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後編 -凶弾-

 ――目的地へ向かう途中、俺は車の中でこれまでのことを考えていた。

 銀行強盗事件から始まったおかしな事件。強盗犯の仲間と思われるヤツらを追って、何とか一人を捕まえた時にそいつが口を滑らせた『闇社会』という存在。それを語る前に何者かによって射殺されてしまった。逃げたもう一人の行方は分かっていないが、おそらく始末されている可能性が高いだろう。そう、その『闇社会』という存在にだ。


 ついさっき、殺されたヤツの司法解剖が行われ、頭に残っていた銃弾の形状を調べたところ、拳銃弾であることが判明した。しかし、どの拳銃が使われたのかはまだ分かっていないのだと。


 こうして落ち着いて考えてみると、疑問が出てくる。どうしてそいつはライフルを使わなかったのだろう?

 ライフルであれば、確実に対象を仕留められると思うんだが。よほど腕に自信があったとでも言うのか。あるいは……“状況的に仕方なく拳銃を使用した”か……




 他におかしな点と言えば……そもそも、今回の銀行強盗事件は最初からおかしかった。銀行の中で突然喧嘩が始まり、警察が仲裁に入るだなんて偶然にしてはあまりにも出来すぎている。

喧嘩が大きくなれば、警察だって放置しておくわけにもいかなくなるだろうから、おそらくその心理を逆に利用されたと考えるのが自然だろう。喧嘩ってだけで人の注意を引くのに、そこへ警察らしき人間が仲裁に入ったら、まるで強盗犯たちに『警察はここにいますよ』って教えてるようなものじゃないか。


 つまり、あのインカムで刑事たちが話していたように、喧嘩を始めたっていうヤツらも強盗犯の仲間だと考えれば納得がいく。最初から警察が動くことは洩れていたんだろう。もしそうだとしたら、なぜ計画を中止しなかったのだろう? そこまでして高いリスクを背負わずとも、そのまま引き上げれば済んだ話じゃないか。それなのに、計画を実行しようとしたのはなぜだ?


 ひょっとして……実行することに意味があったのか?

 ふむ……もう少しで何かひらめきそうな気がするんだが、今の俺の頭脳ではどうにもなりそうにない。ノリちゃんに一連の事情を打ち明けて、相談に乗ってもらうのがいいかもしれない。事が落ち着いたらそうしよう。



 あとは、先程二人の刑事たちが話していた『数分間、インカムが繋がらなくなった』という話。

 あの時はヤツらを追うのに必死でインカムなんて使う余裕なんてなかったが……ヤツが射殺されるまでの間、繋がらなくなっていたということだろうか?


 もしそれが銀行強盗犯を射殺したヤツの手によるものなら、なぜそのようなことを? 謎が深まるばかりだ……




 そもそも、インカムが繋がらなくなった、という話はここにいる三人は知っているのだろうか。運転席にいる梅宮主任、左の後部座席にいるノリちゃん、右の後部座席にいる係長にそれぞれ聞いてみることにした。



 梅宮主任は「え、そうだったの? あの時はインカムどころじゃなかったから気が付かなかったわ」ときょとんとした顔をしていた。

 係長は「あ? お前さん何を言ってるんだ。インカムは普通に繋がってたじゃないか?」と無精髭を触りながら答える。

 ノリちゃんは「あぁ、確かに一時的に繋がらなかったですね。でも、あなたが『銀行強盗犯が殺されましたー!』って慌てた声でインカムを飛ばし、車に戻ってくる頃には元に戻っていたような気がします」と少し考え込むようにして、それぞれ話してくれた。


 なるほど、さっぱり分からん。




 そうして話しているうちに、敵のアジトと思われるビルに着いた。少し離れた路上に車を停めて俺たちは外に出る。

周囲には人の気配はまったく感じられず、ひんやりとした嫌な空気が俺の頬を撫でた。空を見上げれば雲一つなく晴天で、綺麗な満月の光がビルを照らしている。


再び視線をビルに戻したとき、何かに気付いた。


 ――そういえばこのビル、どこかで…………確か数日前、ネットで見たような気がする。何だっただろうか……


 そうだ! 例の廃墟と化したビルだ! OLおーえるによって引き起こされた殺人事件によって会社もオーナーも消滅したあのビルじゃないか!

 なんて偶然なのか。でも、偶然が重なればそれは必然となる。つまりこれは……『あの事件』とも何かしら関わりがあるのではないか……?



 OLが引き起こした殺人事件はまったく表沙汰にされず、急ピッチで処理された。いつもならこれでもかってくらい騒ぎ立てる報道陣ですら、まったく触れてない様子だった。係長の言う通り、『何かしらの圧力がかかった』からだろう。じゃあその『圧力』というのは誰がかけたんだ? 警察上層部か? 表沙汰にされては困るようなものがこのビルの中にあったのか。

だとすれば、推測だがあてはまりそうな答えは、被疑者と被害者の存在だ。だって名前すら知らされていないのだから。

 警察の中に『闇社会』の連中がいて、そいつらが圧力をかけたとしたらどうなるだろうか? この世に出回ってはならない者たちが事件に関与したため、それを揉み消すために秘密裏に処理した……

 そして今回の銀行強盗事件にも、その『闇社会』とやらが関与している……そうは考えられないだろうか。

 それにこの事件にはなぜか公安も絡んでいる。彼らはいったい何を追っているんだ? もし、それが『闇社会』だとしたら? 俺のこの推理もあながちハズレではないのでは…………




「――杉森くん、集中しなさい。敵はもう目と鼻の先にいるのよ」


 小声で梅宮主任に咎められた。少しぼうっとしていたようだ。

 俺たちはビル周辺の物陰に身を隠し、様子を伺った。入口付近には見張りと思われるヤツがうろついていた。四十代くらいの男で、身長は百五十センチ前後、頭頂部が禿げている黒髪で、赤いTシャツとジーンズを履いている。タバコをふかしながら周囲を気にしている様子だった。


 周りには他の人間はいないようだ。そして、係長が目で梅宮主任に合図をする。『早く行け』と。


 …………少しして、男がこちらに背を向ける形で新しいタバコに火をつけようとしたところで、梅宮主任が忍び足で、しかし素早く男の背後へと接近していく。

 そして男が振り返る直前――持っていた拳銃で男の頭を殴打し、気絶させた。梅宮主任がビルの近くにある茂みへ男を移動させて目立たないようにした後、俺たち特別捜査係はビルの中へ潜入した。




 中は電気もついておらずとても暗かったが……唯一月明りがビルの中を薄く照らし出していた。周囲には観葉植物や待合用の長椅子がそのまま設置してある。

正面にはエレベーターがあり、すぐ横に受付カウンターがあった。西側と東側にそれぞれ上り階段があることがわかったところで、俺はとても妙なことに気付いてしまった。


 ……どういうわけか、あの見取り図とこのビルの作りがとても酷似していたのだ。そう、あの見取り図は六階建てのビル、そしてこのビルも外観を見たころ、六階建てのようだった。

 ……それと、見取り図にあったカメラやマイクのマークが、備え付けられた音声付きの監視カメラのことを指しているのだとしたら…………俺たちは今、窮地に立たされているであろうことも想像できた。






 がさこそ、と少し遠くで何かが動く音がした。衣擦れのような音だったが……

 俺たちは咄嗟に来客用の長椅子に身を隠した。だが、それも無意味であろうことは俺がよく知っている。

 この一階ロビーだけで四か所に監視カメラがあるのだ。俺たちがここにやってきたことはもうすでにヤツらにバレているわけで…………




 ――刹那、まばゆい光が俺たちに襲い掛かり、その直後、パンッ! パンッ! と銃声が遠くから聞こえてきた。

 ブレーカーの電源でも入れられたのか、この一階ロビーは電気の光で照らされていた。そして東階段の物陰から銃を持った何者かがこちらの様子を伺っていた。


「おい、まずいぞこりゃ!」と係長は小声で慌てふためく。

「ちょっと、応援はどうなってるのよ……!」と梅宮主任も焦りを感じている様子だ。

ノリちゃんも「僕たちだけで何とかするしかないんでしょうか……」と目を伏せっている。


 ――おそらく応援は"来ない"と直感した。これは罠だったのだ。警察上層部は最初から俺たちを見捨てるつもりでここに送ったのだろう。


「こちら特別捜査係、応援はどうなってるの……っ!」と梅宮主任はインカムで他の刑事たちと連絡を取ろうとするが、応答はない。

 その間も、係長が東階段にいる影と銃撃戦を繰り広げている。


「梅宮、応援に期待せん方がいい。これは最初から仕組まれてたんだからな」と係長は応戦しながら梅宮主任を諭す。


「仕組まれてたってどういうことですか!」

「『決して関わっちゃいけない巨大な闇』が、あの警察署の中にいたのさ」


 ……巨大な闇……おそらく『闇社会』のことを言っているのだ。


「どうにかして尻尾を掴んでやろうと思ったが……少し時間が足りなかったようだ。その前にあちらさんに呼び出されてしまったからな」


 やはり係長は何か掴んでいたのか。そうか、だから俺たちをほったからしにして単独行動を……その方が確かに動き回りやすいし、情報を集めやすいから。

 係長も『闇社会』の影を感じ取っていたのか。


「おっと、西階段側からも敵がお出ましのようだぞ! おい、お前さんたちも応戦しろ!」


 係長にそう言われて西階段側を見ると確かに三人の影が見え隠れしている。二人は階段横の死角に隠れていて、あとのもう一人は階段を数段上った所で身をかがめていて、少々めんどくさそうだった。


「ノリちゃん!」

「分かってますよ!」


 俺とノリちゃんは来客用の長椅子や観葉植物に身を隠しつつ、拳銃を構えて西階段側にいる敵と応戦した。

 しかし、ブランクが長すぎたせいかまともに弾が命中しない。ノリちゃんも何発か銃を撃ち、そのうちの一発がちょうど階段から降りてくる途中だった敵の脚に命中した。そいつはバランスを崩し、階段から転げ落ちていく。そしてまた偶然が幸いしたのか、ちょうど階段横から身を乗り出した残りの二人にぶつかる形で、三人とも床に倒れた。


「この……っ!」


 すかさずノリちゃんは倒れている敵にめがけて銃を乱射し、三人を絶命させた。


「一人くらい捕虜として生かしておけばよかったんじゃないのか……?」と隣にいるノリちゃんに突っ込んだが、「そんなこといちいち考えてたら、僕たち全滅しちゃいますよ!」と切羽詰まった表情で言い返された。確かにその通りだ。




「杉森くんっ! 入口からも仲間がやってきてるわよ!」と梅宮主任は叫ぶ。

「どうやら、俺たちを生かして帰すつもりはないらしい」と係長。


「俺たち、どうすればいいんですか!」と係長に指示を仰ぐと、「俺と梅宮で、入口と東階段を押さえておくから、お前さんたちは西階段から上に逃げろ!」と告げた。


「でも、それだと係長たちが……!」

 死ぬかもしれませんよ、と言いかけて俺はそれ以上は言わなかった。


「とにかく、インカムにはすぐ出られるようにしておいてね! 無事を祈ってるわ!」と梅宮主任は俺たちに微笑むと、入口付近にいる敵を一人ずつ仕留めていった。

 係長は「さあ、早く行け!」と俺たちを西側階段へ促すと、新たに東階段側から下りてきた敵と交戦し始めた。


 もう迷っている時間はない。



「ノリちゃん、行こうっ!」

「はいっ!」


 俺とノリちゃんは伏兵に気を配りつつ、一気に西階段へ滑り込むと、慎重に階段を上っていく。

と同時に上の階がぱっと明るくなった。

 すると今度は一階が真っ暗になる。


「なっ……?!」


 驚いて一階へ引き返そうとしたが、すぐにインカムが鳴った。


「杉森、立木、聞こえているな。俺たちは無事だから、お前さんたちは慌てずに行動をしろ」


 係長のとても頼り甲斐のある言葉に従い、俺たちはそのまま上の階を目指した。


パンッ! パンパンッ! と二階フロアの方から銃声が聞こえてきた。そのうちの一発が俺の足元で弾け飛ぶ。


「おっと……! これでもくらえっ!」


 パンッ!


 二階の物陰から身を乗り出してきた敵にめがけて俺は銃を発射し、それは見事に命中した。そいつはそのまま階段へと転落してきて、何かが折れるようなボキッという嫌な音を立てた後、動かなくなった。

 二階から僅かに漏れ出た光が、うっすらだがそいつを照らし出していた。


「さあ、行くぞ、ノリちゃん」

「…………」

「おいっ……!」


 首が変な方向へねじ曲がったそいつの身体を見て、固まってしまったノリちゃんの背中を軽く叩き、気を持たせてすぐに移動を開始する。


「す、杉森さん……あいつ、首が……」

「今は気にしてる場合じゃないんだろ……! 死ぬぞ……!?」


 さっきのノリちゃんの言葉をそのままそっくりノリちゃんに返す。今はどうこう言っている場合じゃないのだ。めんどくさい処分が下されるのは間違いないだろうが、そもそもこんな危険地帯に送り込んだのは上層部の人間なのだから、全ての責任はあいつらにある。

 もし俺たちが査問にかけられた時は、ありのままの事情を説明すればいい。それで通らなかったらその時にまた考えればいいんだ。

 とにかく、今は生き残ることだけを考えるべきだ。




 廊下に出ると、見取り図で言うと一番奥にあるB室から銃を持った男が出てきてちょうどドアを閉めるところだった。ここからだと二十メートルほど離れているが、弾は当たるだろうか。

 そんなことを考えていると、ノリちゃんが拳銃を構え――


 パンッ!!


 発射された弾はそいつの側頭部に命中し、少し身体が飛んで横向きに倒れた後、動かなくなった。

 ……警察学校時代の腕が蘇ったのか、ノリちゃんは爆発的な射撃力を発揮したようだった。これなら、この危機的状況を何とか出来るかもしれない。


「杉森さん、いったんどこかに身を隠した方がよくありませんか?」

「あぁ……確かに」


 すぐそこのトイレ……だと狭すぎて見つかったらアウトだし……隣の一番倉庫に逃げ込もう、そう思って一番倉庫の扉を開けようとしたところで、中から誰かの足音が聞こえてきた。おそらく今の銃声を聞きつけたのかもしれない。


「やばっ……!」


 俺たちはその隣にあった二番倉庫へと逃げ込んだ。


 中に入ると電気がついていた。従業員通路が少し続いているようだ。突き当りを右に曲がると、目の前が壁になっていて、右手に空間に広がっている。おそらく、ここが倉庫だろう。

倉庫に入ると、図書室と同じように物が乗せられた棚が横に陳列されてあった。棚に置かれた荷物の隙間から奥を覗きこんでみると、どうやら奥からおよそ一メートル間隔で五列置かれているようだった。これなら、万一追い込まれたとしても、棚を盾にしながら通路側に出ることができるかもしれない。

 後は監視カメラがどこにあるか、だな……


そのまま左側へ移動し、同じくおよそ一メートルほどしかないであろう壁と棚の狭い空間を移動しながら、棚と棚の間を注意深く観察する。誰かが隠れている様子はない。

やがて奥に突き当たったところで、右側へと進み、突き当たりにやってきたところで――






 ――ゴツッ……


 突然後頭部に何か冷たいものが押し付けられる感触がした。


「…………えっ?」


 訳が分からず、俺は素っ頓狂な声を出してしまった。真後ろからは背筋が凍りつくような凄まじい殺気が伝わってくる。






「お疲れ様でした、杉森さん」


 ノリちゃんの声が俺のすぐ後ろから聞こえてくる。まさか……


「何の冗談だ」

「おっと、振り返らないでくださいね? すぐに撃ち殺すのは惜しいので」


 なぜ、ノリちゃんがこんなことを……


「さて、まずはインカムを出してください」

「…………」


 俺は無言で言われた通りにインカムを取り出す。その瞬間、俺の手から素早くインカムが抜き取られ、どこかに投げ捨てられてしまった。


「……どういうことなんだ、ノリちゃん!」

「あんまり騒がないでください。主任や係長が死ぬことになりますよ?」

「なっ……!?」

「大人しくここで殺されてくれませんか。そうしたら、何もかも解決するんです」




 ノリちゃんの言葉から察するに、主任や係長の命運を握られているのは確かだろう。そして今までのことがフラッシュバックして、やがて一つの結論が出た。

 こいつの正体はおそらく…………




「お前が…………銀行強盗犯を殺ったんだな……」

「あれ? どうしてそう思うんです? 僕はろくに銃なんて扱えませんが?」

「いや、お前は警察学校時代に培ってきた射撃の腕を鈍らせないように、これまでも訓練を続けてきたはずだ。そうじゃなきゃ、さっきみたいにあんな二十メートルも離れた対象の頭に銃弾を当てるなんて芸当が、できるはずがないからな」

「へぇ…………」

「その射撃力があれば…………相手の頭を一発で撃ち抜き、絶命させることくらい、なんてことないだろ」

「……なるほど、でも僕が殺ったという証拠はありませんよね?」

「確かに証拠はない。でも、状況的に可能だったとは言えるよ」

「というと?」

「俺があの不審な老人を追いかけてから数分間、インカムがまったく繋がらなかったそうじゃないか」

「確かに繋がりませんでした、でもそれがどうしたというんです? 係長は『普通に繋がっていた』と仰ってましたよね?」

「あぁ、でもほんの数分間だが確かに繋がってはいなかった。というのも、予想外の事態が起こったがためにインカムを使う余裕がなかったんだよ」

「…………銀行内で起こった喧嘩ですか」

「そう、それだ。そして俺たちの方でも予想外の事態が起きていた。その数分間に二つの偶然が重なっているんだよな。だとしたら、これは必然的な状況だったと言い換えることもできるわけだ」

「へぇ……肉体派のあなたにしては、論理的な思考ができるんですね」

「お前の影響でもあるさ」

「……どうぞ、続けてください」

「この二つの偶然に自然な理由をつけるために、インカムが繋がらなくなるという状況を作り出す必要があった」

「……なぜですか」

「……"これから行う犯行において、自分の所在を悟られないため"だ。つまり、犯行の真っ最中に自分の名前が呼ばれるようなことがあった時、その応対が面倒になる、だからその短い時間の間だけジャミングか何か工作をして使えなくしたんだよ」

「…………それがどうして状況的証拠になりうるんですか」

「あの二人の老人が強盗犯だと知っている、または怪しんだのは俺と、ノリちゃんと、梅宮主任、そして…………銀行強盗犯、またはその仲間だけだからだ」

「…………」

「大勢の警察が取り囲む中、たった数分間の間に犯行が行えるとしたら……それは身近にいた人物に絞られるんだ」

「…………」

「状況証拠なら他にもあるぞ」

「何でしょう?」

「ヤツを殺った犯人は、なぜかライフルを使わずに拳銃を使っていた。建物の屋上から対象までにかなりの距離があったはずだ。最初はよほど腕に自信があるヤツなのかと思ったが、万が一しくじったときのことを考えるなら、普通そんな高いリスクは冒さないだろうと思ったよ」

「……それで? なぜその犯人は拳銃を使ったと?」

「簡単な話だ。用意するような時間なんてなかったからだ」

「なんですって?」

「それでさっきの状況証拠と合わせれば、納得の行く話なんだよな。警察の情報を銀行強盗犯にリークできて、そしてたった数分間の間、自由に立ち回ることが可能で……やむを得ず拳銃を使って強盗犯を殺した身近にいた人物…………それはお前以外に考えられないんだ。信じたくないけれどな」



 …………まずはこいつと話がしたい。いったい何があったのか、どうしてこんなことをしたのか。警察学校時代から長年付き合ってきた仲間だからこそ、何がそこまでノリちゃんを追い立てたのか、俺は知りたかった。




 ――長い沈黙。しかし俺の後頭部に押し付けられている物が全く動く気配はない。


「せっかくです、あなたが分かっていることを洗いざらい話して頂きましょうか」


 ノリちゃんはそう言って俺に話を促した。

 視線だけを動かし、監視カメラがどこにあるのかを探りながら、俺は口を開いた。


「この銀行強盗事件には裏がある」


 そう言って俺は先ほど車内で考えていたことを含め、ノリちゃんに語る。




おそらく真相はこうだ。


 この銀行強盗事件の背後にいるのは『闇社会』と呼ばれる謎の組織だ。『闇社会』は以前このビルで起きたOLによる殺人事件にも大きく関与している。急ピッチで事件が処理されたのは表沙汰にされたくない"何か"があったから。その"何か"とはおそらく、被疑者だったり被害者だったり……あるいはこのビルの中にある"何か"。

 それを揉み消すために警察上層部に圧力をかけて、それ以上の深入りができないようにした。


 そんな警察上層部に圧力をかけられるほどの大きな力を持っていた『闇社会』が、この銀行強盗事件に深く関わっている。公安がこの件に絡んできたことから、その可能性は高いと言える。公安は『闇社会』の影を感じ取り、嗅ぎまわっていたんだろう。


 そして今日、例の銀行で取引が行われるという極秘情報をもとに、俺たちは現場に急行した。

 だがこの時点でもうすでに『闇社会』に一杯食わされていたんだ。まず、銀行内で起きた喧嘩は『闇社会』の人間が画策したものだった。当初は強盗犯の一人が何かやろうとしているのではないか、そういう風に思っていたが実は、その喧嘩は『警察が張り込みをしている』ということを知らせるための合図だったんだ。警察が介入するところまでくれば、強盗犯側も計画を中止せざるを得なくなる。つまり、最初から警察が張り込みをしていることはバレていた。

 本来であればその喧嘩がエスカレートして警察が介入し、銀行強盗は未遂に終わるという筋書きで穏便に済ませようとしていたはずだ。


 しかし、『闇社会』にとって想定外の事態が起こってしまった。それは、俺があの老夫婦を強盗犯による変装だと見抜き、追いかけてしまったことだ。そのために三つ目の偶然がここに絡んでくる。それが『繋がらなくなったインカム』だ。

 まず、"何者か"は"自分の名前"が呼ばれても応対できない自然な理由を作り出すために、数分間インカムを使えなくして、俺たちの後を追った。

 そして路地裏に移動したその"何者か"は付近の建物の屋上へ移動し、持ち前の射撃力で強盗犯の一人を射殺。その際に使用していた凶器は“何者か”がそのまま所持していた。どこかに処分して万が一見つかっては面倒になるからだ。

それで俺と梅宮主任がその死体に気を取られている内に、再び車内へと戻り、インカムを使えるようにしてアリバイ作りをしたというわけだ。

 こんな芸当ができた"何者か"とは、ノリちゃん以外にあり得ない。

 

 全ては『闇社会』が作り出したストーリーに俺たちは踊らされていた。そしてその『闇社会』の一人というのが、今俺の後頭部に銃を突き付けているノリちゃんだったんだろうな。






 そう語ってやると、すぐ背後から笑い声が聞こえてきた。


「ふ……ふふっ……くくくくく…………っ!」

「何がおかしい? …………称賛でもしてくれてるつもりなのか」

「ええ、そうですよ。あなたが余計なことをしてくれたおかげで、少々手間がかかりました」

「……やっぱり……お前が……」

「大体はあなたの推理通りです。僕が彼らを消しました」

「『彼ら』……ということは、あの共犯の女も始末したんだな」

「はい、当然です。元々あの二人は始末する予定でしたからね」

「…………どういうことだ?」

「さっきのあなたの推理に捕捉しましょう……そう、『銀行強盗は未遂に終わるという筋書きで穏便に済ませようとしていた』という部分です」

「……違うのか?」

「いえ、間違ってはいません。ただ、強盗が未遂に終わった後で、強盗犯二人を待ち構えて射殺する予定だったということを捕捉したかったんです。もちろん、お芝居をしていただいたあの仲間にも後々死んでいただくつもりでした」

「…………つまり、予定が前後しただけだということか」

「はい、あなたは肉体派ではありますが、観察眼はとても良さそうなので、もしかしたらあの銀行から出てきた老夫婦の変装に気付くんじゃないかと思ってました」

「…………なるほどな」

「だから、アリバイ作りに利用させていただきました」

「――で?」


 ――俺は一番気になっていることをノリちゃんにぶつけた。


「――お前はなぜ、こんなことに加担したんだ」

「『守るため』ですよ、大事な家族を」




 …………その言葉で、俺は改めて銀行強盗犯――いや、『闇社会』――の恐ろしい手口に気付いてしまった。

 銀行強盗の手引きをしていたのは『闇社会』の人間で、強盗犯は何かしら理由をつけて協力させられていたに違いない。

 強盗犯も、そして強盗犯に脅された銀行員も、同じ『闇社会』の人間に脅されていたのだ。警察の中にも仲間がいる、というのは『闇社会』だけでなく、"『闇社会』に脅された警察官"のことも示していたのだ。

 ノリちゃんもその『闇社会』に引き込まれてしまった被害者の一人だったのかもしれない。




「…………ノリちゃんの家族って……」

「そういえば話していませんでしたね、僕には二つ年上の姉さんがいます。パソコン弄りが大好きでして、パソコンメーカーのお店で働いています。その腕を見込まれ、店長候補に選ばれた矢先、行方不明になってしまいました」


「…………拉致されたのか?」

「そうです。『近日中に決行する銀行強盗に協力しろ』というのが彼らの要求でして、僕に与えられた仕事は、『銀行強盗の実行犯たちの抹殺』だったんです」

「口封じのためだな?」

「はい」

「…………今回のアジトの潜入にも一枚噛んでるのか」

「ええ、想定外の事態の収拾をつけるために、『真相に近づきすぎたあなたを抹殺する』のが目的でした。そのため、警察上層部に根回しして、本来のこのアジトへの突入作戦実行日をずらしていただきました」


 …………そこまでやったのか。道理で応援が来ないわけだ。


「ということは、俺のせいで梅宮主任や係長が死ぬことになると……そういうわけだな」

「そういうことです。あなたを抹殺したら、我々はここから引き上げます。そうすれば彼らは助かるんですよ? それに、このどこかに監禁されているであろう僕の姉さんも解放されるんです。だから大人しく殺されてください、とお願いしてるんですよ」

「もし俺が嫌だと言ったら?」

「――問答無用で彼らの身体に無数の穴を空けるだけです」

「えげつないことを考えるよなぁ……ノリちゃんは」

「それが合理的だと判断したら、躊躇はしません」


 ――ノリちゃんは本気らしい。どうにかしてこの状況を打破しなければ。


 さて、『闇社会』の連中は、俺から見て三時の方向、天井に仕掛けられたあの監視カメラの向こう側から、ノリちゃんが俺を射殺する瞬間を今か今かと待ち望んでいるわけだな……

 つまり、俺がここで下手に行動をすると、このどこかに監禁されているであろうこいつの姉さんを含めた全員が死ぬことになる。

 でも俺だって大人しく殺されてやるつもりはない。それに、たとえ俺を殺したとしてもこいつの姉さんは解放されないだろう。おそらく"新しい理由"をつけられ、こき使われるに違いない。

 こいつだってそれくらい分かってるだろうに……いや、家族の命がかかっているからこそ、慎重になっているんだ。


 どうすればいいんだ……どうすれば……!




「さあ杉森さん、選んでください。大人しく殺されるか、それともみんな仲良くハチの巣にされるか」

「…………くっ」




 ――何かないのか、この状況を打破する手掛かりは!




 …………そして、俺は思い出した。あの見取り図にあったカメラとマイクのマーク……

 そういえば、全フロアとも"二番倉庫だけ"カメラのマークしか書かれてなかったのではないか?


 つまり、あそこにある監視カメラは『音声は拾わない』のでは?

 ……しかし、あの見取り図自体不審者から受け取ったような物だし、信憑性に欠ける……




『これを見たら処分するように。健闘を祈る』だったか。




『健闘を祈る』という言葉が出るということは、少なくともあの見取り図を俺の内ポケットに忍ばせたヤツは敵じゃないだろう。

 そいつは俺たちがこのビルに乗り込むことを知っていた。だとすると、あのライダースーツの人物は一体何者なのか……

 ひょっとして公安か? もしそうだとしたら納得できるが……


 とりあえず、あの見取り図を信じてノリちゃんを説得してみるか。




「なぁノリちゃん」

「なんでしょう? もう話すことはありませんよね」

「いや、お前になくても俺にはある」

「……はい?」

「いいか、視線を逸らさずに俺の話を聞いてくれ」

「……いいでしょう」

「俺から見て三時の方向に監視カメラが仕掛けられているな?」


 ――少し沈黙があった。まさか予想外の質問に面食らったのだろうか。


「それがどうしたというんです」

「どうやら"あのカメラだけは音声は拾わない"らしい」

「…………あなたは一体何を言ってるんですか……?」


 ――ノリちゃんの声に焦りが出てきたようだ。よし、慎重に言葉を紡いでいこう。


「いいか、この銀行強盗事件には公安も動いている」

「――あぁ、そうでしたね」

「俺はその公安からこのビルの見取り図を提供してもらったんだ」

「――見取り図?」

「あぁ、それを見たら処分するように言われてたから、今手元にはないけどな」

「……ん…………?」


 ――少し話を作ったが仕方がない、俺は続けた。


「その見取り図には、公安が予め調べたと思われる監視カメラの位置が手書きでメモされてあってな、どの部屋も一台ずつ設置されてて、ほとんどのカメラに音声を拾う機能がついているみたいだった。でもどのフロアも"二番倉庫だけ"は音声を拾う機能がついてないみたいなんだよ」

「…………へぇ? それは面白い話ですね。でも、それがどうしたというんです? それに、あなたが嘘をついていないという証拠はどこにあるんでしょう?」

「いや、嘘をついていないという証拠なら、もう実証されているじゃないか」

「え?」

「俺たちがこうやって長々と会話ができていることが何よりの証だ」

「…………」


 その言葉に対してノリちゃんの反論はなかった。


「もしあの見取り図の情報がガセネタだとしたら、俺が『闇社会』のことをこんな風にぺらぺら喋っている間に、ヤツらがこの部屋に押しかけてきてもおかしくないはずだ。それ以上余計なことを喋らせないためにな。なのに押しかけてこないということは、あくまで俺の真後ろにいるノリちゃんが、『俺を射殺する瞬間』を見守っているに過ぎないってことじゃないのか?」

「…………」


 ノリちゃんは黙ったままだ。何か考え事をしているのだろうか。


「それに今、ここで俺を殺したところでお前の姉さんが解放されるという保証がどこにあるんだ?」

「ぐっ…………」


 ――俺のその言葉にノリちゃんは言葉を詰まらせたようだった。


「どうせなら、全員が生き残る道を選んでみる気はないか?」


 ――俺の魅力的な誘いに負けたのか、真後ろから伝わってきた殺気は次第になくなっていった。

そしてノリちゃんの口から“面白い言葉”が出てきたのだった……












 ――――迷っている時間はない。どんな状況であれ『生き延びる』という強い意志を持つことこそ、苦境を脱する唯一の方法だ。

 俺たち警察官は色んなヤツの生き様を目の当たりにしてきた。この世に絶対的な正義なんてものは存在しない。犯罪に手を染めるヤツだけが悪いんじゃなく、そういう状況に追い込んだこの社会にも責任がある。しかし、どんな事情であれ犯罪に手を染めれば、そいつは立派な犯罪者だ。

それでも一線を越えてしまうヤツが少なくないのがこの世の現状だ。

 ノリちゃんは大事な物を守るためにその一線を越えてしまった。俺にできることは、それ以上その手を血に染めさせないように、『生き延びる』という強い意志を見せること。『生き延びる』とは、最後まで『足掻き続ける』ことなんだからな。




 ――それを今、"俺たち"がここで証明してやる。






「……っ!」


 ――俺は息を吸い込み、後頭部に突き付けられていた拳銃を右手の拳で下から跳ね上げる。


「ぐっ……?!」


 うめき声を上げたノリちゃんの隙をつき、拳銃を持つその手を両手で掴みながら、振り返る。


「くっ……ううぅっ……!」

「しぶとい人……ですね……っ!」


 俺たち二人は真っ正面に向き合い、互いに拳銃の奪い合いを始めた。時に片手で相手の顔面を殴りあい、前後に移動する。監視カメラは今、俺の背中を映し出しているはすだ。


「す……杉森……さんっ……!」

「うぉおおお…………おぉおお……っ!」


 俺は腹の底から雄たけびを上げて抵抗する。


「姉……さん…………っ!」


 ノリちゃんは涙ぐみながら必死に拳銃を奪われまいとする。


 やがて――――






――――パンッ!!






 ノリちゃんの動きがぴたりと止まった。






 ――――一発の弾丸が、彼の肺を撃ち抜いた。

 彼は胸を押さえながら一歩二歩下がった後、棚と棚の間へと倒れこんだ。

 もう間もなく他の仲間がここにやってくるだろう……

 梅宮主任……俺は越えてはならない一線を越えてしまいました。しかし、どうか信じてください。俺――杉森健也すぎもりけんやは、一警察官としてやるべきことをやったのだと……


 俺は自分のこめかみに銃口を押し当て、これまでのことを振り返った。

 この数日間、本当にろくでもない日常だったが、それでも仲間と過ごした時間は悪くなかったよ……






 そして俺は、"自分のこめかみに銃口を押し当てたまま、わざとらしく棚と棚の間へ勢いよくふっ飛ぶと同時に、明後日の方向に銃を発射した"。






 ――まもなくして、誰かがこの倉庫部屋に入ってくるような足音が聞こえてきた。

 俺は監視カメラに見つからないように遠回りしながら従業員通路前、入り口から見て左側に身を隠す。そして、何者かが倉庫に入ってきたと同時に、俺は瞬時に飛び出し、持っていた拳銃でそいつの左側頭部を殴打して気絶させた。とりあえずそいつを倉庫の中、手前から一列目の棚の間に押し込んだ。


 黒スーツの男……どうやらこのアジトに潜伏していたヤツらより上物っぽい感じがする。この男はおそらく、俺とノリちゃんの死体を確認するためにやってきたのだろう。

 ということは、やはりこの部屋はモニタリングされていたということだ。

 しかし、このまま廊下へ出れば、監視カメラに見つかってしまうな……


 ひとまず俺は倉庫に戻り、ノリちゃんが投げ捨てたインカムを探した。


「……あった!」


 幸いなことに、インカムは監視カメラの死角に落ちていたため、拾うのに苦労はしなかった。

 さて、これからどうするか……


 インカムのイヤホンを耳につけると、イヤホンから声が聞こえてきた。


「……お願い、応答して…………杉森くん……立木くん…………」


 ――梅宮主任の消え入りそうなくらい小さな声を聴いて、ひとまず梅宮主任が無事であることと、しかし危機的状況はまだ去っていないことは分かった。

 俺はインカムに応答すべきか迷ったが、出ることにした。



「……梅宮主任……聴こえますか?」と俺も囁くような小さな声で話す。


「あっ……杉森くん…………よかった…………無事だったのね……!」


 ――俺の無事を知ってとても安堵したようだ。盛大に息を吐く音が聞こえてくる。


「詳しい話は後です、それより確認したいことがあります」

「えっ……?」

「まず、係長は無事ですか?」

「……それが…………インカムを私に預けて上の階に行ってしまったの」

「どういうことですか」



 ――俺たちと最後にインカムで話をした後、係長はインカムを梅宮主任に預けてたった一人で東階段から上の階へ上っていったらしい。万が一捕まった時、そのインカムを悪用されてはまずいからと。


間もなくして、上の階から銃声が聞こえてきて心配になり、東階段から二階フロアを覗き込んだ。しかし、再び銃声が聞こえ、今度は上の方から誰かが下りてきたので慌ててトイレに逃げ込んだと。

そして、数人の足音が下の階へ消えて行った後、梅宮主任がトイレからそっと抜け出そうとした時に、すぐそばの掃除用具入れから何か物音が聞こえてきたという。中を開けてみると、そこには女性がガムテープで口を塞がれ、ロープで手足を縛られた状態で監禁されていたらしく、慌てて彼女を解放し、間もなくして下の階から足音が聞こえてきたため、すぐに上へ避難し、今は六階の屋上にある物置部屋のような場所に女性と共に身を潜めているという。




「梅宮主任……その女性の名前は?」

立木里佳子たちきりかこさん……って言ったわね。『立木』……ってことは、立木くんのご家族かしら? どうしてこんな場所に……?」


 …………間違いない、その人がノリちゃんのお姉さんだろう。よかった、無事で。




「ねぇ、杉森くん、これっていったいどういうことなの……?」

「あまり時間がありません、よく聞いてください」

「え……?」

「何としてもその女性を守り抜いてください。おそらくヤツらはその"女性"を最優先で抹殺しに来るはずです」

「……杉森くん……? いったいどういうこと?」

「それから……俺は"先ほど死んだことになっています"。もしあなたが無事に生きて帰れた時……絶対にこのインカムでのやり取りはなかったことにしておいてください、絶対にですよ。あ、それから警察は信用しないでください。あそこはもう"闇に堕ちてる"んで!」

「…………何を……言ってるの?」

「さようなら……梅宮主任」

「ちょっと、杉森くん?!」


 ――ブチッ。


 俺はインカムの電源を切り落とし、先ほど投げ捨てられていた場所へ戻した。


 さて…………ノリちゃんのお姉さんが梅宮主任に保護されていることも分かったし、最後の大仕事と行こうか。




 とりあえず、俺は監視カメラに見つからないようにして"死んだふり"をしているノリちゃんの両手をカメラの死角まで引きずっていく。

完全に死角へ移動してきたところで、ノリちゃんに声をかけた。



「ノリちゃん、作戦は成功したみたいだ」

「…………まったく、ひやひやしましたよ」


 ノリちゃんは冷や汗をかきながら、カメラに注意しつつ、起き上がった。

監視カメラの前で繰り広げる八百長はとてもハイリスクだったが、さすがノリちゃん。まさに頼れる策士ってやつだ。




 簡単に事情を説明してお姉さんが無事であることを知ったノリちゃんは、とても安心したようだった。

 俺と正面で向き合い、これからのことを話し合う。


「それで、これからどうしましょうか」

「ここから出るタイミングが重要だ」


 俺とノリちゃんが相打ちになった後、目的を果たしたと思ったあの連中は、おそらく大急ぎでこのビルから逃げて行ったのだろう。これだけドンパチをやったのだから、周りの住民に通報されていてもおかしくないからな。

 でも、逃げたのは『闇社会』の重鎮どもで、手下はまだ残って、証拠隠滅に勤しんでいるはずだ。『闇社会』もまた、一つの大きな組織として、トカゲの尻尾切りを行い、彼らを捨て駒にしたということだ。


「もし、俺たちの死が偽装だとわかったら、人質を殺しに行くだろうな」

「でも、その人質はもう主任に保護されています」

「だったら、主任ごと始末すれば済む話だよな」

「……じゃあどうすればいいんですか」

「俺が、お前たちを逃がす時間を稼ぐ」

「えっ?!」

「その間に主任たちと合流してここから脱出しろ」

「でも……それだとあなたが……!」

「俺のことはいい。銀行強盗犯と撃ち合いになり、殉職した……そういうシナリオでいいんだよ」

「…………どうして……そこまでして……」

「それが、俺のやるべきことだからな」


『闇社会』…………お前らに屈するつもりは毛頭ない。俺は必ずお前らを殲滅してやる。最後の希望を込めた一発の弾丸となってな……!






「…………杉森さん」

「なんだ?」

「万が一の時は…………"分かっていますね"?」

「"大丈夫"だよ、それと……ノリちゃん」

「はい?」


俺はノリちゃんをまっすぐ見据えてこう言った。


「お前が選びたくもない選択肢を選んで、苦しんでいることは俺にもわかる。だから――」


『必ず、生きて償え』





 ――それを告げたのを合図にして俺はガシャンッ! と倉庫部屋の扉を勢いよく開け放ち、付近の天井の電気を撃ち抜くと、急いで西階段を上る。

 そして踊り場にあった窓ガラスを銃で撃ち抜いて破壊する。


 これでまずは注意を引きつけることができたはずだ。

 三階は真っ暗で、月の光が唯一の明かりだ。


 バリーンッ! バリーンッ!


 俺は三階の廊下の窓ガラスを一枚ずつ撃ち抜いた。


 続いてトイレから飛び出してきた影の顔面を掴み、膝で蹴り上げた。

 そしてそのまま階段から二階フロアへと投げ落とす。


 ドンッ、という鈍い音がした。三階から階段下を覗きこむと、そいつは頭から血を流して動かなくなっていた。

そして、一階から大急ぎで数人の影が上がってくるのが見えた。

 二階の階段前で倒れているヤツの亡骸を確認すると、銃を構えて慎重に上の階へ上がってくる。

 俺は身を屈めてヤツらが三階に到着するタイミングを見計らい、タックルをかましてそいつらを転落させた。


 そのうちの一人が倒れた状態のまま、こちらに銃を発射してきた。


 パンッ!!




 ――――俺はそのまま二番倉庫へと逃げ込む。

 中は暗く、非常灯の明かりを頼りにして倉庫を目指す。




 そして俺は力なく、倉庫の入り口にもたれこんだ。



「……………………まずったな…………」


 ――どうやら肺をやられてしまったようだ。熱と共に激痛が俺を襲った。


「くそ……」


 息をする度に、燃えるような痛みが走る。

 胸に手を当ててみると、べったりとした何かが俺の手を濡らしていった。

 だんだんと目が霞み、意識が遠くなっていくようだった。


 ――なんとなく、梅宮主任の顔が浮かんできた。

 あの時の、『とにかく、インカムにはすぐ出られるようにしておいてね! 無事を祈ってるわ!』と言った梅宮主任の微笑む顔が…………






「なるほど……ね…………」


 その瞬間、俺は自分たちが生き延びられる最善の選択肢を選んだのだと確信し、笑みを浮かべ、静かに目を閉じた……

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