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「お医者様をお呼びしました」
「何してたのよ、遅いじゃない」
「申し訳ございません」
「王子、お手を拝見します」
「早く治してくれ」
アイノッシュを知らなければ普通の被れと判断される。
カンディアルニア帝国原産の花だから他国ではあまり知られていない。
イリーダは棘があることを伝えているがルシャエントもベラも忘れている。
見て普通の被れではないことは分かるが医師が何も言わないのなら侍女が口を挟むことではなかった。
「軟膏を塗っておきます。朝と夜に包帯を取り換えてください」
「私がするわ」
「では包帯をお預けします」
アイノッシュの棘は自然に枯れて抜け落ちるからそのままにしても問題はない。
庭師は刺さった棘をそのままにして自然に治るのに任せる。
だが慣れない者には棘を抜くのが一番の効果的な治療だ。
あの治療では夜には悲惨なことになるだろうなとイリーダは黙っていた。
アイノッシュの特性を伝えるべきではあるが第一王子がイヴェンヌを蔑ろにしていたということでイリーダにも思うところがあった。
夜に亡命同然で来た令嬢だったが一か月も顔を合わせればイヴェンヌに非があるかどうかくらいは分かる。
いきなりパレードで帝国に来たかと思えば婚約破棄騒動を再現してくれてイヴェンヌを蔑ろにする発言を繰り返してくれたのだ。
誠心誠意助けたいと思うような相手ではない。
「お嬢様」
「何よ」
「髪に絡まっています花をお取りしてもよろしいでしょうか」
「良いわよ」
「失礼いたします」
枯れると棘は刺さらないから素手で触ることにも問題はない。
イリーダとしては勝手に他国の庭の花を摘んだことで最低の評価しかないが侍女としてのプライドはある。
「花をご鑑賞されるのでしたら庭師を呼びますが如何いたしましょうか」
「もう花は良いわ。危険な花を植えているような庭を見ても楽しくないもの」
「そうだな。ベラの綺麗な手に傷がついたら大変なことになる」
「ありがとう、ルーシャ様」
「部屋にお菓子が届いているころだろう。お茶にしよう」
部屋にお茶を用意させる間の時間つぶしのために勝手に出歩いていることは二人の会話ですぐに分かった。
きっと庭から部屋に戻れないことも推測された。
迷う分にはイリーダは何とも思わないが勝手に怪我をされて医者を呼びまわることになるのは避けたかった。
「お部屋までご案内いたします」
「ベラは国母となる身だ。ゆっくり歩け」
「かしこまりました」
ゆっくり歩くことは問題ないが途中に部屋を見つけると勝手に開けようとすることを止めるのに苦労した。
気になったとしても部屋の用途を確認したり扉を叩いて訪れを知らせたりすることが礼儀だ。
まさか勝手に開けようとするとはイリーダも思っていなかった。
これでは子どもの城内探検と変わらなかった。
「ご苦労」
「わたくしは失礼いたします」
中には侍女たちの手でお菓子の用意はされていた。
今回は王と王妃も呼んでいるということから量はあった。
「美味しそうなお菓子ね」
「お腹の子のために食べると良い」
「そうね。元気な子を産むわ」
王と王妃は時間が経ってもお茶会に訪れなかった。
訪れる前に皇帝が王と王妃を呼びつけたからだ。




