1 旅立ちの日
自然豊かな村がそこにあった。村の名前はマツカゲ村、特にこれといった名産品はなくそこに暮らす人々は農業などを営み、のどかに暮らしていた。
そんなのどかな村の一角に春になると満開の桜が咲く場所がある。
そこはムカイ家の墓所だった。なんでもムカイ家の先祖が、
「春になったらここに集まってみんなで笑って欲しい」
と願って沢山の桜を植えたそうだ。
そんな桜が咲く墓所に一人の少年の姿があった。
彼の名前はムカイ・ユウイチ。この村一番の猟師だったムカイ・ゲンジの孫で今年で十六歳。
これはそんなユウイチの旅立ちの日の光景である。
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満開の桜が少し暖かくなった春のそよ風に吹かれ花吹雪を散らす中、俺は胡座をかいて静かに視線の先にあるそれと向き合っていた。
視線の先にあるのは漆黒の墓。
墓には「ムカイ家」と書かれている。俺の名字、つまりこれは俺の先祖様が埋まっている墓だ。
俺は自分で光沢が出るほど綺麗に磨いた墓に告げる。
「それじゃあ爺ちゃん、暫く家を開けるね」
俺は墓に眠る人物にそう言った。
爺ちゃんと別れた日に決意した思いを込めて。
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爺ちゃんは体が衰え始めるまでは村に出て悪さをする獣、時には人を殺すような恐ろしい怪物を狩る猟師だった。
村の為に刀一本で体を張るそんな祖父に孫の俺が憧れを抱いていたのは普通の事だろう。
だから、俺は幼い頃からこう言い続けていた。
「爺ちゃん、俺プロフェッショナルになる!」
プロフェッショナル。
プロフェッショナルとは人々を襲う強大な怪物と戦い、この世に蔓延る悪と戦い、未知の迷宮へ挑戦する冒険者のことだ。
彼らは勇敢でどんな困難にも立ち向かう格好いい人達だと小さい頃、学校の授業で習った。
だから、俺はそんな勇敢な人になって爺ちゃんの手助けをしたかった。
だが、爺ちゃんからは暖かい応援は返ってこなかった。
返ってきたのは普段は優しい爺ちゃんが言ったとは思えないほど冷ややかな返答だった。
「いいかユウイチ、プロフェッショナルだけにはなるな。あんなもの無い方が良い」
当時の俺にはその答えが全く理解出来なかった。
何故ダメなの? 俺はただ爺ちゃんの手助けをしたいだけなのに。
だが俺は内心そう思いつつもあまり祖父に負担をかけたく無かったので、声には出さずひたすら頭の中でその理由を考えていた。
だけどそれから数年たって俺は知った、祖父があんなに冷ややかな声で答えた理由を。
それも祖父の口から直接。
「ユウイチ、お前の両親はプロフェッショナルだった。そして二人はプロフェッショナルの仕事中に命を落とした」
最初、言われた俺は理解出来なかった。まず両親がプロフェッショナルだった事に驚いた。一瞬だがそんな勇敢な職業だった両親に誇りを覚えたくらいだった。
だが、俺は暫くしてようやく理解した。何故祖父があんなに冷ややかな声で反対したのかを。
俺が全く理解していなかったからだ。
プロフェッショナルがどういう職業かを。
それから俺はプロフェッショナルという職業を真剣に調べ直した。
そして分かった危険性が三つだ。
一つ、死亡のリスクがどの職業よりもダントツで高い。
二つ、プロフェッショナルの怪我人を死亡数を合わせると馬鹿にならないこと。
三つ、だいたいプロフェッショナルの三人に一人があまりの過酷さ危険度に一年も経たずに辞めてしまうこと。
だが、毎年プロフェッショナルを志望してプロフェッショナル協会本部に登録をしに行く人は後を絶たない。
それは何故か。これも理由は大きく分けて三つ。
一つ、給料が高い。おそらくこの日の国で一、二を争うくらい高い。ハイリスク、ハイリターンな職業なのだ。
二つ、輝かしい栄誉を残したものは永遠と歴史に名を刻む。俺も有名なプロフェッショナルを何人か知っている。それほどこの職業は栄誉ある職業であるということだ。
三つ、正義を実感しやすい職業であること。
おそらくこの三つがプロフェッショナルをやるメリットだ。
この事を調べあげた俺はもう二度と爺ちゃんに「プロフェッショナルになる」なんて言わなかった。
きっと爺ちゃんは俺にそんな危険な仕事をして欲しく無かったんだ。ましてや自分の子供が命を落とした仕事なんて……。だから俺はそんな爺ちゃんの優しさと願いをひしひしと感じ、もう不安にさせないようにていた。
だけどその思いとは裏腹に俺の心の片隅では別の感情が渦巻いていた。
そして更に年月が経ちついに爺ちゃんの命日が来た。
夕暮れどきだった。既に十六歳となっていた俺は台所で夕飯を作っていた時、祖父の寝室から物音が聞こえた。
俺はそのことに強い違和感を覚えた。
なぜなら祖父は数ヶ月前から寝たきりで一人では起き上がれないほど衰弱していたからだ。
だから、祖父の寝室から物音がするのはおかしい。
俺は夕飯を作る手を止めて、爺ちゃんの寝室に足早く向かった。
祖父の寝室に着いた俺は少し開いた扉の隙間から中を覗き込んだ。
するとそこには目を張る光景があった。
なんと、一人で起き上がれなかったはずの爺ちゃんが一人でに立って自身の愛刀を構える姿がそこにあった。
その佇まいは驚くほど精錬されていて熟練の剣士を思わせる姿だった。
すると爺ちゃんはすっかり細くなった腕を刀の柄に伸ばしたーー次の瞬間。
刀が空を切る音が鳴った。
驚くことに爺ちゃんは抜刀していた。俺が見えないほどの速度で。
爺ちゃんはそのまま握った刀を正しい所作で柄に戻した。
そこまでした時だった。
「がはっ!」
爺ちゃんが血を吐いて片膝を着いた。
爺ちゃんの綺麗な抜刀に見惚れていた俺はハッと気を戻して爺ちゃんに駆け寄る。
「爺ちゃん!」
「ユウイチ……見ていたのか」
「何やってんだよこんなに弱った体で!」
触れてみて分かった、爺ちゃんの体はすでに脱力仕切っていた。さっきの刀を持った姿が嘘だったように。
俺は弱った爺ちゃんを抱えて近くにあるベットに寝かせた。
すると爺ちゃんは一呼吸置いた後、ゆっくりと口を開いた。
「ユウイチよ……もう儂は長くない」
「な、何言ってんだよ」
「だから最後に……お前に言っておかなければならん事がある」
「な、何冗談言ってんだよ。わ、分かった!
薬の時間だったな! 今台所からとってくるよ」
「ユウイチ」
台所に行こうとした俺の服の裾を爺ちゃんの細い指がひかかって止まった。
「ユウイチ聞け」
「……嫌だ」
俺は首を横に振って強く拒否する。
「いいから聞け」
「嫌だ!」
次は更に強く拒否したて半ば縋るように爺ちゃんに言った。
「そんな事言わないでくれよ爺ちゃん……。俺には父さんも母さんもいない。爺ちゃんまで居なくなったら俺は……」
すると歪む顔を見せないように俯きながらそう言った俺の頭に何かが乗った。硬く少し大きな手、子供の頃に何回も繋いでくれた優しい手ーー爺ちゃんの手だった。
手を乗せられた俺は視線を上げる。視線の先にいた爺ちゃんは優しく微笑んだ。
「全く……お前は昔から聞かん坊だったな」
「…………」
「本当に……父親そっくりだ」
「父さんに?」
「ああ、お前の父は一度やると決めたらもう誰の忠告も聞かず突っ走っとった」
もう、ほとんど息を吐くような声で爺ちゃんは笑った。
「だが、本当にこれが最後だ……だから儂の言うことを聞いてくれんか」
「…………分かった」
しばらく黙った後、俺は頷いて爺ちゃんの願いを聞くことにした。
「さすが儂の自慢の孫だ」
すると爺ちゃんは枯木のような指を机に向けた。
「ユウイチよ儂が死んだら……そこ書かれとる場所に行け」
俺は指をさした机の上を見る。そこにはどこかの住所が書かれた紙が置いてあった。紙を取りながら俺は爺ちゃんに聞いた。
「爺ちゃんここってどこ? しかもトキヨウってあの大都市トキヨウのこと?」
大都市トキヨウ。人、物、金、全てが集まると言われるこの国で一番の大都市だ。
だが、何故こんな場所を?
「ああ、そうだ…….そしてその住所には…….プロフェッショナル協会本部がある」
「!!」
「もし、やりたい事がないなら…….そこに行け」
「ま、待ってよ! 爺ちゃんは俺にプロフェッショナルになって欲しく無いんだろ?!」
俺は昔言われた爺ちゃんの言葉を思い出す。
「プロフェッショナルになんてなるな」確かに爺ちゃんはそう言った。だって自分の子供が死んだ職業なんて今でもなって欲しいわけがない。だからきっと爺ちゃんの気の迷いだと思った。
すると爺ちゃんは俺を見透かしたように笑う。
「ああ、なって欲しくないのは今も変わらない……だがユウイチ……お前ほんとはなりたいんだろう?」
図星だった。驚きを隠せないまま爺ちゃんに理由を聞いた。
「な、何でそれを」
「お前の様子を見とったら……誰でも分かる。そう言うところは……母親譲りだな。それにーー」
爺ちゃんは呼吸を継ぎ足し言葉を繋げる。
「そこにはお前の欲しいものがある」
「俺の……欲しいもの?」
「ああ、そうだ。お前の心から欲しい物がそこにはある……だから儂が死んだらそこに行け」
そう言った爺ちゃんは力なく目を閉じた。
そして自分の人生を振り返るように語り始めた。
「ああ、それにしても長い…….長い旅路たった。時に喜び、時に怒り、時に悲しみ、時に馬鹿をした……本当に色々あった。そんな人生で本当に嬉しかったことが二つ。
一つ目は、儂に息子が出来たこと……二つ目は儂に孫が出来たこと」
「爺ちゃん……」
爺ちゃんの声が少しずつ小さくなっていく。
「そして……後悔が二つ。一つ目は息子とその妻を守れなかったこと。二つ目はユウイチ……お前を残して先に逝く事だ」
「爺ちゃん!」
俺は爺ちゃんの手を強く握った。
「爺ちゃん俺は幸せだったよ! 爺ちゃんに育てられて! ときには厳しかったけどそれ以上に爺ちゃんは優しくてカッコ良かった。だから俺は爺ちゃんみたいな人になりたいって小さい頃から今までずっとずっと思ってきた。だから爺ちゃん……」
不意に俺の瞳から大粒の涙が溢れ落ちた。それでも俺は顔をくしゃくしゃにして不恰好に笑って言う。
「ありがとう、ここまで俺を育ててくれて」
すると爺ちゃんは閉じていた瞳を開いて俺を見つめた。
そして消えかけの声でーー
「お前を……いつまでも愛しとる」
そう最後に言った。
その後、爺ちゃんは目を閉じて二度と喋らなくなった。
「あ……あ……っああああああああ!!!」
享年七十八歳。俺の祖父ムカイ・ゲンジは老衰でその人生に幕を閉じた。
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それから一週間がたった今日、俺はトキヨウに行くことを決心した。
不安は沢山ある。でも爺ちゃんの遺言、それに俺は強く決めた。
爺ちゃんのようなカッコ良くて強い。
そんなプロフェッショナルになる事に。
「よし!」
全ての準備を終わらせた俺は荷物を詰めたリュックを掴み十六年近く過ごした家を駆け出した。
一話を読んでいただきありがとうございます。
この物語の舞台は日の国の大都市トキヨウ。この世界では怪物、迷宮、巨大な犯罪組織があります。
そういった脅威から人々を守るのがプロフェッショナルという職業になっています。
どの話にも誠心誠意を込めて書いていきたいと思います。
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それでは次話もよろしくお願いします!