最後の文化祭
それからの僕たちは、今時の中学生のカップルでも無い様な関係が続く、キスはおろか、手も繋がない関係である。
出掛ける時は、彼女が手作り弁当を持参してくれる。周りから見れば間違いなく恋人同士である。
あまりにも不思議な関係だと思うが、私達2人にとっては、皆との約束を守りつつ最高な関係であった。
ただ、クリスマスの時だけ手を繋いだり、腕を組んだりして過ごした。
この生活は、4年の文化祭まで続く。
そして4年文化祭前
私達のバンドhopeは、昔の曲の編曲、主にドリカム等のコピーを中心に練習に励んだ。
文化祭用に曲の選定を皆で、例の喫茶店で話し合いを行なう。
リーダーの高崎が僕に向かって話す。
「岩崎、やりたい曲無い?」
しばらく、考えて
「上を向いて歩こうをやりたい」
「なかなかバンドでやる曲じゃあ無い曲選んだね。みんなどう?岩崎が初めて推奨した曲だけど。」
高崎が皆に聞く。
「やってみようか」
篠里が言うと、皆が賛成した。
高崎が話す。
「今日は、バイトも無いし少し飲みに行こうか?」
皆がうなずく。
喫茶店を出て、駅前の全国チェーン店の居酒屋に入る。
19時少し前の時間のためサラリーマンが多く、店が賑やかであった。
席に着き、ビール、酎ハイ等それぞれが注文をする。
私もこの4年までの間、何度か飲み会を重ねたせいか、ビールも飲める様になっていた。
「かんぱい!」
高崎の一声の後、皆が続く
「かんぱい!」
飲み会になると1年の文化祭の打ち上げで私が犯した失態が決まって話題となる。
そんな会話が続いて、星さんが皆に聞こえるように話し掛けて来た。
「どうして上を向いて歩こうを選曲したの?」
高崎も続く
「思い出の曲?」
皆それぞれが選定理由を聞いてきた。
まるで、選定曲の根拠当てクイズである。
皆の意見が出し尽くし、高崎がしびれを切らして
「もう答え教えろよ」
「実は小学、中学、高校といじめにあっていて下を向いてばかりの学校生活だった僕は、大学に入りhopeのメンバーと出会い。俺なりに上を向く事が出来た。
上を向く事で、いつも廻りをみながら、こそこそ逃げ、いつも床を見て過ごしていた自分から卒業出来た気がする。
上向いて歩こうは、いじめにあっていた時に聞くと涙が止まらない時がある程、好きと言うか希望の歌だった。そんな曲だから、つい選定曲を問われた時、とっさにこの曲を言ってしまった。と言うのが答えです。」
ここで横から声がした
「俺も」
声の主は、ギターの荒井だった。
荒井は僕同様、ほとんど喋らない。
「俺もいじめは無かったけど、人と接するのが苦手で、一人でギターをいじるのが毎日の日課だった。バンドには、興味があったけど、自らバンドのメンバーに入る勇気が無かった。大学に入ってサークルならと、本当に勇気を振り絞ってサークルに入った。
あまり、会話とか出来ないので、皆も俺の事、無愛想だと思ったかもしれないけど、本当に凄く楽しかった。思いきってサークルに入って、本当に良かった。
俺も、上を向いて歩こうは、岩崎と同じく大好きな曲なので、頑張ってアレンジする。」
酔いもあるせいか、星が溜まっている涙を拭いながら、一言言う
「なんか、いいね」
篠里が周りのサラリーマンを見ながら
「来年は、ここの客みたいに社会人になってるのかな。何か、hope無くなるの辛いね」
高崎が続く
「よーし!文化祭終わっても、大学卒業しても、緩く活動続けよう」
皆も酒が入っているせいか、
「続けよう」と意見が一致した。
高崎は、「皆が結婚するまで続けられる様に頑張るか?」
皆がうなずく
「とは言ったものの、皆が結婚出来るのか?」
篠里が僕と大城さんを見ながら、ニヤついて話し始める
「お二人は、早そうだね」
慌てて、僕と大城さんが否定する。
「付き合って無いよ」
皆がビックリして、質問をしてくる。
高崎「嘘だろ」
私が話す
「hopeの規則だから、交際はしてないよ」
星「だって、理佳ちゃんとデートしてるよね?」
岩崎「一緒に出掛けたりしてるけど、hopeの規則だから、4年の文化祭が終わってから、きちんとつきあおうと約束してる。友達以上恋人未満の関係でいようと二人で話し合った」
篠里「もしかして、キスもしてないの?」
顔を赤らめながら、大城さんが首を横に振る
篠里「いくらなんでも、手を繋いだり、肩寄せあったりは、してるだろ?」
僕は「クリスマスの時だけ、手を繋いだ。」
皆が唖然としているのを感じる。
一瞬、時間が止まった。
そこで荒井が、ボソッと一言
「さすがに、有り得ない」
皆が笑う。
高崎「デートしたり、好きと言う愛情をお互いが解りあって、行動も常に一緒。これって、キス等の行為と関係無く、恋人って言うんだよ」
岩崎「そうなの?じゃあ規則違反?」
高崎「それは、本当にごめん。その規則すら忘れていた。もしかして、皆も意識してた?」
皆が首を横に振る
高崎「じゃあ、ここで恋人宣言しちゃえば?」
大城さんと目が合い、大城さんが僕を見ながら頷く
岩崎「今から、僕と大城さんは、交際します。」
篠里「本当に真面目だね。ここで恋人宣言しなくても良かったのに」
皆が笑う
1年の文化祭後から今日までの間、手すら握らない関係だったが、この様な形で皆に祝福されて交際が始まるなんて、中学、高校時代の事を思うと到底考えられない出来事である。
本当に軽音サークルに入って良かったと心から思った。
飲み会も終わり、帰る途中も皆からの冷やかしにあいながら帰宅した。
文化祭、最後のステージに立つ、翼を下さい・ドリカムの未来予想図・ロック調に編曲した「上を向いて歩こう」等7曲を演奏し、文化祭が終了した。
hopeの活動も月に1、2回の緩やかな活動を継続した。
皆の就職活動も終わり、楽しかった大学生活が終了した。