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婚約発表パーティに招待された貴族は時間を追うごとに一人また一人と帰り、給仕たちの後片付けが始まった。
王と王妃は言葉を尽くして言い換え、イヴェンヌを次期王妃に据え、庶民の娘は愛人として郊外の屋敷に囲うようにと説得した。
対するルシャエントは愛する人を日陰に置くつもりはなく、堂々と連れ歩き、他国にも王妃であると紹介すると言って譲らない。
言い争いが終わらない中、ルシャエントは明確にしていなかった言葉を言った。
「では、イヴェンヌとの婚約を破棄します。これなら私の婚約者はベラただ一人、王妃も側妃もありません。ベラが次期王妃にしかなりません」
「そんなことが認められる訳ないだろう!御璽付きの契約書がある!」
「簡単なことです。破れば良いのです。破れば紙切れです。紙切れに効力などありません」
「お前は王の言葉を軽んじるというのか」
「軽んじてはいません。間違っているから正しているだけです」
今回の婚約発表パーティが第一王子による公爵令嬢への婚約破棄だということは全貴族が二、三日のうちに知ることになる。
本当なら今のうちに伝令を走らせて箝口令を布き、もし話した場合は一族と親族の取り潰しを決行するくらいの厳罰が必要だ。
そこに思い至ることなく、言い争いを続けている以上は無能なのだろう。
ほとんどの貴族が帰ったあとだと言っても全員ではないし、王城で勤める者は爵位持ちが多い。
実家に連絡をして身の振り方を考えることになる。
「この話は終いだ。しばらくの間、謹慎せよ」
「父上、冷静に考えてください。命ぜられて嫌々、王妃の任に就く者より覚悟を決めて王妃になった者の方が優秀なのは当たり前ではありませんか」
「冷静になるのはお前だ。しばらく考えよ」
「何故、王が謹慎を命じたのか分からぬようでは娘を王妃にすることはできませんよ」
王と王妃は急ぎ席を立ち、重鎮たちを呼び寄せた。
わざわざ呼び寄せられずとも集まっており、王と王妃を待つ状態だったことから後手に回っていることが窺い知れる。
護衛の兵がルシャエントとベラを王城の謹慎の間に案内をした。
本来ならベラは足を踏み入れることが許されないが、ルシャエントが離れることを拒み、ベラも一緒にいることを望んだ。
王に確認したかったが、会議が始まっており連絡が取れないため一緒にすることにした。
兵は外から鍵をかけ、出られないようにした。
謹慎の間とは、王族として問題があると判断された者を幽閉するための部屋で、中から出ることは不可能だ。
そして、中には王族の自死のために必要な毒が置いてある。
謹慎の間の意味を正確に理解している王族は三日の間には皆、死を持って償うが、ルシャエントもベラも謹慎の間は文字通り、反省をするための部屋と思っている。
だから部屋の中の装飾品が無いことに怒り、飲み物や食べ物が無いことに文句を言い、果てはベッドが固いことにも苦言を言う始末だった。
中で叫んでも外に聞こえないため静かなものだった。