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ルシャエントとベラが楽しくお茶をしている部屋に王は飛び込んだ。
「ルシャエント!」
「父上、遅かったですね。お待ちしておりました」
「お義父様、こちらで一緒にお茶を飲みましょう」
「お前たちは自分が何をしたか分かっているのか?帝国に戦争をすると宣言したも同然だぞ」
なぜ父親が怒っているのか分からない。
むしろルシャエントが危険な花が植わっている庭のせいで怪我をしたことを心配するのではないかと本気で思っている。
「何を言っているのですか?僕たちを部屋に閉じ込めて歓迎式典もしない帝国の方こそ王国に戦争すると言っているようなものではありませんか!」
「勝手に庭の花を摘んだそうだな!」
「ベラの髪に飾ろうと思っただけです。すぐに枯れてしまいましたけど」
「それにとても危険な花でルシャエント様の手がこんなにも腫れてしまいました。これこそ帝国がルシャエント様を亡き者にするつもりで」
「黙っておれ。息子と話をしている。口を挟むな」
ルシャエントは可愛い息子ではあるがベラはいきなり現れた庶民の娘だ。
王にとっては話すことはおろか同じ部屋にいることすらも許せなかった。
「父上!ベラは僕の妻です。それならば義娘になります。そのような言い方は家族に失礼ではありませんか」
「お前も黙っておれ!花摘むというのがどういうことか分からぬとでも申すか!」
「花の一つや二つがなんだというのです!妻に花を贈りたいというのがそんなに悪いのですか」
花を摘むという行為そのものも勝手な振る舞いで許されることではないが、それが国花だった場合は叱責などでは済まない。
戦争にすぐに発展する。
今回のアイノッシュは国花ではないから皇帝はマセフィーヌからの指示に従い不問にした。
「他国で許可のない行動をすることがどれほど無礼なことになるか分からなかったのか!」
「許可?いちいち花を摘むのに許可が必要だというのですか?」
王族である自分は何をしても叱られることはなかった。
品格にふさわしくないという苦言で諌められることはあったが感情のままに怒鳴られるということは経験していない。
「花を摘むだけではないわ!他国では伺いを立てるということで恭順の意を示すことになる。そのことも分からないようでは次期王になどとてもではないが出来ぬ」
「どういうことですか!父上!たかが花くらいで騒ぎ立てる帝国がおかしいのです。王国では花を摘んだところで誰にも文句は言われません」
「それは自国ならばのこと!今更なことを教育している時間はない。明日の日の出とともに帰国する!これは命令だ!荷物をまとめておけ!」
日の出とともに出立となれば今から準備しておかなければ間に合わない。
それよりも晩餐会を楽しみにしていたベラは不満を全面に出してお茶を音を立てて啜った。
不調法な飲み方に王はさらに怒りを募らせたが何も言わずに部屋を出た。
普段の身の回りの世話をしている侍女はほとんどいない。
滞在中は帝国の侍女を借り受けるつもりだったから最低限にしていたが皇帝を怒らせているから当てにはできない。
仕方なく廊下に待機している侍女に着替えや荷造りを命じる。
「着替えを」
「はい」
無駄な動きをすることなく着替えをカバンから取り出す。
だが皇族ならこれで十分だがボタンを自分で外したこともないルシャエントには何もしていないに等しい。
「何をしている。早くしろ」
「こちらに用意ができましてございます」
「着替えさせろ。帝国の侍女はいちいち命令されなければ動けないのか?無能だな」
何を求めているのかを理解して無表情で服のボタンを外す。
赤子以下だと内心で軽蔑しながら黙々と作業をする。
同じようにベラの服も脱がせようとするがさすがに自分ですると別の部屋に移動した。




