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家臣たちはベラの実家に手配の依頼はしていたようだった。
だが急に連絡をされてもパレードに参加できるほどのドレスは持っていない。
色は合っていてもお下がりで普段着にしてしまっていることも少なくない。
何とか知り合いに掛け合って新品に近いドレスを手に入れた。
それがボルドーのドレスで来年か再来年くらいに着るために男爵家から特別に譲り受けることができたものだった。
娘がどこかの身なりの良い男性と恋仲になっていることは知っていたが王族とは思っていなかった。
せいぜいお忍びに来ている男爵家か子爵家の者でそれも跡継ぎでもない三男以下だと考えていた。
貴族と縁戚になれば商会をもっと大きくすることができる。
商売に関して言えばベラの両親は野心家であった。
いきなり王族の婚約者としてパレードに参列するからドレスを用意しろと言われて真っ青になりながら王命に従った。
「お父さんが用意したならお下がりでしょう。いつもそうなのよ。私は帝国のドレスが着たいの」
「購入するとなりましても今から豪商の者を呼ぶ時間はございません」
「そんなの知らないわよ。どうにかするのが侍女の仕事でしょ?早く持って来て」
「ですが」
「言い訳はいらないから持って来てって私は言っているの。ルーシャ様をお待たせしちゃうじゃない」
背中を押されて侍女は部屋から無理やり出された。
ついでにとばかりにボルドーのドレスも廊下に投げ捨てる。
「ドレス持ってくるまで入れないから」
「ベラ様」
「さっさとしなさいよ、この愚図」
勢いよく扉を閉めて鍵を下してしまう。
本当に締め出された侍女は当てもなく廊下を歩き、帝国侍女の控室近くまで彷徨っていた。
顔合わせをする間もなくの帰国のため侍女同士に交流はないが同じ仕事をしているという親近感はあった。
廊下にいるのに気付いたのはイリーダだった。
「如何されましたか?もう少しで出立の時刻ではないのかしら?」
「あっ」
「何かお困りのようですわね?」
王族たちに思うところはあっても仕事として付いて来ている侍女たちに冷たくするつもりはなかった。
主人によって良くも悪くもなる職場だ。
まるで自分たちも客人だと勘違いをして振る舞っている侍女もいるが大半は苦労しているのが分かる。
「ベラ様が帝国のドレスをご所望されたのですが購入ではなく贈られるべきだと申されていまして」
「なるほど、それはお困りですわね。分かりました。用意いたしましょう」
「えっ」
「マリー、手伝ってちょうだい」
他国の者にドレスを用意するというような権限は侍女にはない。
分かっているが思わず零してしまった愚痴のようなものだ。
あとは主人を宥めすかして謝ってドレスを着せるだけだ。
「貴女、名前は?」
「エリシアと申します」
「ではエリシア、時間がありませんわ。付いて来なさい」
イリーダの自信に満ちた態度に圧倒され思わず頷いて付いて行ってしまった。
衣裳部屋に入ると金糸と銀糸で刺繍された豪華な着物を選び出した。
似たような衣裳は一着もなく異彩を放っている。
三人で抱えて運ばなければいけないほど裾が長く、常用できるものではないのが見て取れた。
「あ、あの、この衣裳は」
「話は後です。着付けた後に髪を結う必要があります」
「はい」
「わたくしは髪を結います。マリーは襦袢の着付けを」
「かしこまりました」
「エリシアは化粧をしなさい。いつもより濃くしなければなりません」
「はい」
部屋の中では不機嫌になったベラが歩き回っていた。
普通なら扉を叩くのが礼儀だが省略して一気に開けた。




