾を構えてケイヤの前に出る。
盾を構えたハヤトは両の足で地面を踏みしめ宣言。
「[スキル] 鉄壁」
ハヤトは脳内で鋼鉄を想像。
体にソウルを流しスキルを発動させる。
すると肉体はハヤトの構築した想像に従いあらゆる攻撃を通さぬ鉄壁と化す。
ハヤトがスキルを発動させた直後に盾と電柱が接触した。
鉄壁と化したハヤトに数倍の質量を持つ電柱が襲いかかり、直撃した盾と電柱が凄まじい火花と金属音を放つ。
「ふっ!」
ハヤトは受け止めた勢いをそのまま生かし盾で電柱を上方に滑らせ、自身の後方に吹き飛ばした。
「助かったハヤト」
鉄壁となり守ってくれた頼もしい盾役にケイヤは礼を言いながら立ち上がる。
すると前方から地響きが伝わってくる。弱かった地響きは次第に大きくなり徐々に近づいてくる事を感じる。
そして遂に地響きの主が姿を現した。
「ずいぶんとご丁寧なおもてなしをしてくれたな」
ケイヤは背中の太刀を抜きながら目の前に立つ標的に向かって言う。
「ブルルルルルルルルゥ」
目の前にいるそれはもはや普通の猪では無かった。
体長は六メートル近くあり、通常の猪では丸っこい体型だが、目の前のこれは余分な脂肪を削ぎ落とした筋肉質な体型。
体表は堅固な茶色い毛皮に覆われ、特徴的な牙は口の両サイドから突き出でおり、蹄は黒鉄のように輝く。
何よりそこらの生物とは違う点は、
「怪物の証、自身のソウルをコントロール出来ずソウルが黒く滲みでている」
通常の生物と怪物の見分け方、それは体の表面が黒いソウルに包まれているかどうか。
理論としては怪物化した生物は暴走するソウルにより肉体を変化させ、抑えきれないソウルが内側から溢れるからだ。
「これは死ぬ気でやらないとやばそうだな」
目の前の巨大猪が放つプレッシャーを受け気圧されそうになる。
ケイヤはそんな心を手にある太刀を握り締め、自身の心を鼓舞する。
(どんな格下だろうが格上だろうが、やるときは本気で)
同時刻、ミチルとユウイチの二人はマンションの屋上に到達していた。
マンションからの見晴らしはとてもよく屋上からも走る二人をはっきりと視認できた。
そして二人に向かって電柱が飛来するのを察知する。
「ケイヤさん!」
二人の危機を察知したユウイチは声を張り上げて危険を知らせようとするが距離があって当然聞こえない。
慌てるユウイチを隣でライフルを構えるミチルがなだめる。
「大丈夫だよユウイチ君。あの二人はこの程度じゃ死なないよ」
「ですが……」
本物の怪物を初めて見たユウイチからすれば今の光景だけでも死を直感するレベルだ。
「大丈夫、ケイヤは無理な相手には挑まない人間だよ。そして今、君に出来ることはこの戦いを見てプロフェッショナルの本気を知ることだけだよ」
そう言ったミチルは口角を上げて満面の笑みでユウイチを安心させる。
それを見たユウイチは少し不安を残しながらも覚悟を決めた目で少し遠くの戦場を見据える。
(きっと大丈夫だ。この人達はプロフェッショナルだから)
ケイヤのソウルが想像により薄緑の風に変換される。
「【風の型】風の鎧」
ケイヤから吹き出す薄緑の風は武器のみならず吹き荒れながら全身を包み込んだ。
【風の型】風の鎧。
自身のソウルを風に変換し武器だけでなく全身に纏わせ、移動速度と防御力を上げる「風纏い」の応用技。ケイヤの最も得意な技であり戦闘に最も適した技である。
「さあ、初めようか巨大猪!」
そう宣言したケイヤは地面を蹴る。
俊速。
ソウルによって強化された脚力と纏った風の推進力により通常の何倍もの速度で距離を詰める。
「ブルアアアアアッ!!」
しかし、巨大猪はそれを許さない。
自身の前脚を高く振り上げ地面に叩きつける。
硬い蹄を叩きつけられた地面は爆ぜ、勢いを持った破片がケイヤに向かって飛散する。
「くッ!」
接近を阻止されたケイヤは風を使い直進から左に緊急回避する。
だが、回避したのも束の間。
巨大猪は回避したケイヤに自身の質量をもって突進し、追撃を加える。
通常なら直撃するこの追撃、怪物としての戦闘本能が最善の一手を選択させた。
しかし、ケイヤはこの危機的状況にも落ち着いて対処する。
「舐めるな巨大猪」
巨大猪が直撃する瞬間、ケイヤは地面を踏みしめる。そして、踏みしめた脚から風を勢いよく放出させた。
脚から放出された風はユウスケの体を上に浮かし直撃を回避させる。
突進を外した巨大猪は勢いを殺しきれず家屋に顔面から突っ込み、突進をまともに食らった家屋は轟音を立てながら崩壊する。
「ブルガアアアアアアアッ!!」
自身の攻撃が当たらなかった巨大猪はいらだったように鼻息を吹き荒らす。
「クソッ、やっぱり強いな。ハヤト、次は連携とっていくぞ」
相手の力量を直で測ったケイヤは連携して標的を仕留めることに方針を固めた。
しかし、ここで思いがけない事態が発生する。
「ブゴッ?」
怒りで鼻息を吹き荒らしていた巨大猪の様子に異変が起きる。
突如、巨大猪の肉体が痙攣し始めた。
巨大猪は苦痛に悶えているのか鼻息を小刻みに放ち、遂には地面に伏せのたうち回る。
明らかな異常にケイヤは違和感を覚え眉をひそめる。
しかし、のたうち回っていた巨大猪は遂にピクリとも動かなくなってしまった。
「一体どうしたんだ?」
「死んだのか?」と思ったケイヤが確認のために近づいたその瞬間、巨大猪から黒いソウルが大量放出された。
「なにっ!」
黒いソウルの風圧に吹き飛ばされケイヤが後退する。
何が起こったのか分からなかったケイヤは吹き出す黒いソウルの中を見つめる。
するとそこには巨大猪が立っていた。
驚くべきことに四足ではなく二足で。
前脚は人間の腕に似た形に変形し、頭部は元よりも小さくなり、大きくなった胴体の上に乗っている。
その立ち姿はまるで猪の巨人を彷彿させるような姿だった。
この緊急事態を知っていたケイヤは声を僅かに震わせこの現象を言い当てる。
「マジかこいつ形態変化しやがった?!」
形態変化。
怪物の中でも沢山のソウルを食らったものはより格上を倒すために自身の肉体を変化させ戦闘に適した体に変化させることがある。
ただコレはめったに起こらないケースであり、正真正銘の異常事態だった。
自身の肉体を人型に変化させた巨大猪は大きく息を吸い込み大咆哮を放つ。
「ブルアアアアアアアアアアアッッッ!!」
十三話を読んでいただきありがとうございます。
さあさあ遂に始まりました巨大猪との決闘。
八話にクエストを受けて五話後に戦闘となりました。
ここまで引っ張ってしまったのはこの世界にあるソウルやスキルなどを出来るだけ読者の皆様に知ってもらってからにしようと考えていたからです。
ですのでこれからは戦闘シーン多めでいきますので是非読んで楽しんで下さい。
巨大猪との戦闘にワクワクした人はブックマーク登録もよろしくお願いします。
次話もよろしくお願いします。