研修医
父の車に乗り、久々の我が家に戻る。
しばらく我が家の感触を楽しんでいると玄関のチャイムが鳴る。
理佳が玄関に向かう
「こんにちは」
中島先生である。
理佳が「どうしたんですか?」
「これから週に1,2度、点滴をしに来るのでよろしくね。栄養が摂れていないから、きちんと栄養を摂らないとね。今日は場所の確認。それと在宅医療に興味のある子が研修に来ているので、たまに二人で来るようにする。林に無理言って病院に戻ったんだ。」
俊「もしかして僕達のために?」
中島「いやいや、たまに急性期治療をやっておかないと腕がなまるから、たまに病院に戻っているんだよ。」
俊「伊豆の病院は?」
中島「その間は、出張扱い」
理佳「在宅医療に興味のある子って?」
中島「後期研修医で、若い子医者だよ。それも、とても可愛い女の子だよ」
理佳「その女性医師だけが来る事って、あるんですか?」
中島「もしかして、やきもち?」
理佳は怒りながら
理佳「そんな事無いです。ただ、医師としての腕が心配なだけです。」
中島「ちゃんと免許あるから大丈夫だよ。余り長居しても悪いから帰りますね」
俊「先生。本当にありがとうございます。」
中島「お礼は、奥さんに言わないとね。ずっと君だけを心配しているんだからね」
確かに先生が言うとおりである。理佳がいなかったら僕は、きっと塞ぎこむだけだった。
理佳が横にいる事で、僕は何度でも立ち上がれる。つらい治療も耐えれる。
先生が帰った後、
理佳「診察って何曜日なのかな?」
俊「月曜日って言ってたよ。場合によっては、木曜日も来るって」
理佳「じゃあ、私もその日は休もうかな」
俊「大丈夫だよ」
理佳「大丈夫では無いの」
こんな死に底ない僕が浮気など、するはずも無いのは分かっているとは思うが、そんな理佳が愛おしく思えた。
僕は、理佳に口づけをして、そのまま抱きあった。
そして月曜日
理佳は本当に会社を休んだ。
予定の10時に玄関のチャイムが鳴る。
中島先生の姿が見える。後ろに女性の姿が見えるが、はっきりと見えない。
玄関を開けて
「岩崎さん。おじゃまするよ」と中島先生のフレンドリーな声がした。
玄関に入って来た中島先生が、外にいる医師に向かって話しかける
「君も入って、自己紹介しなさい」
女性医師は、玄関で靴を脱ぎ部屋に入って来た。
僕と理佳は絶句する
「大河内沙世です。よろしくお願いします。」
理佳「さ・・沙世ちゃん」
沙世「りか」
本当に何も知らずに来たようである。
大河内さんは、慌てて玄関を飛び出した。
中島「えっ お・・おい!大河内君!」
理佳は、大河内さんを追って玄関を出て行った。
中島「あれ?知り合いだった?」
俊「中学時代の同級生です。中学の時、喧嘩別れしちゃった友達ですよ」
中島「大河内君に友達ねえ。彼女はいつも一人だから」
俊「そうなんですか?」
中嶋「うん。あんなにきれいなのに勿体ないよね。でも彼女があんなに取り乱すのは初めてだよ。」と笑う。
大河内さんが玄関を出て、何処にいくのか分からないまま、がむしゃらに走る。
理佳は、大河内さんを追いかける。
数十メートル先で理佳が追いつく。
「沙世ちゃん」
「ごめん。理佳の前に一生出ないようにしようと思っていたのに」
「ううん。私、ずっと気になっていたの」
沙世が理佳を見る。
「私も子供だったんだなと思って、いつもあの時の情景を思い出していたの。私こそごめんね。黙って九州に行ってしまって」
沙世の頬に涙が流れる。
「理佳、ごめんね。最後まで言わないようにしようと思っていたんだけど、私の心が壊れそうになってしまって、気が付いたら想いをぶつけてた。」
理佳の頬にも涙が毀れ落ちる
「沙世ちゃん、ごめんね。」
二人は道路で向かいあい、沈黙が続く。
沙世「岩崎君と結婚したんだね。」
理佳「うん」
沙世「おめでとう」
理佳の涙が更に溢れ出てくる
理佳「うん。でもね」
理佳は沙世の胸に飛び込み涙した。
その涙の意味を理解している沙世は、黙って理佳を受け止める。
沙世「まったく理佳は残酷な事をするね」
理佳「?」
沙世「ずーと片思いしている私に、他人の心配で泣いてくるんだから」
理佳「沙世・・」
沙世「でも、それが理佳だもんね。いいよ胸貸してあげる。」
理佳「ごめんね」
沙世「もう謝らない!」
理佳「うん」
この何年にも及ぶ蟠りが消えていくのを二人は感じた。
沙世「また友達になってくれる?」
理佳「うん」
沙世「また同じ事言ったら?」
理佳「それはダメだよ」
沙世「分かった。でも会えて良かった」
二人は家に向って歩き出した。
二人で家に帰って来た。二人の表情は明るく、僕は安堵の表情を浮かべる。
今日は、栄養剤が入った点滴を行う。
大河内さんはカルテを見て、顔を曇らせているのが分かった。
点滴が始まると中島先生は家を出ていく。
「大河内さん、積もる話もあるだろうから、点滴が終わるまで居ていいよ。終わる頃に寄るから。」
「分かりました。」
中島先生は大河内さんを置いて、車を走らせた。
理佳の前だと、本当に大河内さんの表情は変わるんだなと大河内さんの顔を見て微笑むと
「何?」と少しきつめな声で言葉を発する。
すると理佳が大河内さんに
「沙世ちゃん、うちの旦那様だよ」とやらかい口調で注意する。
大河内さんは言葉に詰まる。
僕はそんな二人の会話を聞き
「二人は仲いいね」と言うと
また大河内さんは、僕を睨むように
「何?」
理佳「だから、うちの旦那様だよ」
すると、大河内さんが理佳の肩を軽くたたく
大河内さんは理佳を別室に呼び、
「もしかして、あの時の事言った?」
「うん」
「えっ さすがに恥ずかしいよ」
「岩崎君をいじめるよう男子を使っていた事も言ったよ」と笑顔で話す。
「えっ 顔見れなないよ」
「沙世ちゃんなら大丈夫だよ」
「まったく・・・しょうがないか」とため息をつく。
大河内さんと理佳が戻ってきた。
「岩崎君?」
「何?」
「いじめの事、ごめん」
「もういいよ。気にしてないから、大河内さんが指図しなくても、僕はいじめられやすかったから」
「じゃあ 許してくれるの?」
「うん。それに間違えて大河内さんを犯人にした事もあったから、おあいこって事で」
大河内さんは再びきつい顔になり
「いや あれは許さない」
大河内さんと理佳は、今までの時間を埋めるかのごとく、話が止まらない。
本当に仲の良い友達なんだと感じる。
あっと言う間に時間が過ぎ、点滴が終わる頃、中嶋先生が帰って来た。
中島先生と大河内さんは、病院に戻っていった。
「良かったね。仲直り出来て」
「うん」
「その「うん」は本当に良かったの「うん」だね」
「うん」
すると理佳は、僕の所に甘えるように寄りかかる。
甘い甘いひと時を過ごした。




